毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回4月3日更新予定)

フォーカス

複数形の「ルーヴル」を描く試み

光岡寿郎2009年05月15日号

 twitterでつぶやく

 桜の季節はとうに過ぎてしまったけれども、新緑の季節を迎えた上野は依然として混雑している。その一因は、現在国立西洋美術館(東京・上野公園)で開かれている「ルーヴル美術館展──17世紀ヨーロッパ絵画」の影響かもしれない。日本では毎年のように開催される「ルーヴル展」だが、既に50万人の来場者を数えるなど、依然としてルーヴル人気は堅調である。会期も既に折り返しを過ぎ大方の展評が出揃っている今、ここで少し考えてみたいのは、既存の「ルーヴル展」ではお目にかかれなかったいくつかの試みだ。

「横展示」の功罪

 事前の印象では、いわゆるオールドマスターの展覧会ということもあり基本的には美術史に基づく時系列展示を想定していた。しかし、まず会場に入って気づくことは、同展が時系列ではなく三種類の主題に基づいて構成されていることである。会場で配布される作品リストによれば、「『黄金の世紀』とその陰の領域」、「旅行と『科学革命』」、「『聖人の世紀』、古代の継承者?」の三種類のテーマが設定されている。同館のキュレイターである幸福氏は、地域史に基づく「縦展示」に対してこの「横展示」という形式を採用したことで、「17世紀ヨーロッパという時代を多面的にとらえ、また、この時代が生み出したさまざまなイメージを総体としてとらえる可能性」が生まれると指摘する★1。確かに氏の指摘のように、フランス・ポストの描いた17世紀のブラジルの風景画とクロード・ロランの理想化された風景画が併置されている様子は新鮮だったし、設定されたテーマ自体も興味深い。というのも、一般的なブロックバスター型の展覧会では美術史に基づく時系列的な展示形式が多く、この展覧会のように絵画を通して同時代の社会を立体的に描くことは困難だったからだ。その意味では、「横展示」の採用は有効だったと言えるだろう。
 ただ一方で、「横展示」の採用が満点回答ではなかったのも事実だ。さらなる改善点として二点挙げておきたい。ひとつは「誰のための横展示なのか?」という問い、もう一方が「一方通行の空間構成は横展示に適していたか?」という疑問である。
 前者に関しては、さきほどの幸福氏の解説の「地域研究を出発点にする美術史にとって、超域的発想それ自体がすでにひとつの新機軸ともいえます」という記述がヒントを与えてくれる。つまり、まず第一に横展示の採用はキュレイターや美術史家という「展覧会の作り手」にとって意欲的な試みだったということである。では、今まで時系列に基づく展示に親しんでいた来館者にとってはどうか? というのも、メディア・アートや現代美術のようなジャンルに比較して、「ルーヴル展」のような大規模展には専門知識を持たない一般の観衆が多数訪れるからである。もちろん、新たな展示形式を採用することで来観者に絵画を楽しむ上での新たな視点を提供するのは素晴らしいことなのだが、その新しいパースペクティブを一般化させる回路もまたこのような試みには必要である。この点に関しては国立西洋美術館自身に好例がある。2004年の夏季展示「建築探検──ぐるぐるめぐるル・コルビュジエの美術館」だ。一般的には難解だと思われる、身体のスケールを基礎にしたコルビュジエの「モデュロール」が建築に反映される様子が、展示やワークショップのなかで上手く消化されていた。前者では、実寸のブロックを組み合わせるハンズ・オン展示によって人間のスケールを視覚的に認識できたし、ワークショップでは巻尺片手に館内を測定することでモデュロールの空間への反映が体感できた。もちろん、ルーヴル展に訪れる来観者の数に比較すれば、上述のようなプログラムに参加できる人数は微々たるものだ。ただ、このような地道な取り組みが併用されることで、学芸員の意欲的な取り組みもまたより深く理解されるような環境が醸成されるはずだ。
 後者に関しては、同展のテーマ展示の採用に対して、設定された3つの主題が固定された順路によって構成された点は残念に感じた。というのも、動線を線的に構成した場合にもっとも適する展示こそ時系列展示だからである。例えば、テーマ展示を採用した代表的な例としてロンドンのテートモダンが挙げられる。現在、近現代のコレクションが「Poetry and Dream」、「Material Gesture」と「States of Flux」という3つのテーマに基づいて展示されている。この展示形式の成功は、テーマ展示という形式の当時の斬新さに加え、展示室における動線の柔軟性に負っていた。なぜなら、何度も個々の作品の間を往来すること(時に迷うこと)で、来館者は徐々にそのテーマを内面化していくからである。今回のルーヴル展の展示は、確かに横展示を採用したことで、17世紀という時代が立体的に浮かび上がっていたと思う。ただし、その立体性は、その都度テーマの間を身体的に回遊することのできる空間構成によって完成されるはずである。ここには、横展示を採用しながらも、固定された順路で常に人を動かさねば展覧会が機能不全に陥るという、大規模展ならではのジレンマが存在している。


展示風景

★1──「ルーヴル美術館展──17世紀ヨーロッパ絵画」公式ウェブサイトより。http://www.ntv.co.jp/louvre

▲ページの先頭へ

光岡寿郎

1978年生。メディア研究、ミュージアム研究。早稲田大学演劇博物館GCOE研究助手。論文=「ミュージアム・スタディーズにおけるメディア論の可...

2009年05月15日号の
フォーカス

  • RSS配信
  • RSS配信

2017年03月15日号