キュレーターズノート
北海道の美術家レポート⑥Sprouting Garden(スプラウティング・ガーデン)[後編]
岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)
2014年11月01日号
対象美術館
札幌芸術の森美術館、北海道立近代美術館を主会場とした「札幌国際芸術祭2014」が成功裏に幕を閉じた(7/19〜9/28)。その連携事業「Sprouting Garden(スプラウティング・ガーデン)—萌ゆる森—」展(札幌芸術の森美術館、関口雄揮記念美術館共同企画)も間もなく終幕する(7/5〜11/3)。グローバルな視点から出品作家の選定がなされた芸術祭に対し、北海道の作家に特化したのがこちらの展覧会である。地域美術の一端を積極的に紹介することに重きを置くことで本祭との差別化を図ったわけで、別趣の展覧会をそれぞれに堪能する来館者の様子を見るにつけ、その役割は十分に果たされたのではないかと思う。
さて、拙稿前編においては、ダム・ダン・ライ、澁谷俊彦、川上りえ、上ノ大作、山田良の5作家を紹介した。いずれも野外美術館(7.5ヘクタールの緑地に74点の作品を常設する彫刻庭園)をフィールドとした屋外インスタレーションであったが、今回は関口雄揮記念美術館に設置された屋内型作品について言及する。
なかでもひときわ目を引くのは、艾沢詳子(1949- ) である。この10年余りこれまでの版画制作から空間インスタレーションへと表現の幅を拡げ、精力的に発表してきた。シュレッダーによって細分された古紙、あるいは任意に折りをつけたティッシュペーパーを蝋で覆い固め、それらの集合体で空間の景色を一変させることを表現の軸とする。一つひとつの個体は10センチ強と小さいながらも、これが1万個にも達し、一群となったとき、少し怖さを覚えるほどに空間を支配する肉塊となる。さらに、不可思議な生命体を思わせる曖昧模糊とした形体と皮肌ふるわし脈動するように感じられる動感に観る者の心はざわつきを抑えがたいことだろう。全体として静謐な雰囲気を醸しながらも、どこか平静な心持ちでいることを鑑賞者に許さない性向が一連の作品にはある。
本展では、縒(よ)ったティッシュペーパーのその先端部に土がひとつまみ封じられた 。福島の土、札幌の土である。東日本大震災を受けての制作だ。よく見ると土の込められた部分を頭部とした人型をしている。すなわち、ここに集合しているのは1万の人。直接的に被災のなかった札幌の人もここには混じることが含意されている。個ではなく、皆でひとつの光に向かって蠢く社会。格好にとらわれて体裁を整える必要はない。まず着手すべきは、外見のまとまりではなく、心と心、手と手の結びつきが大きな一となって、より強い力を有すること。人々の、艾沢の復興祈願がここに不定形、可変のものとして現われている。なお、本作展示の趣向として、関口雄揮(1923-2008)の作品との絡みが注目される。四辺の壁には、北海道の風景をこよなく愛した関口による日本画作品が1点ずつ、計4点配されている。予め艾沢によって選定されたもので、描かれた北海道の四季によって艾沢の作品を囲む格好だ。北海道の山林野に材を取りつつも、関口が見据え描くのは此岸と彼岸。戦争で失った尊き命の数々に対する慰霊が込められている。この展示室を占めるのは対象は違えど共通してある鎮魂の思い。
もうひとつ、震災を契機に制作された作品がある。森迫暁夫(1973- )作《世界遊園地》
本展出品作では、さらに生々流転にまで表現内容が及んでいる。人知れず生を終え、やはり人知れず生まれる鳥の命。これに着目したことから、天井から吊り下げられる無数の鳥たちの表現は生まれた。多くを逆さまにすることで死を含意させ、しかし、その引っくり返った姿を植物の芽に見立てているところに新たな命へと継がれゆく未来を含ませている。もちろん、これは一例に過ぎない。稠密に描き込まれた画中にも、自然の摂理や命の営みを思わせるエピソードが連続性を保ちつつちりばめられている。
自然界に目を配る作家としては、柿﨑熙(1946- )
さて、この静謐な空間に立ち、耳をそばだてたなら、継ぐべき命を胚胎する種子の蠢きが個々に聞こえてきそうで、実は意外に騒々しい。壁に一定の距離を保って弧を描きつつ貼り付くそれらは、風に乗ってその命を拡散しようとする植物の強かさが表わされているようにも見える。ミクロな世界で繰り広げられる大きな生命の営みを柿﨑は作品をもって改めて私たちに気づかせてくれる。
ここ、関口雄揮記念美術館を展示スペースとする作家は、ほかに鉄の國松明日香(1947- )、菱野史彦(1972- )、佐藤あゆみ(1986- )がいる。また、拙稿前編においては野外美術館に架設の作品について触れたが、その領内には「佐藤忠良記念子どもアトリエ」という施設が建ち、この展示室では絵画の會田千夏(1980- )、果澄(1987- )がともに若いながらも独自の確固たる世界観を保ちつつ魂のこもった作品を披露している。そのほか、札幌芸術の森園内(屋外)には、阿部典英(1939- )、下沢敏也(1960- )、伊藤幸子、藤沢レオ(1974- )がそれぞれの特徴を存分に発揮した力作を展開した。「札幌国際芸術祭2014」をきっかけとして生まれた本展。慣れた自館の展示室を出て、園内屋外スペースに展示の場を見出し、敷地を囲む柵をも飛び越え、隣接する美術館とも手を組みつくった展覧会。護られることに慣れた「garden」を自らの手で揺るがし、「sprouting」することにもつながる貴重な機会となった。