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【上海】上海歳時記──ゼロコロナ以降のアートシーンと中国の女性アーティスト

後藤あこ(アーティスト)

2024年03月01日号

2022年に上海に移住した後藤あこ氏に、アーティストの目から見た現代アートシーンについて執筆いただいた。パンデミック下という特殊な状況でスタートした生活、女性作家をテーマにした展覧会への参加、また美術大学のジェンダーバランスなど、中国現代アート最先端の都市の実態を感じることができる。(artscape編集部)


2024年春節、豫園のイルミネーション [写真:石川愛子]


近くて遠い国・中国。早いもので上海に住むことになって1年半が経とうとしている。上海と聞いて何を連想するか。きっと多くの人が2022年まで続いたゼロコロナ政策を思い出すだろう。もはやその代名詞となったあの上海ロックダウンや(中国政府はロックダウンという言葉を嫌がる)去年11月に開催された上海アートフェア ART021 が開催2日目にして強制終了となったニュースが記憶に新しい方も多いはず。

まず初めに補足しておきたい。厳密には私は上海のロックダウンは経験していない。私のパートナーがロックダウンを経験し、私は世界一厳格な入国後の隔離措置と、その後、猛スピードで変化する上海を見てきた。しかし本記事の主題は中国のゼロコロナ政策ではない。が、そこに触れずしていまの上海を語るのはどこか不自然に感じる。そこでこの記事では、私が体感した上海を時系列で紹介していこうと思う。中国超初心者である私の体験を通じて、少しでもいまの上海、そして中国の女性アーティストたちをイメージする手助けになれば幸いだ。

2022年冬~2023年春節

初めて感じた中国のスピード感

私が来たロックダウン明け2022年秋の上海は外出もままならない状況だった。2日おきのPCR検査とその結果が反映されるアプリがあり、これがないと店に入れないしメトロにすら乗れない。正直なところ感染自体より、感染者用隔離施設やマンション封鎖などの他人に与える影響の方がずっと怖かった。そんななかでも多くの美術館やギャラリーが活動を再開していたが、そのほとんどで閑散とした雰囲気を感じた。

12月を過ぎた頃、上海で急速に新型コロナが蔓延し、たった1〜2ヶ月で2,000万人をこえる上海のほとんどの住人が感染したと言われている(正式な情報は公開されていない)。「你阳了吗?(コロナにかかったか?)」が挨拶として流行し、ゼロコロナから一変してコロナが身近になった。このスピード感たるや、まるで高速ジェットコースターに乗っているようだった。そのまま速度を保ち、春節(旧正月、2023年1月)が明けたころには、一見すると日常を取り戻したように感じた。しかし死者数も現状もなかなか見えてこない、大事ななにかが煙に巻かれているような感覚が消えないままの毎日を過ごしていた。

そんなとき、偶然知り合った方から上海のキュレーターさんを紹介していただいた。ここでもスピードは早く、会ってすぐ展覧会参加が決定。ちょうど国際女性デーにあわせた女性アーティストをフォーカスした展覧会(「“世界是我的表象(世界は私の表象)”,上海展2023当代女艺术家群像」)を企画しており、女性作家を探していたこと、開催美術館が日本にゆかりのあるエリアにあることが参加の決め手となった。「じゃあ、あと1ヶ月で作品用意してねー」と作品提出までもスピーディー。とにかく、中国のすべてのスピードに圧倒された2022年の年末から2月。気がつくと、10円ハゲができていた。



上海きっての繁華街・南京西路もこの人手の少なさ[筆者撮影]



ギャラリーがひしめくM50エリアも営業していないギャラリーがほとんど [筆者撮影]


2023年春

中国人女性アーティストとの討論会

展覧会開幕が近づいてきたころ、キュレーターさんからオープニングイベントの討論会で日本の女性作家を取り巻く状況についてスピーチしてほしいという依頼が入った。何を話そうか悩んだ結果、まずは日本のジェンダーバランスの現状をデータを用いて客観的に発表することにした。もちろん個人の意見を伝えることもできたが、日本人は私ひとり、個人の意見がまるで日本の総意になってしまうかのように思えて、正直なところ怖かったのだ。

