キュレーターズノート

使って知る水戸芸術館の建築

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2016年02月01日号

 金沢21世紀美術館で開催した「3.11以後の建築」展(ゲスト・キュレーター:五十嵐太郎、山崎亮)が昨年11月より水戸芸術館に巡回した。水戸芸術館は、これまで何度も展覧会を見に訪れてきた美術館だが、私も担当者として初めて展示する側として使ったことで、多くの発見があった。金沢21世紀美術館は、設計にあたり、水戸芸術館から大きな影響を受けている。そのことをあらためて確認することができた。

 水戸芸術館は、日本の美術館でよく採用されてきた可動壁を使っていない。可動壁とは、天井のレールからつり下げた壁を移動させることによって、空間の仕切り方を変えることのできるシステムである。安いコストで空間を変えられる反面、がっしりとした天井のレールの構造が目立ち、壁も薄くなってしまう。それに対して、水戸芸術館は、あらかじめ多様なサイズの展示室を用意することによってさまざまな展示に対応できるようにしている。水戸芸術館が開館した1990年よりも少し前から、インスタレーションのように空間全体を作品化する形式が現われてきて、さらに1990年代頃より、暗室を必要とし音もともなう映像インスタレーションなども増えてきた。その結果、天井も含めた展示空間のシンプルさや、隣接する展示室の影響を受けにくい、部屋ごとの独立性が展示室には求められるようになった。金沢21世紀美術館もこの考え方に従い、当初から可動壁を使わない展示室を構想した(ただし、市民ギャラリーは可動壁を採用)。さらに今回は、展示室の平面のプロポーションの面でも水戸芸術館から金沢21世紀美術館へ直接的な影響関係があることにいまさらながらに気がついた。
 水戸芸術館は、入口から奥へと三つ、天井の高い大きな展示室が並んでおり(第1、第3、第5展示室)、その間を二つの天井の低い小さな展示室が繋いでいる(第2、第4展示室)。この五つの展示室は、ほぼ正方形と、正方形を二つ繋げた長方形である[図1]。金沢21世紀美術館の設計当時のチーフ・キュレーター長谷川祐子とエデュケーター黒沢伸による「正方形を二つ繋げた長方形は二つに区切っても使いやすい」という考えに基づき、金沢21世紀美術館の展示室のプロポーションは決定されていったが、二人は1990年代、水戸芸術館に勤務していた。水戸芸術館の展示室を使った経験がこのアイディアに繋がってきたのだろうということを実感した。


1──水戸芸術館展示室の平面と立断図。第1&第5展示室断面図(左上)、第2&第4展示室断面図(左中)、第3展示室断面図(左下)、第1〜第5展示室長手方向断面図(右上)、全展示室平面図(右下)
提供=水戸芸術館現代美術センター

