2017年05月15日号
次回6月1日更新予定

フォーカス

映像の交換性──3.11を契機として制作された映画・映像について

阪本裕文(映像研究/稚内北星学園大学情報メディア学部情報メディア学科講師)2014年04月15日号

 twitterでつぶやく

 この論考の目的は、3.11を契機として制作された映画・映像を論じることにある。そこで私は、東日本大震災と原発事故を契機として制作された作品のなかから、震災・原発事故以前のドキュメンタリー映画においては積極的に見出されなかったような文脈を取り出すことを試みたいと思う。

 昨年から今年にかけて、震災と原発事故を主題とした二つのフェスティバル、『福島映像祭』と『3.11映画祭』が開催された。この二つのフェスティバルはそれぞれ異なる性格を持っている。まず、ポレポレ東中野で開催された「福島映像祭2013」は、NPO法人OurPlanetTVの主催によって催された(2013年9月14日〜20日)。この映像祭は「映画、テレビ番組、そして一般市民による日々の記録まで、多様な映像を通して事故以降の福島の姿、そして『福島の今』を映し出すこと」を目的としており、どちらかといえば市民運動的な方向、あるいは福島に居住する当事者の発言を伝える方向に向かって特化されていた。一方、『3.11映画祭』は、東日本大震災復興支援プラットフォーム「わわプロジェクト」の主催によって催された(2014年3月9日〜30日)。こちらは前者とは対称的に、多彩な著名映画監督によるドキュメンタリー映画が集められており、様々な側面から、広く東日本大震災に目を向けようとするものであったといえるだろう。この二つのフェスティバルのプログラムのなかには、それぞれ、私が震災・原発事故以降の表れとして興味深いと思う作品が含まれていた。それが『福島映像祭』における、前田真二郎が中心となって企画されたオムニバス映画『“BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW” Omnibus 2011-2012 for FUKUSHIMA』(以下、BYT )(2011-2012)。そして『3.11映画祭』における、酒井耕・濱口竜介による東北記録映画三部作『なみのおと』(2011)、『なみのこえ 気仙沼』(2013)、『なみのこえ 新地町』(2013)、『うたうひと』(2013)がそれである。
 『BYT』は、2008年より共通ルールのもとで前田本人によって制作されていたが、震災以降は複数の作家に制作を依頼するかたちで展開されている即興的なオムニバス映画である(本作に参加した映像作家のバックグラウンドや、インターネット上での展開も併せて考えるならば、これはある種のヴィデオアート作品集であるとも言える)。そのルール(指示書)とは抜粋すると以下のようなものとなる★1

・下記のプロセスで映像と音声を収録してください
 1日目 明日撮影する場所とそこに行く理由について話す(録音)
 2日目 現地で撮影する
 3日目 昨日の出来事について話す(録音) 
・1日目と3日目に録音した音声を順番に並べてサウンドトラックを作成し、それをベースに2日目に撮影した映像を編集してください
・撮影時に同時録音された音声は自由に使用してよいですが、新たな音声は加えないでください
・作品の長さは、オープニング・クレジット5秒、エンディング・クレジット10秒を含めて
 トータル5分にしてください (クレジットは無音/クレジット以外の本編は4分45秒)
・1日目と3日目に録音する音声の長さは、無音部分を含めて4分45秒以内にしてください

 この共通の手続きによって、依頼を受けた複数の映像作家はそれぞれ5分間の作品を制作し、オムニバス映画として上映されることになる。このコンセプトの目的を考察するならば、それは、二日目に現地で行われる撮影行為を基軸として、その昨日(1日目)と明日(3日目)のあいだに、作者の内面で引き起こされた変化のプロセスを記録するものだと言える。ここでドキュメントされるのは、現実の対象ではなく、むしろ作者の内面なのである。このようにして記述された個人の内面が、ゆるやかな集合として提示されることで、それはある時期──ある場所──ある社会の様相を反映するものとなる。今回の上映では、『福島映像祭』に合わせて12作品/11作家が選び直されていた。ここに参加した作家は前田の他には、鈴木光、中沢あき、池田泰教、齋藤正和、大木裕之、上峯敬、高尾俊介、西村知巳、高嶺格、五十嵐友子らである。
 2011年3月に撮影された前田による『ITO-kun』(2011年3月27日)から、2012年3月に撮影された五十嵐による『AGATHA』(2012年3月11日)まで、個々の作品で見てゆくと、それぞれがバラバラに個人の生活や経験を映し出しているのだが、全体を俯瞰してみると、そこには緩やかに共通する傾向も見て取れる。それは非日常的な経験を踏まえた上で、日常性の再発見・再確認を模索するような言葉の数々として表れる。そんななかで池田の『A Quiet Day』(2011年5月15日)、『Hanging in mid-air』(2012年1月8日)は、若干他と異なる印象を観客に与えるものだった。そこに記録されているのは、低線量被爆を避けられなくなった場所で日常を送る家族のもとを作家が訪ねて行った日の出来事であるが、日常化された非日常に直面した作家は、そこである種の失語状態に陥っている。ある者は日常を回復しようと、たどたどしく言葉を紡ぎ、ある者は言葉を失う──このオムニバス映画は、そのようなバラバラな個人の経験を集めることで、震災・原発事故以降の社会に生きる様々な人たちの日々を、総体的にドキュメントすることに成功している。