データは一般公開されている表現の現場調査団の「ジェンダーバランス白書2022」から引用し、当日は日本領事館の協力を得て翻訳者を通してスピーチを行なった。驚いたのは、中国人女性アーティストの方から「日本はもっと進んでいるかと思った」「私の卒業した美術大学も同じ状況だ」という感想が大多数だったこと。こっちからして見ればそれこそ意外で、できればもっと進んでいてほしかった。

おおよそ同時期に上海では、中国初の抽象表現における女性作家をテーマにした「她们与抽象(彼女たちと抽象)」(ウエストバンド・ミュージアム)という展覧会が開催されていたり、女性作家を見直す流れも日本と少し近いものを感じた。

展覧会をきっかけに中国の女性アーティストとたくさん出会うことができ、どこか抽象的だった彼女たちが少し身近になった3月から5月の頃。



「“世界是我的表象”,上海展2023当代女艺术家群像」展(朱屺瞻美術館) ポスター



参加女性アーティストたち(中国、アメリカ、日本の女性アーティストが参加)[筆者撮影]


中国の女性を取り巻く環境

上海生活も半年を過ぎて、中国人の知り合いが増えてきた。当然と言えば当然だが、私は女性なので交流する中国人も20代から40代の女性に偏る。話題はもっぱら生活のことで、中国人女性たちの生活について知る機会が自然と多くなった。

ここで彼女たちから聞いた、中国人女性を取りまくキャリア・生活環境について簡単に紹介しておきたい。もともと中国のカップル・夫婦は日本に比べ家庭を重視する傾向があり、どこへ行くにも一緒に行動し、連絡頻度も高いそうだ。カップルはデート代は男性がすべて支払い、バレンタインデーやクリスマスなどのイベントではすべて男性が女性へプレゼントする。さらに交際記念日は100日単位で祝ったりもする。中国人の男性は一年中女性にプレゼントをしなくてはならないという嘆きをよく耳にしている。

さて、ここまで聞くと羨ましいかぎりだが、もちろんそう簡単ではない。ひとりっ子政策は終了したが、現在でも中国人の多くがひとりっ子、加えて結婚=家族の結婚という意識が強い。つまり現代の結婚適齢期の女性は約6人(両親とその祖父母)の期待を一身に背負う。もちろん出産についても同様だ。さらに中国は女性への年齢意識も厳しく、30代を超えた未婚女性は「剩女(残り物)」と呼ばれてしまう。同じ女性として、正直このストレスは想像を絶する。

一方キャリア面では夫婦共働きが一般的。特筆すべきは祖父母が子育てを全面サポートする文化が根強いこと。これにより出産後もフルタイムで働けるし、子どもが小さいうちに博士課程を取得する話も何度か聞いた(実際に1歳の子どもをもつ私の友人も留学を目指している)。しかしこの背景には日本よりはるかに激しい競争社会がある。都市部では就学・就職の競争がより顕著で、日本の大学に留学する中国人が多い理由のひとつともなっている。

子どもと過ごしたくとも、学歴を更新したりフルタイムで働かなければ競争に負けて失業し、子どもを養うことができない、そんな状況なのだ。近年では結婚はしても子どもをもたない「丁克」というライフスタイルを選ぶ人も増えているが、中国人女性をとり囲む現状は日本と同じく発展途上だろう。

女性のライフテージや生活を取り巻く状況は、そのまま制作活動に影響してくる。わかりきったことだ。しかしそこを知らずに中国人女性アーティストは見えてこない。



2023年春。上海にも桜がある [筆者撮影]


