キュレーターズノート
北海道の美術家レポート①川上りえ
岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)
2013年08月01日号
対象美術館
北海道にしっかと根を下ろして活動するアーティストは数多い。そのなかでキラッと光彩放つ実力者もまたあまたいるから、この地は興味深い。本連載では、年齢性別ジャンル等一切問わず、独断で、しかし、おおいに賛同を得られるであろう優れた作家とその作品を取り挙げ、紹介していきたい。
初回に挙げるのは、彫刻家・川上りえ。1961年、千葉県柏市に生まれ育ち、多摩美術大学美術学部立体デザイン科を経て、東京藝術大学大学院でおもに鍛金を学び、その修了と同時に北海道に移り住むという経歴を持つ。以来、北海道で23年間、鉄を材に頑強な構造体の作品をつくり続けている。制作の拠点は、鉄材の切断や熔接が可能なまるで工場のように大規模なアトリエを構える石狩市であるが、展覧会など発表の中心は隣接する札幌市である。これは、川上のひとつの特長でもあるのだが、その作品発表の頻度がとにかく高い。彼女の健康が損なわれてしまわないかと心配してしまうほどたくさんの個展を開き、またグループ展にも多く参加、参画している。ただ、その仕事のひとつは当の筆者が絡んでいたりするから、そんな気遣いは口だけでは?と怪しまれそうではあるが。
さて、その仕事というのは、本年4月30日から7月7日まで札幌芸術の森美術館で開催していた「中庭インスタレーション」である。これは当館のシリーズ企画で、中庭に8年間どっかと座していたイサム・ノグチの石彫作品《サンダーロック》が2006年にアメリカへ里帰りしたあと、もの寂しくなったその空間を埋めるべく2008年よりスタートした。都度、地域作家に制作を委嘱してきており、今回の川上りえで8回目を数える。遅ればせながらシリーズ初の女性であった。エントランス・ロビーから展示室へと通じるガラス張りの細長い通路によって区切られたこの中庭空間は、300平米となかなかに広い。しかし、川上はこのたびの制作を行儀良く中庭内だけで収めることをせず、通路をひとつの軸線に据え、その両サイド、すなわち前庭側にも手広く展開する意欲的な作品を発表した。軸に沿って概ね線対称に構造体が配置され、地より蠢き出でるかのごとく天へ突き出す。一つひとつの構造体は長短あるいくつもの直線材で構成され、そのすべては交差することなく結点し、複雑な多面体を描いている。それはあたかも巨大な岩石のようだ。けれども、東洋的美学に裏打ちされて霊験あらたかに鎮座するというものではなく、人智を超える強大な地球活動によって地表に突き出た岩石のようにも見えるそれは、まさに地の奥底より噴出したエネルギーが一瞬にして凝固し、可視化されたようでもある。川上の創造の原点は、そういったどうにも抗いえない地源のパワーの一端を表現することにある。
同じく線材を用いた近年の作例としては、2010年に個展で発表された作品がある。大ぶりな構造体とその配置によって細長いギャラリー空間を大胆に分断し、線材特有の軽量感は保持されつつも、連続する円環状の形態が震わす波動によって重厚、かつスペーシーに展開された。鉄線を立方体に枠取り、これらを連鎖し、全体として綺麗に円を描くその構造は、じつはわれわれの体内の奥底に在るミクロな配列を思わせたり、逆にはるか彼方の宇宙物を連想させたりする。こうした作品から感じ取られる始原的、あるいは近未来的な指向は、作家自身もたびたび言及するように実際に制作の契機、および過程においても強く意識されているところである。川上作品には、曲線のみで構成された作品もある。例えば、やはり2010年に発表した作品がある。水面に渡る波紋のように見えるが、そのデザインは整理されたものではなく、鉄によって空間に殴り描かれたクロッキーのようであり、故に感覚的で、ひときわ身体性が看取される。川上の心を震わせた現象が、川上を通してあらためて表現され、観る者の心をまた揺り動かす。
ここまで線材作品のみを見てきたが、じつは川上作品は線ばかりではない。面材を用いたヴォリュームある作品も彫刻家として歩み始めたときから行なっている。彼女が指向する宇宙的次元から物事を見据えて造形化するという点がより如実に表わされていると言ってもいいかもしれない。最近の作例を示すと、2012年発表の床上に配置された円形の作品がこれに該当する。丹念に鉄面を叩き、適所、錆びの深度を変え、大地をつくる。いや、惑星をつくっていると言うほうが適当か。その地上に降り立ち、散策することを夢想させてくれるから、この種の作品はまた別の楽しみを与えてくれる。こうしたコズミックな造形を見るに付け、川上が生来のクールさを崩すことなく、しかし、目を輝かせて地球や宇宙について語るときの表情をふと思い起こす。そう、川上は一見クールな女流作家である。語り口も佇まいもその歩みもじつにクールで、同世代の作家たちを従える姉御肌タイプである。当館におけるインスタレーション作品の設置作業も多くの男性作家たちが力仕事を買って出てくれた。一方、携わる教育現場では学生たちからの信望を一身に集める。作家の卵たちの憧れの的である。誤解を避けるため、念のため言及しておくが、無理を強いてはべらせているわけではなく、自ずと人が寄り集まってくるのである。そこには、彼女の自然体から滲み出てくるキュートさが少なからず要因としてあると筆者は勝手に思っている。おそらく作家自身は気付いていなかろうが、彼女を形成するひとつとしてあるキュートさは、自身の造形にも等しく発露している。とりわけ、2000年代半ばころまでに屋外に設置された作品に顕著である。《Ancient Sun》(1994)、《Feel the Wind》(2006)に見られる造形は、どこかコミカルに感じられるが、それはやはり、キュートなのである。地球や宇宙、それらに纏わる物語を愛して止まない川上が正面切って生み出した表現であり、その純粋性、すなわちキュートさから生まれ出でた造形と言えよう。クールななかにキュートを見つける楽しみを今後の作品からも期待したい。
ところで、札幌芸術の森美術館における企画「中庭インスタレーション」は、先述の通り、7月7日をもって終了したが、当月15日から会場と構成を変え、再設置された(川上りえ「Landscape Will - 2013」)。移設場所は、札幌芸術の森美術館の前池、その池の中である。構成は大幅に組み替えられたが、作品の趣旨に変わりはない。会期は来春まで。冬、降り積もる雪をどう取り込むか。この夏のさなか、半年後が待ち遠しい。