2017年05月15日号
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キュレーターズノート

大分県立美術館「みんなの土曜アトリエ・体験から鑑賞まで」

坂本顕子(熊本市現代美術館)2015年07月15日号

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 今年の4月にオープンし、早くも今月、来場者20万人を突破したという大分県立美術館(OPAM)にようやく足を伸ばした。もちろん、訪問の大きな目的は、開催中の開館記念展Vol.1 モダン百花繚乱「大分世界美術館」でもあったが、個人的には、教育普及活動を見ておきたいと思ったからだ。

 というのも、OPAMの教育普及グループリーダーに着任したのは、目黒区美術館でワークショップ・エデュケーターを22年務めた、榎本寿紀氏。美術館関係者には言わずもがなだが、目黒区美術館の教育普及の歴史は長く、近年のものはこちらにまとめられているが、筆者も学生時代に同館で学芸員を務める降旗千賀子氏監修の「画材と素材の引き出し博物館」★1などに触れてこの分野を志した、教育普及界の草分け的存在である。
 伺った当日は土曜日で、「みんなの土曜アトリエ・体験から鑑賞まで」の実施日。午後2時からの小中学生向けを見学する前に、2階アトリエ付近をいろいろと見てまわった。職業柄、いろいろな美術館のワークショップスペースに伺う機会があるが、まず気になるのは、館内での立地である。OPAMでは、1階と3階の展示室を結ぶエスカレーター脇という絶好の立地が確保されていた。
 これまでの美術館建築の中で、創作室や図書室といったスペースは、残念ながら、展示室を配置した残りの空間に追いやられがちであった。先述の目黒区美術館などは、例外的に1階の〈開かれつつ閉じた〉絶妙な位置におかれ、中でなにかが起こっていることが来場者に可視化されるのだが、同時に参加者は集中できるつくりになっていた。OPAMもシースルーのガラス張りで大量の来場者の視線を感じやすいという難点はあると聞いたものの、ワークショップスペースが、美術館建築の中で一等地に置かれるようになったのは近年の傾向で、非常に感慨深い。
 また、ワークショップ・スペース前には、大分版「引き出し博物館」とでもいうべき、「オリジナル教材ボックス」が並べられていた。教材ボックスは、大分県内の土、石から採取した顔料による「ストーン・ボックス」、植物の色と形からイマジネーションを刺激する「プラント&メディスン・ボックス」、石灰石、大理石、方解石などの炭酸カルシウムを集めた「CC・ボックス」、そしてコレクション作品の制作工程や素材を対象とした「マテリアル&テクニック・ボックス」だ。贅沢な設えは羨ましい限りだが、美術作品に限らず〈モノ〉を見るときに、チャールズ&レイ・イームズの《パワーズ・オブ・テン》さながらに、ミクロとマクロの世界を自由に行き来する視点が、ここには表われているように思う。


大分県立美術館のワークショップ・スペース


オリジナル教材ボックス「ストーン・ボックス」。大分県下の石などから採取した顔料10,000色を目標に作成。石仏や小鹿田焼などに用いられる土や釉薬なども今後の対象

 そうこうしているうちに、スペース前には子どもたちが集まってきた。小学校低学年から、聾学校の中学生グループ、保護者も交えて、ワークショップがスタートする。リーダーは榎本氏で、この日のお題は「ぱたふわ」。土曜日は、1日3回、午前中の未就学児、午後の小中学生、夕方の大人と基本的には同じメニューが実施されるという。参加者にはまず、半紙が1枚配られ、真っ直ぐなまま、ふわりと飛ばす。くしゃくしゃにして、飛び方の違いをみる。次はつなげたロール紙を皆でふわりと飛ばす、のように徐々に紙の大きさを変えていくと、いつの間にか、小学生も手話で会話する中学生も自然とコミュニケーションが生まれはじめてきた。大きな紙をうちわであおいで、皆で波のように追いかけた後は、もう一度小さな紙へ。今度は小さく引き割いて、皆で粉雪のように飛ばす。これが楽しくないわけがない。
 紙だけで1時間程、十分に遊んだ後、休憩を入れて常設展示室へ。前半のテンションをクールダウンさせて、作品を見に行く。見た作品は、高山辰雄の日本画、竹工芸、彫刻の3点。アメリア・アレナスのように「なにが描かれているか」という問いから導きだされる、発話を起点に組み立てていくような鑑賞ではない。他の作品の場合はわからないが、今回一番ポイントに置かれていたのは、「見る位置」。大人の目線から立った位置で離れてみるとき、子どもの目線で見るとき、さらに猫の目線にあわせてみるとき、作品の見え方はおのずと変わってくる。作者が表現したかったことにそれとなく気づく。後は子どもたちの会話を拾いながら、ひと時、皆で作品の前にたたずむ。その時間いっぱいに集中して、作品をみる。作者の背景や描かれたモチーフについて、あえてまとめたりすることはなく鑑賞は終了した。
 1時間半、子どもたちは飽きるかと思いきや、しっかりとついてきていた。参加した私自身もそうだったが、まるで一幕物の芝居を見ているような集中と、やりきったような達成感があった。ワークショップの構成を考えるとき、子どもたちの年齢によっては、ついついコンパクトに計画しがちになる。しかし、榎本氏のワークショップはしっかり時間を取っている。今年の夏休みも、2日間や3日間のプログラムがある。確かに、本気で美術作品をつくるには途方もない時間がかかるものだし、美術館は、真剣に子どもたちが「美術」できる、数少ない場所のひとつなのかもしれない。


