2017年12月15日号
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「もの」の新たな秩序を求めて──「イメージの力──国立民族学博物館コレクションにさぐる」展

安藤礼二(文芸批評、多摩美術大学美術学部芸術学科准教授)

2014年04月15日号

 『イメージの力』展は、「国立民族学博物館コレクションにさぐる」と付されたサブタイトルからも明らかなように、大阪の国立民族学博物館が収蔵している「民族」資料を、東京の国立新美術館で「芸術」作品として展示する、という試みである。資料なのか、作品なのか。あるいは、学の対象となる「民族」なのか、表現の主体となる「芸術」なのか。今後多くの議論が引き起こされる予感とともに、しかし、まずは現前に出現してくる「もの」たちの存在感に圧倒された。近年、これほどの力を発散する「もの」たちが、その場を訪れた観客たちに向かって迫ってくる展覧会は稀であろう。

 まず、会場の入口に据えられた、イアトムル族の三つの「神像つきの椅子」に驚かされる。一体、この造型は何に、あるいは何処に起源をもっているのか。先祖の像であるとともに椅子。しかも、その先祖は人間であるとともに動物であり、さらには植物にも鉱物にも見える。ニューギニア、セピック川中流を生活の場とするイアトムル族は、後に「精神の生態学」を主張し、現代思想のひとつの巨大な源泉となったグレゴリー・ベイトソンを惹きつけ、『ナヴェン』という大部の民族誌を書き上げさせることになった人々である(ベイトソンの著作のなかで、残念ながらこの『ナヴェン』のみ邦訳が存在しない)。「ナヴェン」は男性が女性に仮装し、女性が男性に仮装する儀礼である。男が女に変身し、女が男に変身する。つまり、二つの異なったものが一つに入り混じり合いながら、抗争を演じるのだ。ベイトソンはその有様を「分裂生成」と名づけた。二つに分裂しながらも一つに生成し、一つに生成しながらも二つに分裂する。
 男と女、祖先と椅子、あるいは不可視の霊的な世界と可視の物質的な世界。一つに入り混じり合いながらも抗争を続ける二つの要素によってダイナミックな形態をあらわにする「もの」たち。精神と物質、男と女、生者と死者、人間と森羅万象が一つに融け合っている。そこでは、われわれが予想することさえできなかった抽象的かつ奇怪なイメージが、具体的かつ親密な「もの」として受肉している。非日常の霊的な祭器と日常の実用的な器の間に差異を設けることが不可能なのだ。この展覧会に集められた「もの」たちの本質を体現する素晴らしい導入である。しかし、そういった意味では、「イメージの力」というタイトルは秀逸であるとともに、やや誤解を招く恐れがあるとも感じた。


左=神像つきの椅子「カワ・トゥギトゥ」
右=舞踏劇「チャム」の仮面「シンゲ」

 「民族」資料の場合、「イメージ」は「もの」と離れて自立することはない。「イメージ」は「もの」とともに、あるいは「もの」そのものとして、造型される。いわば生命を吹き込まれた物質、生命を吹き込まれたイメージとして、はじめてその十全な姿を現わす。しかも、その生きた物質、生きたイメージとしての「もの」たちは、おそらくは祝祭という、不可視の世界と可視の世界が一つに交わる特権的な場から切り離されてしまうと、その力を著しく喪失してしまう。「民族」資料を「芸術」作品として展示する限界が露わになる地点である。もちろんそうした点については主催者たちの間で充分な議論が積み重ねられたはずであるし、その経過については、これもまた、非常に力がこもったカタログで懇切丁寧な説明が加えられている。
 入口に据えられた三つの「神像つきの椅子」から、プロローグの「視線のありか」として集大成された仮面たち、そして第1章「みえないもののイメージ」の神や人を象った「もの」たちや時間の経過と宇宙の展開を記した「もの」たち、第2章「イメージの力学」の光と色を組み込み織り込んだ「もの」たち、天空を目指す「もの」たちを経て、第3章の「イメージとたわむれる」に集大成された雑貨たち──非日常的な日常品──に至るまで、私はある種の興奮を感じながら、「もの」たちの間を、時が経つのも忘れて彷徨した。他には得がたい体験を可能にしてくれる展示だったと思う。しかし、正直に記させてもらえば、それ以降の展示、「ハイブリッドな造型」と「消費されるイメージ」からなる第4章「イメージの翻訳」、エピローグとして「もの」(日常の道具)そのものを「芸術」作品として提示しようとした「見出されたイメージ」に、私はまったく感銘を受けなかった。というよりも反感さえ覚えた。
 もちろん、「消費されるイメージ」として展示された空き缶を素材として造り上げられたミニチュア玩具は非常に感動的である。レヴィ=ストロースが『野生の思考』の冒頭で称揚したブリコラージュを実践するものだと思う。しかし、この第4章とエピローグは、「民族」資料を「芸術」作品として展示するとは一体どのような意味をもつのかという、博物館=美術館側の悪しき自意識、悪しき「コンセプト」が先行してしまっているように感じられる。極言してしまえば、「コンセプチュアル・アート」の、時代遅れの、悪しき反復に過ぎないように思う。特に、試みとしては誰も文句のつけようのない「いのちの輪だち」や「肘掛椅子」──モザンビーク内戦後の「武器」をアートとして再構築した作品──は、ただ人間の善と人間の「正義」しか語らない。「民族」資料としての「もの」が、善悪の彼岸で、恐怖と畏怖が綯い交ぜになった両義的な力を発散させているのとは対照的に。


