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描かれた染織品や衣装から画業をひも解く──
藤田嗣治と彼が愛した布たち

岩永悦子(福岡市美術館)

2020年12月01日号

エコール・ド・パリを代表する画家として知られ、近年ますます再評価の高まる藤田嗣治(1886-1968)。絵のモチーフとして描かれている染織品や衣装から画業を検証する初の試み「藤田嗣治と彼が愛した布たち」が福岡市美術館で開催されている。同展は、藤田がパリで名声を勝ち得た1920年代から中南米旅行を経て日本に帰国していた時代の作品を中心に、愛蔵した染織品とともに展示。さらに、藤田自らが製作した衣服や小物などの針仕事を併せて紹介する。また同展は、終戦以来はじめて福岡で藤田の戦争画を展示することでも話題になっている。担当した岩永悦子館長に、展覧会を企画した経緯や見どころを伺った。(artscape編集部)

藤田が描いた筒描の布との出会い



──染織品を通じて藤田の画業を検証する初の試みとのことですが、この企画に至った経緯を教えてください。

まずは福岡市美術館に藤田嗣治の作品《仰臥裸婦》(1931)があり、さらに私自身がアジアや日本の染織を研究していることが、「藤田」と「布」の企画のはじまりです。福岡市美術館で日本の筒描の企画展(「藍染の美—筒描」、2011)を開催した際に、筒描コレクターの方から、「藤田嗣治は筒描を描いているよね」と教えていただきました。美術史学者の林洋子先生がいち早く紹介されていますが、確かに筒描の布団の表地を壁掛けとして用いて描いている。しかも何度も。どうも、フランスにまで持っていったらしいということもわかり、俄然興味がわきました。

筒描の展覧会をパリのギメ美術館で開催することになったとき(Tsutsugaki, textiles indigo du japon, 2013)、2012年にダメ元で藤田の終の棲家であったメゾン=アトリエ・フジタを訪問しました。すると、その筒描の布が出てきたのです。実物を見て、あらためて、藤田が非常に正確にこの布を写しとって描いていることに感銘をうけて、「藤田嗣治と筒描」という論文を書きました。そのときには、展覧会をしようとはまだ考えていなかったけれど、藤田が筒描を描いた日本滞在期の1930~40年代の作品に魅了されて、深く知りたいと思うようになりました。


《五人の裸婦》1923 東京国立近代美術館 展示風景


──布や衣装が描かれた藤田の絵は、パリでどのように受け取られていたのでしょうか。

1924年頃に刊行された藤田の最初の画集のなかで、《調教された犬、あるいは、カーニバルの犬》(1922、個人蔵)について、作詞家・著述家のミシェル・ヴォケール(1904-1980)は「〔犬たちが座る〕ソファーが古いジュイ布で飾られており、たいへん繊細に描かれているために、そのデッサンの完璧さにだまされたかのように、より近くで見ようとたくさんの人びとが絵の前にたかっていた」と、述べています(林洋子『藤田嗣治 作品をひらく 旅・手仕事・日本』2008、p.133)。

ただジュイ布を描いたというだけでなく、そっくりに描いた、というところがミソで、あまりに正確に描けているため、人だかりができたわけです。《調教された犬、あるいは、カーニバルの犬》が好評を博したことで、藤田は自信をもって、次なる《ジュイ布のある裸婦》に挑戦したと思われます。1920年代は、裸婦を描いていても、ジュイ布であったり、型染の布であったり、染織品をモチーフに取り入れています。そして、それらを、鑑賞者が「そうそう、布ってこうだよね」と納得がいくようなリアルさで描いています。藤田が布を描きたかったこともあるでしょうが、次はどんな布を(そっくりに)描くのだろうか、という周囲の期待もあったのではないでしょうか。


*《タピスリーの裸婦》(1923)の画像は2020年12月から1年間掲載しておりましたが、掲載期間終了のため削除しました。

描かれた布と実物の布を並べて比較する


《自画像》1936 公財 平野政吉美術財団 展示風景


──日本滞在期の作品を藤田が愛蔵した染織品とともに展示することで、どのようなことが見えてきますか。

藤田に限らず、人物画を描く画家ならば、生涯を通して作品のどこかに布を描き続けています。多くの場合、描かれた布は残されていないわけですが、藤田の場合、それが残っていた。現物と作品を照らし合わせることで、藤田が画面上でそれをどの程度正確に描いたか、どこを改変したか、などの創作の秘密に迫ることができると考えました。調査の段階で、画像で比較はしてわかっているつもりでも、展示しないとわからなかったことがありました。例えば、筒描の布と《自画像》(1936、公財 平野政吉美術財団)。並べて展示したとき、一目見て「実物大」だ、と感じました。測ってみると、誤差は1センチメートル程度。布のほうが実物大だとしたら、人物のほうは実物より小さく描かれていることになり、自画像といいながら、主人公はこの布だといっても過言ではない、とわかります。