つなげた大きな紙を皆でふわりと飛ばす「ぱたふわ」


「ぱたふわ」体験後の、常設展示室での鑑賞。右が榎本寿紀氏

 休憩時間の合間をぬって、榎本氏と教育普及グループ学芸員の山本麻代氏にお話を伺った。「究極的には、教育普及がなくなればいい」という榎本氏の言には、この仕事の末端にいる自分と思いは同じなのだと深く頷いた。誰もが自分なりの力や方法で、目の前の作品やモノやコトに関与していくことができれば、美術館の教育普及なんて仕事はいらない。だが、残念ながらこの仕事は、まだまだ必要なようである。
 九州のいくつかの美術館を見ても、教育普及が複数人の体制になっているところは稀で、多くは学芸員が展覧会対応もしながら兼務するか、教育委員会経由で教員が着任していることが多い。その中で、ワークショップエデュケーターで美術家という榎本氏のような、素材や身体性に基づく体験と、そこから導きだされる鑑賞とをブリッジしたプログラムを設定できる方は、貴重だと言える。大分の教育普及グループは、榎本、山本氏をはじめ4人体制と聞いたが、開館前からのまちなか支局の活動、県下の遠隔地の学校等へのアウトリーチのほか、開館記念展中にこれだけのワークショップを実施しているが、いずれにしても、凄まじい活動量だ。
 これに重ねて、県知事の肝いりで県下の小学生6万人を開館記念展へと招聘する事業が行なわれているという。1日換算で約1,500人が来館し、平日に訪れると多くの子どもたちでごった返しているそうだ。一見、羨ましく感じる同事業だが、はたして良好な鑑賞環境がつくられているかどうかは、疑問の余地があった。
 筆者も十数年前、美術館の立ち上げを経験したが、毎週末にイベントやワークショップが入り、ほとんど休みがなく、がむしゃらに突き進んでいた学芸員1年生時代を懐かしく思い出した。いまならもう少し、上手にやれるような気もするが、OPAMに行ってみて、ほどよく手を抜いていたり、目標が次第に低くなっていたり、言い訳ばかりが達者になっている自分を振り返って、また頑張らなくてはという気になった。
 帰りの電車の時間も迫るころ、ふと思い立って、夕方の大人向けの土曜アトリエをもう一度のぞいて見た。そこには、しゃがみこんで、館内のフリースペースにある、畳のイスの〈目〉を虫眼鏡で真剣に見る大人たちの姿。この美術館は最高だなと思った。

★1──画材、木、紙、金属の4種類に分かれた台車型ボックスの引き出しに、技法や用途、性質の違う素材が集められて分類され、ビジュアルに配置されたもの。

大分県立美術館

大分県大分市寿町2-1/Tel. 097-533-4500

学芸員レポート

 OPAMでは、上記以外にも、作品や資料が並置された図書コーナーや、教育普及担当者も語る開館記念展の音声ガイドなど注目すべき点が多かった。この夏は、混浴温泉世界おおいたトイレンナーレ、大分駅開業と連動した大分市美術館の水戸岡鋭治展が相次いて行なわれるなど、温泉県の名をしのぐ勢いで、アート県へと変貌をとげている。
 大分の小学生6万人招聘事業にはるか遠く及ばないのだが、熊本市現代美術館でもほんのささやかながら、親子で美術館を楽しむための「1年生ようこそカード」の配布を始めた。熊本市の新1年生の保護者1名を無料で展覧会に招待する仕組みだ(2016年3月まで、1回限り)。美術館で小学生などの団体案内をする際、これまでの来館の有無を聞くが、ピエール・ブルデューの『美術愛好』を紐解くまでもなく、保護者の文化資本の度合いに左右されると同時に、美術館から距離が離れた郊外の学校ほど、来館の経験が少ないのが実感である。前者を少しでも解消するために1年生カード、後者に対しては、来館のためのバス代を補助するアートバスや、アウトリーチを行なうアートプログラムで対応しているが、できれば小学生のあいだに1度は美術館に足を運んでほしい。それが当館スタッフの願いのひとつでもある。


熊本市現代美術館「1年生ようこそカード」表紙

 この夏は、「ポップアート 1960's-2000's From Misumi Collection」が7月25日からスタートする。九州の人気イラストレーター、キタカゼパンチによるオリジナル・キャラクターが展覧会を案内する趣向で、親子で楽しめるほか、「チームラボ お絵かき水族館」が7月18日〜8月2日まで、川嶋久美、宮本華子、冨永ボンド、小林駄々ら、九州の若手アーティスト4組を紹介する「アーティスト・インデックス SCENE3」も開催される。最後に、JR九州の回し者ではないが、大分から熊本にお越しの際は、珍しいスイッチバックが体験できる、九州横断特急がお薦めである。


左=「ポップアート 1960's-2000's From Misumi Collection」/右=チームラボ「お絵かき水族館」


「アーティスト・インデックス SCENE3」参加アーティスト・冨永ボンド(佐賀)。ボンド絵画の公開制作なども予定

ポップアート 1960's-2000's From Misumi Collection

会期:2015年7月25日(土)〜9月27日(日)

チームラボ お絵かき水族館

会期:2015年7月18日(土)〜8月2日(日)

アーティスト・インデックス SCENE3

会期:2015年8月8日(土)〜10月12日(月・祝)

ともに会場:熊本市現代美術館
熊本市中央区上通町2-3びぷれす熊日会館3階/Tel. 096-278-7500

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坂本顕子

1976年熊本市生まれ。熊本市現代美術館主任学芸員。同館設立準備室を経て現職。 教育普及をベースに、現代美術系の企画展を多数行なう。美術や美...

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