左=トコベイ人形
右=早変わり仮面


左=樹皮画「マイ・カントリー」
右=羽根製頭飾り


左=ゾウの仮面「ムバップ・ムテン」
右=女性用前掛け布


左=アサフォ結社の軍旗(トリミング)
右=玩具(複葉機)

 私は、「芸術」作品よりも「民族」資料に軍配を上げる。さらには、「民族」資料を、現代美術の「コンセプト」として安易に反復するのではなく、それらをより学術的に突きつめていくことによって、新たな表現の次元がひらかれると確信している。なぜならそうした試みはすでになされているからだ。民族学者のマルセル・モースの講義に出席し、未曾有の「エロティシズム」の美学を打ち立てたジョルジュ・バタイユや、人類学者のレヴィ=ストロースと親交を結ぶとともに晩年に『呪術的芸術』という大著を書き上げたアンドレ・ブルトン──邦訳では『魔術的芸術』とされているが、ブルトンが探究しようと欲したのは不可視の霊的な力と可視の物質的な力が一つに交わる「呪術」(呪物)の世界である──、そして異邦の祝祭の場に「残酷演劇」の発生を幻視したアントナン・アルトーらによって。
 民族学あるいは人類学は、芸術表現と直結していたはずなのである。国立民族学博物館の起源もまた、そうした芸術運動と無関係ではない。そもそも、国立民族学博物館のもととなる「民族」資料、仮面と神像は、大阪万国博覧会の会場の中心に打ち立てられた「太陽の塔」の展示のために全世界から集められたものだったからだ。その試みの詳細、その「民族」資料の詳細は、岡本太郎、泉靖一、梅棹忠夫の共編になる『世界の仮面と神像』(朝日新聞社、1970)に記録されている。岡本太郎は、バタイユやブルトンやアルトーと同時代にパリで民族学を学び、日本に帰国してからは、柳田國男や折口信夫によって創出された民俗学が研究の主題とした列島の現在に残されている文化の古層を訪ね歩いた。
 岡本太郎は、他者を客観的に研究する民族学(エスノロジー)と自己を主観的に反省する民俗学(フォークロア)の交点に自らの芸術の理念、「太陽の塔」に体現される理念を、文字通り打ち立てたのである。二つのミンゾク学、エスノロジーとフォークロアは、太郎にとって一つに結びつくものだった。そうした事実は、太郎の芸術の可能性であるとともに国立民族学博物館の可能性そのものでもあるだろう。できれば、この展示全体を通して、学問的研究と芸術的表現、ヨーロッパの民族学と列島の民俗学が一つに結ばれ合った国立民族学博物館の起源そのものに迫って欲しかったと思う。柳田國男も折口信夫も、そして岡本太郎も、研究者にして表現者である。だからこそ、「民族」資料を収集して研究することと、それらを「芸術」作品として表現することは矛盾しないはずなのだ。
 最後にいくばくかの批判を記したが、賛否両論、多くのことを深く考えさせられる、実り豊かな展覧会であることは間違いない。

イメージの力──国立民族学博物館コレクションにさぐる

会期:2014年2月19日(水)〜6月9日(月)
会場:国立新美術館
東京都港区六本木7-22-2/Tel. 03-6812-9925

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