前田真二郎『 ITO-kun』


池田泰教 『 A Quiet Day』

 酒井耕と濱口竜介による東北記録映画三部作『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』は、せんだいメディアテークが開設している「3がつ11にちをわすれないためにセンター」プロジェクトのなかで生まれた、全編合わせて約8時間にも及ぶ長編の記録映画である。この三部作は、気仙沼、南三陸、石巻、東松島、新地町といった東北の被災地を南下しながら撮影を行った第一部『なみのおと』、気仙沼と新地町に暮らす人々を長期間にわたって撮影し続けた第二部『なみのこえ 気仙沼』と『なみのこえ 新地町』、そして、第二部の制作と並行して進められた、民話の語りを記録する第三部『うたうひと』によって成り立っている。
 この三部作の第一部および第二部を特徴的なものにしているのは、被災の状況そのものを撮影するのではなく、被災を経験した人々の言葉と、それを聞くという行為を作品の中心に据えている所にある。作中で試みられている、被写体となる人物に正面から向かい合ったフレーミングや、家族や友人など、親密な人間関係のなかで紡がれる口述の拡がりは、「聞く」という行為に、観客を意識的に参加させるものだと言える。そして、震災の経験を紡ぐ数多くの話し手の言葉は、みやぎ民話の会の小野和子氏を聞き手とした第三部『うたうひと』において、民話の口伝と併置される。ここで本作は、民話の語りを経由して、100年以上先を見据えた長期的な視点から、今回の震災の経験を捉え直すという視点を提出する。そして、そのような語り手の言葉は、聞き手の存在によってこそ生まれ、伝えられてゆくのだということを明らかにする。


酒井耕・濱口竜介『なみのおと』


同上


酒井耕・濱口竜介『なみのこえ』


酒井耕・濱口竜介『うたうひと』

 本作の監督のひとりである濱口は、劇映画も手がけている映画監督であり、話し手と聞き手の関係性を「映画」においてどのように構築出来るのかという課題について、この作品のなかで多くの成果を生み出したことは間違いない。その一方で、この映画が持っている社会的な機能は、伝統的な映画の文脈にとどまらず、映画館の外の不定形な映像の文脈においても接続可能であるように思う。そこで参照されるものは、初期ヴィデオアートにおける社会的プロジェクトの数々である。
 初期ヴィデオアートの重要なコンセプトのひとつに、ゲリラ・テレヴィジョンに象徴される、オルタナティヴメディアとしてのヴィデオの活用があったことはよく知られている。例を挙げるならば、水俣病の補償問題に対して抗議するために、チッソ本社前にて実施された若者達の座り込みの現場にヴィデオを持ち込んで、その抗議活動の様子を撮影し、その録画を見せ合うことで参加者同士の連帯を広めてゆくことを目的とした中谷芙二子の『水俣病を告発する会 テント村ビデオ日記』(1971〜1972)や、老人ホームを訪れて、生活の知恵についてのインタビュー映像を撮影してまわり、それらをヴィデオアーカイブとしてデータベース化するプロジェクトとして構想された中谷の『老人の知恵 文化のDNA』(1973)などである。初期ヴィデオアートの社会的な試みは、独立した作品であることよりも、社会的な交換性のなかで映像を機能させることに、その本質があったと言える。
 このような初期ヴィデオアートのコンセプトは、先に挙げた『BYT』や、『なみのおと』『なみのこえ 』『うたうひと』のような、東日本大震災と原発事故を契機として制作された映画・映像のなかに明確に受け継がれているように思う(もちろんそれは、インターネット上での映像の配信・共有という環境的な変化によって促された思考の方法であると言える)。震災以後の映画・映像は、作品を作品として完結させることよりも、さまざまな行為や出来事を媒介する方向──言い換えるならばアーカイブ的な方向においてこそ開かれていると言えるだろう。そのような社会的な媒介物としての映像は、社会内において広く伝達・共有されることによって、その行為や出来事が元々持っていた意味を緩やかに変更させて、新たな関係性を築くひとつの契機をもたらすものとなり得る。

★1──下記より引用。URL=http://solchord.jp/byt/instruction-sheet.html

▲ページの先頭へ

阪本裕文

1974年生まれ。映像研究。名古屋市立大学大学院芸術工学研究科デザイン情報学科助教(2004-08)、稚内北星学園大学情報メディア学部情報メ...

2014年04月15日号の
フォーカス

文字の大きさ