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「安くて、素早くて、汚い。そうこなくっちゃ!」
Robert Frank: Books and Films, 1947-2016 in Tokyo

飯沢耕太郎(写真評論家)

2016年12月15日号

 ロバート・フランクほどの著名な写真家となると、展覧会の開催にはいろいろな条件がつきまとってくる。それをクリアするために、シュタイデル社のゲルハルト・シュタイデルが画期的なアイデアを思いついた。写真を安い紙に印刷して展示し、展覧会終了後に破棄するというものだ。世界各地の教育機関で、学生を中心に運営されているその「Robert Frank: Books and Films, 1947-2016」展が、今回は東京藝術大学大学美術館の陳列館で実現した。


会場の様子(2階)
© Taro Peter Little

「安くて、素早くて、汚い」展示

 写真のプリントがアート作品として、販売やコレクションの対象になったのは、日本では1980年代後半以降である。欧米諸国ではすでに70年代から、写真家が自分で焼き付けてサインを入れた「オリジナル・プリント」の価値づけが進み、美術館などに収蔵・展示されるようになっていた。そうなると、著名な写真家たちの作品をフィーチャーした展覧会の開催はかなりむずかしくなってくる。法外な保険料がかかるし、美術館に収蔵された作品の展示には会場の温度や湿度の管理などに厳しい条件が課せられるからだ。

 ロバート・フランク(Robert Frank, 1924〜)もまた、いうまでもなくそんな写真の巨匠たち(マスターズ)の一人である。彼が1958年に刊行した仏語版の『アメリカ人』(『Les Américains』、英語版は『The Americans』1959)は、文字通り写真家たちのバイブルとして、20世紀後半の写真表現の展開に決定的な影響を及ぼした。だが、彼の名声が高まるにつれ、展覧会の企画はなかなか実現できなくなる。フランクのプリント、ネガの大部分はワシントンのナショナル・ギャラリーが所蔵しているのだが、大規模な展覧会となると、同館を皮切りに各地を巡回した「Moving Out」(1994〜)、「Looking in: Robert Frank's The Americans」(2009)など数えるほどしかない。

 そんななかで、このところフランクの写真集を立て続けに刊行しているドイツ・シュタイデル(Steidl)社のゲルハルト・シュタイデルが素晴らしいアイデアを思いついた。フランクの写真をどんな会場にも設置できる廉価な新聞用紙に印刷し、それらを展示するというものだ。展示された写真は、会期終了後に破棄される。そうすれば「美術市場の思惑──売買と消費のサイクルを回避」することができる。この展覧会の原案を聞いたとき、フランクはこう叫んだという。「安くて、素早くて、汚い、そうこなくっちゃ!」★1

 この展覧会企画にはもうひとつ大きな特徴がある。普通の美術館やギャラリーではなく、「主に大学や学校などの教育機関を会場」としていることである★2。展覧会の準備や運営、什器、ポスター、配布資料などのデザイン・製作は、学生を中心として行なわれる。そこには、若い世代がフランクの写真の仕事をもう一度見直すことで、そのエッセンスを受け継いでいってほしいというシュタイデル、そしてフランク本人の強い思いがあるのだろう。学生たちにとっても、いろいろな困難を乗り越えて、ひとつの展覧会を実現していくことには、計り知れない教育的効果があるのではないだろうか。


展示の打ち合わせをするシュタイデル氏
© Peter Taro Little

 こうして、世界各地を巡回している「Robert Frank: Books and Films, 1947-2016」展の11カ所目として、東京藝術大学大学美術館の陳列館での展示が実現した。会場構成、広報、イベント企画などを担当したのは、同大学デザイン科視覚伝達研究室(担当教官・松下計)の学生たちである。ほぼ2年がかりで計画・実行したという展覧会は、期待に違わぬ出来映えであり、連日多くの観客で賑わっていた。


★1──「Robert Frank: Books and Films, 1947-2016 in Tokyo」ウェブサイト
http://steidlxtua.tumblr.com/about
★2──同上

写真展への軽やかなアンチテーゼ

 会場は1階と2階に分かれ、1階の入口の近くの小部屋には、今回の展示の元になったシュタイデル社刊行の写真集が、天井から吊るされてぶら下がっていた。あの伝説的なフランクの最初の写真集『The Americans』は、2008年にシュタイデル社から再刊されている。その『The Americans』だけでなく、『New York to Nova Scotia』(2005)から最新作の『Was haben wir gesehen / What we have seen』(2016)まで20冊余りの写真集が、実際に手にとってページをめくれるように展示してあった。


天井から吊り下がるシュタイデル社刊行の写真集
[以下、特記以外の撮影=編集部]

