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中間地帯のポロック──「生誕100年 ジャクソン・ポロック」展レビュー

沢山遼(美術批評)2011年12月15日号

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 ジャクソン・ポロックの生誕100年を記念した展覧会「生誕100年 ジャクソン・ポロック」が愛知県美術館で開催されている。本展は日本初の回顧展として初期から晩期に至るまでのポロックの軌跡を概観する。愛知県美術館と東京都国立近代美術館を巡回。

盛期ポロック絵画の実験性

 待望の回顧展である。ポロックの回顧展は、1998年に史上もっとも大規模な展示がニューヨーク近代美術館で開催されて以降は、2005年のグッゲンハイム美術館での紙の作品を特集した展覧会や、晩期の大作《ブルー・ポールズ:第2番、1952》に焦点をあてた02年のオーストラリア国立美術館での企画など、ポロックの多角的な制作に、どちらかといえば周縁的な事象から切り込んだものに限られていた。その意味で今回の愛知・東京での展覧会は、日本、中東、アメリカ、ヨーロッパの各地のコレクションから作品を集めて行なわれる包括的な個展としてはほぼ10年以上の間隔を開けて開催されるものであり、もちろん日本では初の本格的な回顧展となるものである。
 回顧展にふさわしく、初期の自画像、彫刻作品から、希少な版画作品、晩期の「ブラック・ポーリング」シリーズ、果てには56年の自動車事故の現場に残されていた革靴までが陳列されており、会場ではスタジオであった納屋の内部の原寸大の再現や、ハンス・ネイムスの撮影したフィルムの上映が行なわれている。おそらく、このなかで〈レトロスペクティヴ〉の徴を唯一妨げているものがあるとすれば《ラヴェンダー・ミスト:第1番、1950》《秋のリズム:第30番、1950》《One:第31番、1950》などの古典期の大作の不在である。


1──ジャクソン・ポロック《ナンバー11, 1949》、1949年
インディアナ大学美術館、© 2011, Indiana University Art Museum


2──ジャクソン・ポロック《ナンバー9》、1950年
セゾン現代美術館

 だが今展では、それゆえにこそ、1947年から50年にかけてのいわゆる「古典期」のポロックが、その最中にも絶え間ない数々の実験を展開し続けたことを知ることができる。ポーリング/ドリッピングによるオールオーヴァーな作風を確立した時期の作品を取り上げた第三章のセクションでは、キャンバスを絵具で「汚した」だけのように見える非オールオーヴァーな小品、キャンバスの一部を切除した《カット・アウト》、あるいは逆にカット・アウトした後にポーリングによる着彩を施したもの、臙脂(えんじ)や茶色の支持体を使用したもの、絵具のチューブをコラージュしたもの、支持体に小石を載せ、絵具を「接着剤」のように用いたもの、ひとつの支持体に複数の絵を描いたもの、ディプティックなどの連画、黒の塗料でポーリングを施した後、キャンバスと同系色の白の塗料で修正を加えたもの、始めに描いた形態を上から灰色の絵具でマスキングしたもの——、それら種々の実験に加え、フォーマットの多様性、たとえば帯状装飾(フリーズ)と呼ばれる極端に横長のキャンバスを使用したものや矩形の小さなキャンバスによる作品を観ることができる。
 もっとも盛期ポロックのキャンバスに横長の作品や小さな矩形のフォーマットのものが多数残されていることは、図録に所収された企画者の大島徹也氏の論文でも指摘されている。ゆえにこの展覧会がポロックの代表作の何点かを欠いていることは、〈レトロスペクティヴ〉の徴をいささかも咎めるものではなく、大作・傑作主義に明確に距離をとるものとして、むしろ積極的な評価の対象となってよいはずだ。


3──ジャクソン・ポロック《カット・アウト》、1948-58年
大原美術館

未完と変貌の絵画

 すでに1965年のテキストでマイケル・フリードは「1940年以後に出現したアメリカの重要な画家たちのなかで、ポロックは自らの反復を拒絶したほとんど唯一の画家である」と述べている★1。しかし、この事実が広く再検証の対象になっているとは言いがたいのではないか。ポロックの変貌への絶えざる欲望は、他の抽象表現主義の作家たちの「主題」重視の傾向、大作主義、作品形式の一貫性などと比較してみたときに明らかである。とくに今回の回顧展から感じ取ることができたのは、近年の研究成果を取り入れて開催された国立近代美術館のパウル・クレー展で示されたクレーの「切断、貼り込み、再構成」の画面にも比較されるような絵画平面の操作−実験性である。クレーが明確に意識していたように、ポロックの絵画もまた、複数の事象のズレや切断をともなう、「接合・衝突」の場として企図された平面なのだ。
 ポロックの作品では、複数の事象=出来事の組み合わせが一枚の絵画を組成する。クレーの絵画が、止むことのない生成と形成の過程において与件となる絵画平面の実在性を批判し続けたように、幾多の実験的な絵画性の再組織化によって観る者の精神をけっして落ち着かせることのないポロックの作品もまた、未完結の「途上」に留まろうとするだろう。それは、複数の絵画の連続性・持続性が一枚の絵画の単一性・唯一性を批判するほかの抽象表現主義の平面とは似て非なる特質だ。たとえばポロックは、グッゲンハイム研究奨励金の申請のために書かれた47年のステートメントのなかで、以下のような言葉を残している。

