フォーカス
16年目のICCと磯崎新展──磯崎新「海市」から「都市ソラリス」へ
畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]主任学芸員)
2013年12月15日号
1997年に開催された磯崎新の「海市」展から16年、この12月14日より再び磯崎による建築展「ソラリス」が始まった。この二つの建築展の連続性と非連続生、「海市」以降の、現在的な都市-建築および建築家のありようをめぐる「都市ソラリス」展について、担当学芸員である畠中実氏にテキストを寄せてもらった。
2013年、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](以後ICC)は開館16周年を迎えた。日本の電話事業100周年(1990年)の記念事業として基本構想が開始されたICCの最初の活動は、1991年に電話回線を利用し、電話やファックスを通じて美術家、小説家、批評家など、さまざまなジャンルの文化人のアートワークやテキストやメッセージなどを鑑賞することができる「電話網の中の見えないミュージアム」によって実現された。「コミュニケーション」を中心的なテーマに設定し、科学技術と芸術文化の対話を促進し、豊かな未来社会を構想するという活動理念のもと、以後、1997年4月に現在の施設をオープンするまでのプレ活動期を含めて数えるならば20年を超える活動を行なっている。
インターネット時代以前に活動を開始し、物理的な空間を持たない「見えないミュージアム」を標榜し、インターネット商用化後1995年には、ウェブやネットワーク技術を利用した「on the web──ネットワークの中のミュージアム」を行なった。こうしたプレ活動期は、新しいメディアにおける使用法とその可能性を模索する過渡期としての期間でもあり、機関誌『季刊InterCommunication』を発行(2008年に休刊)し、同時代の科学技術と芸術表現を考察するための環境なども整えた。このプレ活動期間は、いわばデジタル/インターネットの黎明期でもあり、いまだ進展する技術環境の変遷を含み込むものでもあるだろう。そして、1997年には、場を持たない「見えないミュージアム」から施設=場としての活動を開始することになる。
オープニング企画展「『海市』──もうひとつのユートピア」展は、磯崎新の企画によるもので、「制作されていくプロセスをそのまま公開し、かつ、多様なネットワークを介して、相互に他者でしかない、不特定の人々が自発的に参加するワークショップ」 として構想された。それは、すでに完成された作品を展示するような従来の展覧会ではなく、制作のプロセスそのものが展覧会であり、結果の予測できない、完成のない展覧会だったと言える。そうしたことからも、場の開設が、すなわち単に展示主体の場の開設=旧来的な美術館の展示機能にベースを置く活動へと立ち返るということではなかったことは理解されるだろう。
「海市」展の試み
「海市」=ミラージュ・シティは、1994年に中国・珠海市から磯崎が依頼を受け開始された。中国の経済特区のひとつとして、マカオ沖、南支那海の浅瀬に人工島をつくり、そこに文化、学術、会議、居住といった諸施設を計画することを提案したプロジェクトである。構想の基調となるコンセプトとして提案された「海市」には、文字通りの「海上の都市」と、中国語でいう「蜃気楼」という二重の含意がある。それは、この人工島を現行の政治的社会的諸制度と断絶した、ある意味での「ユートピア」として構想させるものとなった。
ICCでの展覧会は、この海市計画をベースに、「情報社会化してゆく21世紀にむかって、ひとつのユートピア都市を構想し、具体化するための実験モデルとしての展覧会」というコンセプトのもと、「近代社会を支えた唯一の普遍性、単線的な進歩、および垂直の序列性の原理に対する根本的な疑問」を契機として、先に挙げたような、プロセスそのものである展覧会として実施された。それは、マスタープランを持たない都市のプランの構想可能性として、「30年前に死んだ近代のユートピアに替わる、もうひとつのユートピア」を現出させることを試みるものとなった。
会場には、実際に計画された人工島「海市」が4つの異なるモデル(プロトタイプ、シグネチャーズ、ヴィジターズ、インターネット)として提示され、それらを舞台に展示が行なわれた。当時すでにインターネットを利用した作品は存在していたが、インターネットを通じた不特定多数の人々がユートピアの計画に参加し、介入することによって、自己生成的にできあがっていく都市というアイデアはまだ非凡なものだった。展示された都市モデルは、そのような参加介入によって、日々姿を変えていく。特に、建築家や美術家が「海市」を2週間ごとに連歌形式で前者を受け継ぎ(あるいはまったく無視し)ながら作り替えていくヴィジターズのセクションでは、磯崎が展示=上演(パフォーマンス)と名付けたことと呼応する、ダイナミックな変容空間が展開された。また、散在するローカル・ネットワークが結びつき、ひとつの総体となる、インターネットの成立プロセスを都市の計画にシミュレートするというアイデアは都市という島宇宙が集合して銀河を形成するというイメージと重ね合わされていく。
「磯崎新──都市ソラリス」展
「磯崎新──都市ソラリス」展は、ふたたび磯崎により「海市」展から16年を経て開催される展覧会である。この16年の期間とは、「海市」が提起した問題が、より現実的な議論として醸成される期間だったと言ってもいいだろう。インターネットのような都市を作る、アルゴリズムによる設計、集合知的設計プロセスといった現代の建築家たちによる実践、さらには、ネット環境を契機にした情報社会論、アーキテクチャ論による制度設計者としてのアーキテクト像の台頭、これらは「海市」によって提起された問題を、より現実的なテーマとして実践するものでもある。こうした状況は、97年当時とは異なるものであり、「都市ソラリス」を「海市」の発展形としてのみとらえることはできないだろう。
「都市ソラリス」は、昨年のヴェネツィア建築ビエンナーレでの展示「Run after Deer!(中原逐鹿)」(パラッツォ・ベンボ)と同様の、現在中国で進行中の磯崎の最新のプロジェクト「鄭州都市計画」をベースにしている。それは、「海市」以後の建築家たちの方法論による現在の実践に対する応答のようにも見えるものでもあった。今回の「都市ソラリス」展は、磯崎の都市デザイナーとしての変遷をたどるセクションや、祝祭空間としての都市をメディア・アーティストの提案によってアレンジするインスタレーション、「海市」以後の建築家らによる都市計画ワークショップ、さらには、会期中に多数開催されるワークショップやディスカッションなどを通じて、過去と現在を行き来しながら、より多角的に展開される。
磯崎は、3.11以後に必要とされるのは、「いっさいの先行モデルがないときに線を引く蛮勇」 であるという。その意味で、この展覧会は、過渡期的でヴァーチュアルでもあった「海市」から、より実際的な社会実践への糸口となることが求められているといえるのではないだろうか。