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子どもたちの解放区──「オバケとパンツとお星さま」レビュー

大月ヒロ子(ミュージアム・エデュケーション・プランナー)2013年08月15日号

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 最近は夏休みの時期ともなると、子どもをターゲットに据えた展覧会が競うように行なわれる。常設展をひと工夫したり、企画展で新たなチャレンジをしたりと、そのアプローチはさまざまだが、いずれの場合でも、各館が持っている次世代への思いや教育ジャンルに対する解釈が手に取るように見えて、面白い。もちろん、そんな斜に構えた見方をするのは、筆者のような天の邪鬼だけで、来館する子どもたちやファミリー、さらには多くの大人たちも、素直に展示を楽しんでいる。そんな現場に身を置いていれば、意地悪分析脳も次第に縮退し、代わりに、よーし!とことん楽しもう、という気持ちがむくむくと湧いてくる。それほどまでに、美術館で見る来館者の生き生きとした表情や姿は魅力的なのだ。心からその場を味わい、訪れた人同士、家族であっても、よその人との行きずりの関係であっても、そこに暖かな交流を得た人の顔は輝いている。

 今回取り上げる東京都現代美術館の「オバケとパンツとお星さま」は、通常の展示担当の学芸員による企画ではなく、教育担当の学芸員・郷泰典さんによって実現したものだ。じつはそこに大きな意味がある。教育の事業をとおして数多くの子どもたちに触れ、そこで培った子どもへの深い理解と、これまでの美術展示ではなかなか行なえなかった大胆な提示が、ひとつの具体的なかたちとして結実しているのだ。いわゆる教育のフィールドからアプローチしていった美術展ということである。
 作品は鑑賞の対象であるというよりも、体感できるものとなっている。つまり、作品だけでなくそこを訪れた人も含めての展示であり、人が積極的に関わることで成立するというのが、一般的な美術展と決定的に違う点だろう。
 また、館が自覚的に美術館のルールを緩やかに開放し、「こどもが、こどもで、いられる場所」(本展サブタイトルより)とした点も勇気あるチャレンジだと思う。もちろん、館内の他の企画展示室や常設展示室は三つの大原則「走らない、さわらない、さわがない」は保ったままだ。しかし唯一「オバケとパンツとお星さま」では、ほかとくっきりと線引きし、はしゃいだり、さわったり、写真撮影することも可能になっている。筆者は偶然に、ミュージアムショップ近くで、親が自分の子どもにその差を丁寧に説明しているところに出くわした。密なコミュニケーションが存在すれば、子どもはその差を理解するものなのだ。そういった意味でも、この勇気ある試みは価値があると思うのだ。
 展示室はゼロゼロエスエス担当の変身コーナー、オバケ担当の松本力による映像コーナー、デタラメ星座協会による星座作成コーナー、はまぐちさくらこによる巨大な絵とぬいぐるみのコーナー、トラフ建築設計事務所によるオバケ屋敷コーナー、最後にふたたび自分の服をつくれる「変身コーナー」という構成になっている。


