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影、あるいはシルエットへの固執──不可知の世界の手触りを確認する(「石元泰博 写真展」レビュー)

飯沢耕太郎(写真評論)2010年10月15日号

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 1950年代初め、シカゴの「ニュー・バウハウス」で写真を学び、『ある日ある所』『シカゴ、シカゴ』などの代表作により、世界的な写真家として知られる石元泰博の写真展が10月9日より水戸芸術館で始まった。戦後日本の写真界にも大きな影響を与え続けている石元泰博のこれまでの作品から300点を精選した展覧会のレビューを、当webで写真展レビューを連載していただいている飯沢耕太郎氏にお願いした。

 1921年生まれの石元泰博の仕事は、その広がりと質の高さにおいて戦後の日本の写真表現の中では傑出したものといえる。ただし1990年代以前には、アメリカ・サンフランシスコに生まれ、シカゴのインスティテュート・オブ・デザインで本格的な写真教育を受けたというやや特異な経歴もあって、どちらかといえば孤高の営みとして、やや距離を置いて見られることが多かったのではないかと思う。
 90年代以後も、一般的に見れば石元の知名度が大きくアップしたというわけではない。だが、本格的な回顧展や作品集の出版が相次ぐことで、単純にアメリカ・ヨーロッパのモダン・フォトグラフィのスタイルを吸収、展開したというだけではなく、むしろ東洋的と言っていいような自然観、時間意識と融合することで独自の世界を構築した写真家としての評価が、はっきりと定まってきた。
 それがよく示されているのが、今年5月に刊行された森山明子の『石元泰博──写真という思考』(武蔵野美術大学出版局)である。この初の本格的な評伝では、東洋と西洋、智と情、伝統とモダン、ミクロコスモスとマクロコスモスといった引き裂かれた価値観を、「不二:ふたつにあらず」という理念で統合し、再構築していこうとする石元の思考と実践の軌跡が見事に跡づけられていた。
 今回の水戸芸術館現代美術ギャラリーでの「石元泰博写真展」も、基本的にはこのような石元の再評価の流れに位置づけられるものだろう。ただし、先に述べたように、既に彼の回顧展は90年代以降に何度も開催されている。「石元泰博展:現在の記憶」(東京国立近代美術館フィルムセンター、1996)、「石元泰博展:シカゴ、東京」(東京都写真美術館、1998)、「石元泰博写真展 1946−2001」(高知県立美術館、2001)などである。正直、いま展覧会を企画して、何か新しい視点を打ち出していくのはむずかしいのではないかという思いがあった。
 ところが実際に300点余の展示作品を見て、驚きとともに、目が洗われるような新鮮なショックを味わった。確かに、そこに並んでいる写真の多くは、これまで何度も目にしたことがあるものだ。ところが、あらためてそれらを見直すと、彼の作品世界が思いがけない折り目やふくらみを備え、さまざまな方向に枝分かれして広がっていくように感じた。展示されている写真は六つ切り判(203×254ミリ)〜四つ切り判(254×306ミリ)が大部分で、それほど大きなサイズではない。だが、そのディテールに目を凝らしていると、途方もない広がりと密度があらわれてくるのだ。
 まず、展示の最初のパートが「多重露光」から始まっているのに驚かされた。このシリーズは、石元の作品の中でも異色作といっていいもので、シルエットになっている被写体にカメラを向け、カラー・ポジフィルムで何度かシャッターを切って作られる。実際に現像してみないと、どんなふうに被写体の形が重なりあっているのか、色がどんなふうに出てくるのかはわからない。このような偶然性を積極的に取り込んでいく作業は、石元の長いキャリアの中でもかなり珍しい。

1──石元泰博「多重露光」
高知県立美術館所蔵

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飯沢耕太郎

1954年生まれ。写真評論家。きのこ文学研究家。筑波大学大学院芸術学研究科修了。主な著書=『写真美術館へようこそ』『ジャパニーズ・フォトグラ...

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2017年03月15日号