 その奥の大きな部屋には、主にフランクの近作からの写真が並ぶ。2000年代以降に刊行された『Seven Stories』(2009)、『Tal Uf Tal Ab』(2010)、『You would』(2012)、『Park / Sleep』(2013)、『Household Inventory Record』(2013)といった写真集は、「ヴィジュアル・ダイアリー」と称されている。フランクの身近な日常を、ときにはテキストを交えて「視覚的な日記」のように綴ったもので、日本の「私写真」の感触にとても近い。今回の展示では、金属製の枠を組み合わせた什器が製作され、大きく印刷された写真が、その上を覆うように貼り付けてあった。テキストは手描きの日本語で表示されている。ラフでチープなつくりだが、さすが藝大デザイン科の学生の設計らしく、なかなかセンスがいい。


展示会場で什器の調整をする様子
© Yoko Saito

 さらに展示パネルの所々に、フランクの映画作品がプロジェクションされていた。フランクは、『The Americans』の刊行後、プライヴェートな記録映画に制作の比重を移した時期がある。彼は自身の生をまるごと包み込み、取り込んでいくのに、写真とは違った表現の可能性を映画に感じとっていたということだろう。今回の展示では、『The Sin of Jesus』(1961)、『O.K. End Here』(1963)といった初期作品から、『True Story』(2004/2008)、『Fernando』(2008)といった近作まで、映画の代表作を、年代を追って観ることができた。ただ、会場が狭いので音がかぶってしまい、映画の視聴環境としてはあまりよくない。画面もやや小さ過ぎる。映画は別会場での上映という選択もあったのではないだろうか。



1階展示会場
© Taro Peter Little

 2階には『The Americans』をはじめとして、シュタイデル社から刊行されている『Paris』(2008)、『Peru』(同)、『Portfolio: 40 Photos 1941/1946』(2009)、『Black White and Things』(2009)、『Valencia 1952』(2012)などの初期写真群が並ぶ。注目すべきは、出版に先立って制作された各写真集のダミー本が同時に展示されていたことだ。写真家や編集者にとって、ダミー本をつくることは大きな意味を持つ。どんな写真集に仕上げていくのかを、いろいろなアイデアを出しながら検討することで、最終的な形が決まってくるからだ。そのプロセスを垣間見ることができたのは、実際に写真集作りにかかわる者にとっても、得がたい機会になったはずだ。


修正の指示が残る『The Americans』の台割


制作のプロセスが分かる写真集のダミー本

 全体的に、とても充実した内容の展覧会になっており、視覚的なエンターテインメントとしても充分に楽しめた。先に書いたように、フランクだけでなく著名な写真家たちの展覧会を美術館レベルで実現するのは、かなりむずかしくなってきている。しかも、さまざまな条件をクリアしていくと、どれも似たような構成の展示になりがちだ。今回の展覧会は、そういった状況に対する軽やかなアンチテーゼにもなっていた。

 なお、本展のカタログも『南ドイツ新聞』の体裁で印刷されていて、廉価で提供できるように工夫されている。ほかに、学生たちの展覧会の準備作業の様子をレポートした公式ドキュメント『Students at TUA: Effort and Document, May-November, 2016』も刊行された。


左=南ドイツ新聞の体裁をした「Robert Frank: Books and Films」展のオフィシャルカタログ。
右=東京展のポスター兼フライヤー。熊野新聞の協力のもと本物の新聞紙に輪転機で印刷されている。


東京での展示にあわせて制作されたオリジナルカタログ。週刊誌の体裁をしており、本展開催までのドキュメントになっている。
以上4点=© Peter Taro Little

「雑な」メディアとしての写真のあり方

 写真はもともと「雑な」メディアである。フランクのいう「安くて、素早くて、汚い」という言葉は、写真の本来のあり方を端的に示している。美術館やギャラリーのホワイトキューブに、額装された写真をきちんと並べるような取り澄ました展示は、むしろ写真の持つ生命力を弱めることにつながりかねない。さらに今回の展示では、シュタイデルによるワークショップ、レクチャーなどを含めて、イベント性、パフォーマンス性を強め、写真作品をライブコンサートのような環境で見せることで、新たな「写真を見る」体験を創出しようとしていた★3。意欲的な企画であり、その意図はかなりいいかたちで実現していたと思う。

 この「Robert Frank: Books and Films, 1947-2016」展は、東京藝術大学だけではなく、ほかの教育機関でもぜひ開催してほしい。むろんそのときには、今回とはまったく違う内容になっていい。さらにいえば、同様の企画は、ロバート・フランク以外の写真家たちの作品でも充分に実現可能なものだ。写真集と展示を合体させるというアイデアなら、荒木経惟でも、森山大道でも、面白い展覧会になることは間違いない。若い世代に、写真本来の表現力とその可能性を広く理解してもらういい機会になるのではないだろうか。


★3──レクチャーやパフォーマンスなどの様子はウェブサイトで写真を見ることができる。

Robert Frank: Books and Films, 1947-2016 in Tokyo(終了しました)

会期:2016年11月11日(金)〜24日(木)
会場:東京藝術大学大学美術館 陳列館
主催:STEIDL社、東京藝術デザイン科視覚伝達研究室

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