ゼロゼロエスエス《変身コーナー》で見つけた親子


デタラメ星座協会《デタラメ星座群》コーナーで自分だけの星座をつくって名前をつける


東京大学相澤研究室+久保友香《勝手に変身》。布や紐でオリジナルの服をつくったら、さっそく着て記念写真を撮る。説明しているのは担当学芸員の郷泰典氏

 アートの真髄を咀嚼し、そのエッセンスを、チルドレンズ・ミュージアムの体験型展示のような手法で鮮やかに提示していたのがトラフ建築設計事務所だ。まるで額縁の中の絵の世界と、外の現実世界を自在に行き来できるような面白さや、コミュニケーションを誘発する仕組みが、良い効果をもたらしていた。中世の蝋燭の光で描かれたような人物画を目の端に置きつつ、自分たちが額縁の中に入りライティングされることによって見える同じような効果の面白さのなかに、子どもたちは、知らず知らずのうちに誘われる。描かれた時代や光の性質や効果などに気づくこともあるだろう。なにしろ、額縁の向こうにいる子どもたちが驚くほどにリアルに絵画の登場人物に見えるのだ。子どもたちは親や友達に見てもらいたくて何度もトライする。その微笑ましくもユーモアいっぱいの様子を、他の来館者もニコニコと見守ったり、驚かされて喜ぶ風景が繰り広げられている。
 この額縁で飾られた「化かし屋敷」には、子どもがくぐるのにちょうどよい高さの入口が設けてある。場所によっては、額縁をまたいで向こうの世界に足を踏み入れることもできる。屋敷の中は、階段が設けられて、高い位置の絵から顔をのぞかせることができるようになったり、人物画の首だけをクルクルと回すような仕掛けがあったりするが、この内側の設計施工も手抜きなしの丁寧さで、子どもたちの安全に配慮してあるのが印象に残っている。
 つまり、この展覧会は美術館の中に出現した、子どものためのアートを軸にしたチルドレンズ・ミュージアムであるとも言えそうだ。絵の世界へどっぷりと体ごと入り込む「没入感覚」を利用しているのは、まさにチルドレンズ・ミュージアムの展示手法なのだ。今回の展覧会は期間限定であるが、今後、こういった十二分にアートと向き合って、心底楽しめるチルドレンズ・アート・ミュージアムがつくられるといいのに……と、つい、あれこれと妄想してしまった。同じくトラフによる「目玉橋」はちょっとしたおまけのような展示だが、自分が動くにつれて床に貼られた目線が移動する楽しさがある。それだけを取り上げるとさりげなさに気づきにくいかもしれないが、これは展示動線として重要な意味を持っていると思う。子どもたちは二つの離れた展示室を移動するあいだに、気持ちが途切れてくるが、そのあいだもモチベーションを保ちつつ楽しく移動できるようにとの優しい配慮だと思う。


トラフ建築設計事務所《トラフのオバケ屋敷は“化かし屋敷”》。絵の向こう側の世界から手を伸ばす子ども(左)。絵の世界に取り込まれた子ども(右)


トラフ建築設計事務所の《目玉橋》。見られてる! 見られてる!

 はまぐちさくらこの展示室には、巨大なはだかの女の子のぬいぐるみが仰向けにおいてある。その大きさといったら! 子どもたちは瞬時に駆け寄り、上に乗っかる。周りにははだかちゃんとぱんつちゃんのお話が巨大壁画に仕立てられてぐるりと展開している。ここは肉感的なワールドで、まだ心も体も親から離れきっていない子どもたちのパラダイスでもある。布団よりもベッドよりも大きな、ふかふかのぬいぐるみに身を預けて、色のシャワーを浴びる。ぬいぐるみから出ているひもを引っ張る。なんとなく甘酸っぱい、やわらかな世界がここにはある。しかし、ちょっと大きな子どもたちはゆっくりと壁画の言葉を読んでいたりして、静かに過ごしている。その行動の対比も面白い。まさに「子どもが、子どもでいられる場所」とは、そういったことなのだろう。アートに無理に引きつけようとしないしなやかさが、心地よく、子連れファミリーの滞在時間がやたら長い展覧会だったというのも良かったところだ。子どもたちの解放区が、もっと増えるといいな……と思いながら会場を後にした。


はまぐちさくらこ《はだかちゃんとぱんつのくに》。オムツからパンツの時代への象徴、はだかちゃんにダイブ

オバケとパンツとお星さま──こどもが、こどもで、いられる場所

会期:2013年6月29日(土)〜9月8日(日)
会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1/Tel. 03-5245-4111

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大月ヒロ子

ミュージアム・エデュケーション・プランナー。板橋区立美術館学芸員を経て独立。展覧会の監修やコミュニケーションを誘発する学びの空間デザイン、プ...

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