2023年春〜初夏

国際都市・上海

展覧会でのスピーチをきっかけに中国語を学びたいと考え、語学短期大学に通いはじめた。入学早々気がついた。学校にもよるが、上海の語学大学は圧倒的に韓国人が多い。次いでタイ人、ロシア人、そして日本人は完全に少数派だ。ここでは中国文化も同時に学ぶことができ、そこで初めて日本固有だと思っていた文化が実は中国由来だったり、中国・韓国と酷似していると気がついて、ちょっとしたカルチャーショックを受ける。主題ではないので割愛するが、特に日中韓の文化系譜と微妙な違いがグラデーションに見えて、すごく面白かった。と同時に彼らがもつ日本に対するステレオタイプやちょっとしたヘイトも知ることになる。上海は言わずもがな国際都市で、こういったことにはよく遭遇する。韓国・香港や台湾が嫌いな中国人がいれば、日本が嫌いな人ももちろんいる。しかし日本メディアで伝えられているような「反日感情」にはまだ出会ったことがない。中国での日常生活における反日はいつも予想を超えた意外な方向からやってくる。自分のアイデンティティであった「日本人」が、一度崩壊して生まれ変わった気がした3月から7月。

そしてこのころになると以前は閑散としていた美術館にも人が戻り、新ギャラリーのオープンや日本人の個展もよく見かけるようになった。マスクをしている人も、もうほとんどいない。

2023年秋〜冬

上海アートウィーク

上海で迎える初めての秋。上海では毎年11月に大規模な2つのアートフェア(West Bund Art & Design とART021)が同時開催される。加えて今年は上海当代博物館(PSA)で上海ビエンナーレが同時期開幕され、各所でもさまざまな企画展が同時多発的に起こった(キュレーターの友人が11月だけで100以上の企画展がオープンしたと言っていた)。まさに上海の街がアートで盛り上がる、そんな時期。身の回りでも、知人の上海での個展開催や、アートフェア参加の知らせが届くようになり、コロナ脱却をやっと実感したころでもあった。

アートフェアには幸いにも友人のスタッフとして参加することができ、コロナに負けなかった上海のギャラリーの心意気もさることながら、香港・台湾・韓国のギャラリーの勢いを感じることができた。さらに知り合ったギャラリストや作家に、今回のアートフェアについて感想を聞くことができた。するとみんな開口一番に「やっと上海にアートが戻って嬉しい。今年無事に開催できて嬉しい」との返答が返ってくる。ハッとした。そうだ、忘れてはいけない。コロナの時に感じた、あのスピード感と、何かが煙に撒かれているような感覚がフラッシュバックする。とにもかくにも、昔雑誌で見たアートの街・上海をようやく感じることができた。

このころから日本との行き来がぐっとしやすくなり、日本の友人が数人上海に遊びにきた。友人と上海で会えるなんて、1年前はまったく想像できなかったのに。



ART021 会場風景 [筆者撮影]



West Bund Art & Design 会場風景 [筆者撮影]


2024年2度目の春節

この記事の執筆をきっかけに、どんどん身近になってきた中国人女性アーティストについてもう少し知りたいと思った。データ的な見方だけでなく、彼女たちの気持ちをもっと感覚的に捉えたかった。

そこでSNS閲覧数が増える春節時期を狙い、中国SNS 小红书(通称RED)を利用して、日本の芸術分野におけるジェンダーバランスを紹介しながら中国の状況について広く意見を募集してみた。たった数日ほどで約25,000件の閲覧と1,100件以上の賛同、合計140件ほどのコメントがついた(ちなみに私のフォロワーはわずか300人程度)。反響に驚きつつ、中国語の先生(彼女も同世代の女性だ)と一緒にすべてのコメントに目を通した。結論から言うと、日本と中国の芸術文化におけるジェンダーバランスは、感覚的に似たり寄ったりという具合らしい。意見として最も多いのは「差不多(大差ない)」というもので、やはり展覧会でのスピーチへの感想と似た印象を受けた。また彼女たちは中国のデータを紹介してくれたり、欧米圏との差異や、なかには日本の結婚制度に対する批判や日本に落胆したという意見もあった。