日本滞在期の布や衣装がフランスに残されていたのは偶然ではありません。藤田が選びに選んでフランスに持ち込んだものです。しかもコレクション、というより自分で着るつもりでもあったと思います。印半纏や浴衣など市井の人々の暮らしを彩ったものを、藤田は本当に愛し、評価していたことがわかります。


*《自画像》(1936)の画像は2020年12月から1年間掲載しておりましたが、掲載期間終了のため削除しました。

針仕事から藤田の望郷の思いを読み解く


《片身替袢纏》不詳 メゾン=アトリエ・フジタ、エソンヌ県議会 展示風景


──自ら衣服や小物を製作していたそうですが、藤田の針仕事について教えてください。

藤田はパリに留学したことで、何不自由ない生活から、生活のすべてを自力で行なわなければならなくなりました。お金の節約のため、という側面がなかったとはいいませんが、それ以上に藤田は自分の服を自分で作ることは、芸術的な営みであると考えていました。藤田が自ら裁縫道具を買い揃えてはじめて服を作ったのは、留学した年である1913年の秋。「美術的な奴」ができてうれしいと手紙に記しています。機織りも学んで、布地から作るということもしました。1916年にはイギリスに渡り、百貨店のセルフリッジで「裁縫師」の仕事をします。おそらく、その頃には、ミシンも使えるようなっていたのではないかと思います。《自画像》(1936、公財 平野政吉美術財団)に裁縫道具が描かれているように、和裁もできました。

メゾン=アトリエ・フジタに残されている藤田の針仕事の数々は、フランスで制作されたものだと思われます。赤白、青白の縞模様の布地を用いた道具入れは、とてもフランス的なセンスで作られています。一方、日本の反物からシャツを作ったり、和風の袢纏の裏地に西洋の布を用いたりもしています。和洋を融合させた藤田の針仕事は、フランスにあっても日本を忘れさることがなかった藤田の内面を語っているように思います。



《菊唐草文様袢纏》不詳 メゾン=アトリエ・フジタ

戦争画と、そこに描かれたテーブルを展示


──終戦以来はじめて福岡で藤田嗣治の戦争画を展示することについて教えてください。

戦争画の展示が、戦時中に福岡でも行なわれたということは、今では知らない人のほうが多いかもしれません。そのことを、忘れさせないでいてくれたのが、福岡で制作を続けた美術家・菊畑茂久馬(1935-2020)さんです。戦争画を展示する際は、お話を伺いたいと思っていましたが、その夢かなわず、展覧会を見ていただけなかったのは残念です。とはいえ、今回展示した《神兵の救出到る》(1944、東京国立近代美術館〈無期限貸与作品〉)に興味があられたかどうかは、わかりませんが。

布からみた藤田というテーマに、もっとも合致したのが、戦争画のなかでも《神兵の救出到る》でした。舞台が蘭領東インド(現インドネシア)であったことも、アジアの染織を研究してきた身にとっては、興味を惹かれるところでした。また、藤田とともに戦争画を描いていた福岡県宗像市出身の画家・中村研一(1895-1967)は、藤田が本作に描いたテーブルの所蔵者でした。中村研一・琢二 生家美術館の中村嘉彦館長のご厚意で、そのテーブルを会期の途中から特別展示することもできました。今、戦争画一点一点が、研究されるべき時が来ており、その意味で、《神兵の救出到る》は、アジアの玄関口であり、中村研一や菊畑茂久馬の故郷でもある、福岡の地で読み解かれるべき作品だったかもしれません。


《神兵の救出到る》1944 東京国立近代美術館(無期限貸与作品) 展示風景


藤田嗣治と彼が愛した布たち

会期:2020年10月17日(土)~2020年12月13日(日)
会場:福岡市美術館(福岡県福岡市中央区大濠公園1-6)
開館時間:9:30~17:30(7~10月の金・土は20時まで開館、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(11/23は開館)、11/24
観覧料:一般=1,300(1,200)円、高大生=800(700)円
 *( )内は20人以上の団体、満65歳以上の割引料金/身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳の提示者とその介護者1名、および特定疾患医療受給者証、特定医療費(指定難病)受給者証、先天性血液凝固因子障害等医療受給者証、小児慢性特定疾病医療受給者証の提示者、および中学生以下は観覧無料
ウェブサイト:https://www.fukuoka-art-museum.jp/exhibition/fujita/

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