キュレーターズノート
北海道の美術家レポート⑤Sprouting Garden(スプラウティング・ガーデン)[前編]
岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)
2014年08月01日号
対象美術館
「札幌国際芸術祭2014」が始まった。坂本龍一氏がディレクターとして迎えられ、「都市と自然」がテーマに据えられ、日本の近代化と北海道の歩みを照らし合わせつつ、人々のこれからのあり方を問う壮大な企画となっている。
そのなかにあって、美術部門のおもな会場のひとつとなっているのが、私の勤務する札幌芸術の森美術館である。中心部に位置する北海道立近代美術館が「都市」を、郊外型の札幌芸術の森美術館が「自然」を担うという棲み分けがされている。これがじつに見応えあり、ここでこの展覧会の子細を紹介したいところだが、ぐっと堪えてほかに譲るとしよう。なお、自館で開かれている展覧会ではあるが、この企画に当館学芸員は携わっていない。しかし、このお祭り騒ぎをともに味わいたいという思いもあってこれと期をほぼ同じくして「Sprouting Garden(スプラウティング・ガーデン)—萌ゆる森—」という企画展を別に打ち立てた。採り挙げた作家は18人。いずれも北海道にゆかりある作家たちである。
当館展示室および、その建物周辺(中庭、前池など)は国際芸術祭のため使用できないので、これを大きく取り囲む「札幌芸術の森」園内の各所を展示スペースに定めた。「札幌芸術の森」というのは、40ヘクタールという広大な敷地のなかで自然植生の特性を保ちながら、木工房、陶工房などの各種工芸工房、版画工房、音楽ホール、野外ステージ、滞在可能な貸アトリエなどが点在する複合文化施設である。鑑賞施設としては、札幌芸術の森美術館のほかに工芸館、そして74点の彫刻作品を屋外設置する野外美術館(7.5ヘクタール)、またその中には佐藤忠良記念子どもアトリエがある。「Sprouting Garden」は、そうした園内の緑地や池に屋外型彫刻作品やインスタレーション作品を設置し、絵画作品については佐藤忠良記念子どもアトリエ、および園に隣接する関口雄揮記念美術館(共同開催)に展示した。
このような館を取り巻く環境を踏まえ、本展は「Sprouting Garden」と名づけられた。いつもの美術館展示室を飛び出し、長らく架設展示さえなかった野外美術館に場を見出し、園をもはみ出して隣りの私設美術館と初めて手を組んだ。柵で囲まれ、敷地として護られることに慣れた「garden」を、体制的にも、制度的にも押し拡げてみたかった。動詞「sprout」に拡張させるという意はないが、一つひとつの植物の生長が延いては自然界を押し拡げるように、北海道の美術文化ももりもりとしていますよ、ということを北海道内外のみなさんに伝えたくこの語を用いた。
さて、野外美術館から見ていくとしよう。その入場口から本展出品作品が早くも目に飛び込んでくる。この時点で開館して28年となる野外美術館にすでに大きな変化が与えられていることを期待させる。作り手はダム・ダン・ライ(1973- ) 。ベトナム出身の作家で、北海道に移り住んで12年が経つ。設置場所の最大の特徴である段差とそこに流れ落ちる水を活かし、ここに最大6メートルもの高さに及ぶFRP製の造形物を屹立させた。その姿形は、一部、北海道の山地でよく見られる植物エゾニュウにも似ているし、菌糸類にも似る。いずれであっても、天高く傘を広げるそのさまは、この施設の領空をも高く貫くようで、とくに晴れ渡った日には胸がすくようにとても気持ちが良い。その色取りが彼固有で、造形の垂直性に反して極彩色がボーダーに施され、視覚的な安定感が保持されている。
さらに歩を進めると、白コンクリートで造形された全長300メートルにわたるダニ・カラヴァンの作品《隠された庭への道》がいつも通り見えてくるわけだが、その最奥にあるプールにいくつもの白い円盤が浮遊するのを見つける。澁谷俊彦(1960- ) の手になるもので、風に任せてそれらが動くのを眺めていると、はたと気がつくことがある。高さを違えて固定した盤と、浮遊する盤とが重なったそのとき、白く平滑な盤面の背に赤や黄、緑の蛍光色が滲み現われるのだ。この仕組みについては、実見をもって確認していただければと思うが、氏が平面作品を専らとしていた時代から追求してきた色の「あわい」が立体によって巧みに表現されている。カラヴァン作品の景色を借り(もちろんカラヴァン承諾済み)、陽光を取り込みながら空間へと色を発するそのいわば装置は、私たちの周辺がじつに多くの光や色で満ちていることを気付かせてくれている。
いったん野外美術館入口まで引き返し、もうひとつの道へと折れ行くと、小高い丘の斜面には白帆が風力で回転する新宮晋《雲の牧場》、朱色が鮮やかな清水九兵衛《ウィグ》、5分おきに形を変える田中薫《1・1・√2》など見慣れた常設作品たちが適度な間隔をもって現われる。そのなかに鉄線で造形された13体の犬の姿を認めることができる。かつて、この連載でも紹介したことのある川上りえ(1961- ) の作品だ。作家がルーマニア滞在時にそこでよく見かけた野良犬から想を得たもので、線だけの造形表現からは幻影的な儚さ、残像的なもの悲しさを感じさせる。その反面、彼らを裏街から開かれた野に移し放ったようで命が吹き込まれたようにも見えるし、また皆が丘の上の一点を目指し歩む様は希望へと前進する活力が加えられているようにも見える。
その犬たちが並ぶ向こうに目を遣ると、平らなはずの地面に長く大きな裂け目が入っていることに気がつく。上ノ大作(1970- ) の仕業だ。陶芸家でもある彼は10メートルの直線を2本交差させるように大地を掘り、その内を陶土で固め、夜を徹してこれを焼きあげた。眼下、地を刻みながらも空間上方へと放散する気の流れを感じさせる秀逸な作品だ。本展出品のなかで現場での作業にもっとも多くの時間が費やされた作品であるが、じつはまだ完成したとは言い難い。もうしばらく日が経って芝が再び生え揃い、鋭い裂線が芝目より覗くとき、この作品が持つ強度はより増すことであろう。
野外美術館に設置された作品として最後に挙げるのが、山田良(1968- ) の斜面上部から中空に突き出た長大な通路である。本展では数少ない体感型の作品で、実際にこの上を渡ることができる。その先端から地面までの高さは4.2メートルもある。すれ違うことはもはや不可能な60センチメートルの幅、14.5メートルに及ぶ床板は、進むにつれ生まれる高揚感と一抹の恐怖感とをない交ぜにさせ、心を複雑に動かしてくれる効果を有する。か細い角材が心もとなさを覚えさせつつも、その構造は堅牢で、建築士と美術家の両面を併せ持つ、氏ならではの造形美がそこには築かれている。
今回は、野外美術館に屋外設置した作家5人に留まったが、これだけでも多様さは窺われ、興味を覚えてもらえたのではないだろうか。この続きは次回、後編で。