筆者による小红书への投稿
「これは日本の美術大学や美術館における男女比のデータです。
2022年末に公開され、日本でとても話題になりました。
みなさんはこれについてどう思いますか?
あなたの意見や中国における美術分野の男女比などぜひ教えてください」


たくさんの情報とともに得られたのは、中国人たちは日本に関心を示しているという実感だった。もちろん、政治的側面含めいろんな意見があるが、少なくとも、中国人の視線はきちんとこちらを向いている。さて、日本人はどうだろうか。日本領事館の人と話していたときに聞いた「日中間の文化交流を図る上で一番の障害は、日本人の中国への無関心さだ」という言葉を思い出して(約1年前の私にズバリ当てはまる)、耳が痛くなった。

次の日、また思いつきで、友人の中国人女性アーティストに最近考えていることは何かと質問してみた(彼女は30代前半でギャラリー運営の仕事をしつつ、絵を描いている)。春節前で忙しいのか、彼女の回答はとてもシンプルだった。「私は子どもを産むのが怖い。いまはいらないかも。上海で作家を続けられるか心配。経済的にも心配だしねー」。これを見て笑ってしまった「なんだやっぱり同じじゃないか!」。当たり前なことをついつい見逃していた、恥ずかしいことに私は友人の言葉でようやく実感することができたのだ。それぞれ住んでいる国によって、違う点で恵まれていたり損していたりするだけで、中国に生きる女性アーティストは私であり、私は彼女たちでもあるのだ。

以下はSNSで集まったコメント。



中国也是一样,可以把地域去掉了。
地域の問題を除き、中国も同様だ。




我们这有个男教授特别爱性骚扰,还跟女同 学谈恋爱会这都没降职处分停职。
私たちの大学にはセクハラが大好きな男性教授がいて、女子学生と恋愛をしても降格や停職処分はありませんでした。




这个图跟我实际感受到的差不多。我当时查阅各美大教授的作品或论文。教授那块,女教授真的凤毛麟角。因为她结婚改过姓还导致我的搜索比搜男教授论文要麻烦。这一点也是我以前没发现的她们做研究的绊脚之处。
このグラフは、私が実際に感じている男女比とほぼ同じです。いろいろな美術大学の教授の作品や論文をチェックしていたとき印象深かったのは、女性教授は本当に稀だということ。また女性教授は結婚して姓が変わったことで、男性教授の論文を探すより検索が面倒だった。これは私がいままで気づかなかったことである。




我是美院的学生,女生,当时我们面室十有八 九是女生,现在在学校也是。我的启蒙老师是一个男老师,老婆和他是一个学校的,国内三大美院之一国美,但是大学就结婚生了孩子然后退为家庭主妇,偶尔才来画室里看着我们画画。但我看了她之前出版的书觉得真的很可惜,有才华却围着家庭转圈。
私は美術アカデミー女学生です。当時私のクラスはほとんど女性でした。私の先生は男性だった。彼の奥さんは彼と同じ学校で、中国三大美術大学のひとつである国立美術学院の出身だった。大学時代に結婚して子どもをもうけ、その後引退して専業主婦になった。彼女はときどきアトリエに来て私たちの絵を見るだけだった。でも、以前出版された彼女の作品集を見て、才能がありながら家族を中心に生活が回っているのは本当に惜しいと思った。


調べのついた中国の芸術領域のジェンダーバランスをいくつか以下に紹介して、この記事を締めくくりたい。

※下記データは調査もしくはSNSで集まったデータや文献を元に筆者が作成。そのため年代や地域にバラつきがあったり、正確な出典元や数字の正確性を保証できるものではないことを了承の上ご参照ください


1)中国の美術大学の入学者数と男女比(青=男性 オレンジ=女性)



2)中国の音楽大学の入学者数と男女比(青=男性 オレンジ=女性)



★──教育侃大山「学艺术女生比男生更有优势?艺术院校男女比例大揭秘」(白度)を参考。この記事によると、2019年の統計では男性の人口は女性より3,000万人少ない。2020年、全国の大学学部入学者数(美術学部に限らない)は女性のほうが多く、60.65%を指している。

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