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ファッションブランドのアートコレクション──パリ、ヴェネツィア、ミラノ

木村浩之

2015年07月01日号

 ファッションブランドがアーティストとのコラボ商品を出すのはもはや珍しいことではなくなった。ルイ・ヴィトン表参道店の蜷川実花プロデュースによるイベントなど、ここ数年はファッションブランドの名前のついたアートイベントや美術館を目にするようになってきている。代表的なものをピックアップし、紹介しよう。




パリ、ブローニュの森のアクリマタシオン庭園内に立つ《ルイ・ヴィトン財団美術館》。
夜間はあまりいい地区とされていないが、緑が多くいい環境だ。
© Iwan Baan 2014 © Gehry partners LLP

ルイ・ヴィトン系

アートコレクター、ベルナール・アルノー率いる企業体LVMH

 ルイ・ヴィトン系、つまりアルノー家率いる親会社のLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)傘下のブランド・デザイナーから始めたい。
 LVMHグループは、名前となっているルイ・ヴィトン、モエ・エ・シャンドン(シャンパン)、ヘネシー(コニャック)に始まり、ディオール、ロエベ、ジバンシー、マーク・ジェイコブス、さらにはゲラン(香水)、ウブロ(時計)など酒類、香水まで幅広い分野の第一級ブランドを多数抱えるファッション業界最大手企業体のひとつだ。創業者ベルナール・アルノーは2015年版のフォーブス世界長者番付では世界13番目の資産家とされている人物で、その彼自身が、アートニューズ誌の「世界トップコレクターランキング」でここ数年は5位前後をキープしている、世界有数のコレクターなのである。

アルノー・コレクションと《ルイ・ヴィトン財団美術館》

 現代アートやヴィンテージ家具などを売買するオークションハウス、フィリップスのオーナーでもあった彼が、グッゲンハイム・ビルバオの設計でも知られるフランク・O・ゲーリーに美術館の設計を直接依頼して完成したのが《ルイ・ヴィトン財団美術館》だ。パリ・ブローニュの森にあるこの美術館は、名前こそ「ルイ・ヴィトン」だが、内実はアルノー氏のコレクションを展示する「アルノー」美術館といった趣だ。2014年秋のオープニング・セレモニーにはフランソワ・オランド大統領に並んで文化・通信大臣のフルール・ペルラン氏、パリ市長のアンヌ・イダルゴ氏などプライベート(財団)美術館とは思えないような面々が出席している。2013年にアルノー氏は税金回避目的でベルギー国籍を申請していることが表面化し国家的スキャンダルとなった直後でもある(その後申請を破棄している)ことから、フランス・パリとの友好的関係を示す狙いもあったのかもしれない。
 開館以来、約4,000平米の展示スペースにて、フランク・O・ゲーリー展、オラファー・エリアソン展などの企画展と並行して、コレクションもテマティックに分けて入れ替えながら展示している。森美術館の倍の面積がありながら、コレクション作品をパーマネント展示としないのは、それだけコレクションが膨大だということでもあろう。現在行なわれているコレクション展第3弾は「ポップ、音楽、サウンド」と名づけられ、バスキア、ウォーホルに始まり、アンドレアス・グルスキー、クリスチャン・マークレー、フィリップ・パレーノ、などが含まれている。
 音楽ホールも併設しており、2015年7月には小澤征爾指揮によるコンサートなども開かれる予定だ。
 アーティスティック・ディレクターは、元パリ市立近代美術館ディレクターのスザンヌ・パジェ。



《ルイ・ヴィトン財団美術館》(フランク・O・ゲーリー設計)
積み上げられたボックスを軽やかな幕が覆うようなイメージだ。動きのある外観とは対照的に、展示室内部は矩形のホワイトキューブになっている。展示空間のプロポーションがダイナミックに変化しているビルバオ・グッゲンハイムなどと比べると、ゲーリー建築としては比較的コンサバティブな展示空間だ。
© Iwan Baan 2014 © Gehry partners LLP

アートフェア、展覧会への進出

 ルイ・ヴィトンのブランドとしてのアート寄りの活動には、20世紀初頭の女性デザイナー、シャルロット・ペリアンの未完の作品《限りなく水に近い家(La maison au bord de l'eau)》を再現(2013年)したものがある。ペリアンは家具デザイナーでありアーティストではないので、厳密にはこの文脈にはそぐわないかもしれない。ただこのプロジェクトが発表された場が、アート・バーゼル・マイアミ・ビーチという近現代アートのフェアだったことが、ブランドとしてアートに接近しようとしている姿勢がうかがわれる。この建物自体は売り物ではなかったが、マーク・ジェイコブスのルイ・ヴィトンでの最終シーズンとなった2014年春夏アイコン・コレクションのインスピレーション・モチーフとして提示したもので、内部にはそのコレクション商品の展示があった。ちなみに、村上隆、草間彌生などのアーティストとのコラボ商品をルイ・ヴィトンが数多く出した背景には、自身がコレクターでもあるジェイコブスのアーティスティック・ディレクターとしての存在がある。
 アート・バーゼル・マイアミ・ビーチに進出してきたファッションブランドには、同様にLVMHグループのフェンディも名を連ねている。2008年よりマイアミに出ているこちらのブランドもアーティストではなく、80歳を超えたベテランデザイナー、マリア・ペルゲイを迎えてのコラボだ。マリア・ペルゲイはデザイナーといっても、量産品のデザインは手がけておらず、一点もののコミッション・ワークをこなしてきた伝説的デザイナーだ。ちなみに、ローマのブランド、フェンディの現デザイナーは、カール・ラガーフェルド。ラガーフェルド自身はメンフィス系80年代の家具のコレクションで知られるが、ヘルムート・ニュートンの写真なども所有している。
 LVMHグループではないが、ラガーフェルドがクリエイティブ・ディレクターを務めるシャネルは、2008年に香港を皮切りに世界の都市を巡回した移動型展示「モバイルアート」展を行なっている。展示パヴィリオンごと巡回するという、通常の巡回展示とは異なる新しい企てだった。256のパーツに分解して輸送が可能なパヴィリオンはザハ・ハディド設計。現在は寄贈先のアラブ世界研究所(パリ、建築はジャン・ヌーヴェル設計)にある。荒木経惟、ソフィー・カル、ダニエル・ビュラン、束芋、ヨーコ・オノなどの20のアーティストがシャネルのアイコン的存在であるキルティング・バッグをモチーフに製作した作品が展示されていた。入場料は無料だった。
 展示のアーティスティック・ディレクターは、フランスの美術雑誌編集長であったファブリス・ブストー。

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