──私はイーゼルと壁画の間で機能する移動可能な大絵画を描くことを意図している(…中略…)イーゼルから壁画へと完全に移行するには、機はまだ熟していないと思う。私が描こうとしている絵画は中間の状態に当たり、未来の方向を、そこには完全に到達することなく指し示す試みとなるだろう★2

 このテキストは、イーゼル画から壁画のような巨大なフォーマットの作品へとポロックの制作が展開していく歴史を跡づけるものとして語られてきた。歴史的には、クレメント・グリーンバーグのテキスト「イーゼル画の危機」(1948)が、そのようなポロックの立場を補完的に強化するものとして機能するだろう。だが、ここでポロックが示そうとしているのはイーゼル絵画から壁画へという目的論的なプログラムではない。むしろポロックはここで、自らの絵画が、イーゼル画と壁画の「中間の状態」に留まるであろうことを予告している。それは「未来の方向を、そこには完全に到達することなく指し示す試み」にほかならない。


4──ジャクソン・ポロック《ナンバー11, 1951》、1951年
ダロス・コレクション、Daros Collection, Switzerland


5──ジャクソン・ポロック《 インディアンレッドの地の壁画》、1950年
テヘラン現代美術館、Tehran

形象の準=可視性

 何ものかへと到達することなく、そこへ至る以前の「未満」へと絶え間なく留まろうとするポロックの試みは、形象に対する両義的な態度にも見出すことができるだろう。たとえばポロックは、初期の具象から47年に抽象へと展開し、51年からの「ブラック・ポーリング」によって具象へと回帰したのではない。ポロックはいついかなるときにも形象を廃棄したことはなく、つねに、形象をいかに非=明示的に示唆するかをさまざまな方法で実験してきたからだ。妻のリー・クラズナーに語ったとされる、盛期ポロックの「図像に網(ウェブ)をかける」手法はその一端である。本展出品作の《カット・アウト》もまた、支持体の形体それ自体を操作的な指示対象とし、その物理的な運動表象と形象の発生との不可分的な結合を指し示そうとするだろう。
 そこに見出されるのは、形象(多くの場合人型の形象)を完全に消失させることなく非=形象的な可視性を創出しようとする姿勢である。ゆえに形象は、徴候、ないし予感のようなものとしてのみ観者の眼前に到来する。そのため、ポロックの制作を、形象/非=形象の二項対立の図式に落とし込むことはできない。むしろその非=形象的な絵画は、形象へと到達することなく、つねに、その未満であり彼方であろうとするだろう。形象を未然の状態に押しとどめようとする準=可視性が抽象的な作業−面を組織するのだ。その試みがほとんど不可能なプログラムであったとしても。
 最後に、ポロックにおける、実験−操作の場としての物理的な平面の特性と、形象の潜勢的な可視性との関係に関しては、フリード「ジャクソン・ポロック」やキャロル・C・マンクーシ=ウンガロ「ジャクソン・ポロック 対話としての応答」などの諸論考が重要な手がかりを与えるであろうことを指摘しておきたい★3。しかし、それでもなお、その双方の特質を理論的に統合することは、いまだ解明されずに残る批評的課題として、今後の読解可能性にゆだねられているように思われる。未然の「中間地帯」へと自らの絵画を押しとどめようとするポロックの絵画は、今後も絵画制作の新たな可能性とともに、批評理論を刷新し続ける「未来の方向」を私たちに与えているはずだ。

★1──Michael Fried, "Three American Painters: Noland, Olitski, Stella," in Art and Objecthood: Essays and Reviews. Chicago: The University of Chicago Press, 1998, 229.
★2──Jackson Pollock, "Application for Guggenheim Fellowship," in Jackson Pollock Interviews, Articles and Reviews, Pepe Karmel, eds., New York: The Museum of Modern Art, New York, 1999, 17.
★3──フリードとマンクーシ=ウンガロの論考については以下の書籍に邦訳が掲載されている。 松浦寿夫+林道郎 責任編集『ART TRACE PRESS 01:特集 ジャクソン・ポロック』(ART TRACE、2011)

生誕100年 ジャクソン・ポロック展

会期:2011年11月11日(金)〜2012年1月22日(日)
会場:愛知県美術館
愛知県名古屋市東区東桜1丁目13−2/Tel. 052-971-5511

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沢山遼

1982年生まれ。美術批評。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。2010年「レイバー・ワーク──カール・アンドレにおける制作の概念」...

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