 一方で、違いを感じる点もあった。まずひとつは、展示室の壁面の高さの違いである。水戸芸術館の天井の高い展示室は、3.6もしくは5.4メートルまで壁が立ち上がったあと、三角屋根を内側から見上げたように、斜めの天井となっている。水戸芸術館が設計された1980年代は、インスタレーションという形式が出てきていたとはいえ、まだそれほど多くはなかったのだろう。それに比べて、金沢21世紀美術館は天井までまっすぐに壁が立ち上がる直方体である。このほうが形態はシンプルで、インスタレーションや映像のプロジェクションには対応はしやすい。ところが、「3.11以後の建築」展のような建築展には、かえって水戸芸術館の壁面は使いやすかった。「3.11以後の建築」展は、建築展にしてはインスタレーション的な展示が多かったが、実際の建築を展示物として移動してくることができない以上、テキストや写真、図面、模型が展示物の中心となる。そのとき水戸芸術館のようなヒューマン・スケールの壁面の高さは納まりがよい。建築展に限らず、美術の展示においても、作品が大型化した1990年代と比べ、金沢21世紀美術館が開館して以降の約10年間のあいだに、アーカイヴ的、ドキュメント的な展示が増えてきたように感じる。それによって、再びヒューマン・スケールの壁面の高さが見直されるべきであるように感じた。
 次に照明についてであるが、水戸芸術館も金沢21世紀美術館も、主となる展示室は、トップライトによって自然光を採光している[図2]。金沢21世紀美術館は、オーストリアのブレゲンツ美術館を参照して、半透明のガラス面を天井全面にわたす光天井とし、光天井の上に蛍光灯を設置している。それに対し、水戸芸術館はトップライトの周囲に下向きに暖色系のハロゲンランプが設置されている[図3](トップライトを閉じた際には蛍光灯による間接照明がある。また、水戸芸術館学芸員で、「3.11以後の建築」展を担当した井関悠によると、今後、ハロゲンランプを若干寒色系のLEDに更新してゆく計画もあるとのことである)。今回、展示作業のために終日水戸芸術館の展示室内にいたことによって、水戸芸術館の展示室のほうが、はるかに昼夜の照明の差が大きいことに気づかされた。人工照明と自然光の差が少ない点において、後発の美術館として、金沢21世紀美術館のほうがより成熟した、洗練された照明システムを採用しているとも言える。しかし、近代的な美術館、とりわけ紙など脆弱な支持体を使った作品を展示する機会が多い日本の近代的な美術館が、均質でコントロールしやすい照明システムを目指して自然光をシャットアウトしてきたことに対し、より開放的であることを重視する脱近代主義的な現代美術館が、外部環境との繋がりを重視して自然光による採光を選んでいるのだとすれば、水戸芸術館のほうがプリミティブではあれ、ラディカルにその方向性を示しているとも言えるだろう。


2──設営中の「3.11以後の建築」展会場風景(第5展示室)、昼、2015年11月6日
筆者撮影


3──同、夜、2015年11月6日
筆者撮影

 もうひとつは、展示室の平面の寸法のことである。水戸芸術館の詳細な平面図を見ながら展示計画を考えていたときに、水戸芸術館の展示室は、内寸を切りのよい寸法にして設計されていることに気がついた。例えば、入口から最初の5室(第1展示室〜第5展示室)は横幅が9,000ミリで統一されている。一方で、金沢21世紀美術館は、建物の柱を3メートルグリッドの交点に置いて設計している。壁の位置はそれよりも壁の厚さ分だけ内側となるため、展示室の内寸は中途半端な数値となってしまう。この違いは、日本家屋の京間と江戸間の違いにも喩えられる。京間は畳の寸法を基準として柱をその外側に置く「畳割り」という方法をとるが、江戸間は柱の中心と中心の間の寸法を基準とする「柱割り」という方法をとる。ギャラリーを使う学芸員にとって、この違いは大きい。京間方式の水戸芸術館のほうが断然展示室のサイズを覚えやすい。学芸員は、つねに展示替えをし、つねに次の展示のことを考えている。作品を見るときも、この作品をあの展示室に置いたらどのように見えるか、空間に対して小さすぎないか、といったことを想像しながら見ている。図面と実際の空間とを往復しながら展示を考える際、自分の中で基準となる寸法を持つことが大切である。しかし、寸法の感覚を身につけるのは容易ではない。ホームグラウンドである自分の館の展示室の寸法が覚えやすい数字だと、その点たいへん有利である。井関にこのことを伝えた際、展示室の多くの寸法が300ミリ単位になっていることを指摘され、再度驚いた。例えば、3.6メートルの壁の高さの部屋に仮設壁を立てて空間を仕切る場合、この高さは1,800×900ミリの板2枚分である。設営時の資材を経済的に取ることができる。厳密な意味での尺貫法ではないものの、西洋起源のメートル法と中国起源の尺貫法を、合理的に建物の中に共存させていることを感じた。さらに、京間方式の影響かどうか定かではないが、井関より、壁裏の空間が多く取られていることも教えてもらった。金沢21世紀美術館でも、壁裏に機材を仕込むための空間を一部取っているが、これも水戸芸術館からの影響かもしれない。
 現在、水戸芸術館と金沢21世紀美術館で1980年代展の準備を進めている。展覧会の内容はもちろんだが、同時に、日本の美術館建築の歴史についても考え続けてゆきたい。

3.11以後の建築

会期:2015年11月7日(土)〜2016年1月31日(日)
会場:水戸芸術館
茨城県水戸市五軒町1-6-8/Tel. 029-227-8111

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