2017年05月15日号
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キュレーターズノート

北海道の美術家レポート⑧森迫暁夫

岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)2016年02月01日号

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 「北海道の美術家レポート」の8回目として、森迫暁夫を取りあげる。

 森迫は、1973年、長野県更埴市(現千曲市)に生まれ、ただちに東京に移り、そこで幼少青年期を過ごした。大学入学を機に北海道に暮らしはじめ、以来、ここでの生活はすでにおよそ四半世紀を数える。初めは油彩画を手がけていたが、その後、シルクスクリーンを中心とした版画技法による平明なイラストレーションを専らとし、現在の連続性を備えた稠密な描き込みと愛嬌あふれる作風を確立させた[図1]
 例えば、電気をたんまり溜め込んだ動物たちを描いた作品《De Renki Tolo Ma Nickle(デレンキトロマニックル)》(2003)[図2]では、ヤマアラシやライオン、サル、クマ、ウサギなどさまざまな動物たちが画面いっぱいに埋め尽くされ、バチバチと電気の直線でつながり中空に浮かぶ。皆が毛を逆立てつながり感電していく姿がなんとも滑稽で可愛らしい。また氏は植物もよく描く。とりわけ樹木が多く、そこでもやはりその画面は賑やかだ。《ミドリノリク》(2008)[図3]では、目鼻の付いた木々がこんもりと葉を繁らせ、その繁茂する葉を次には草地と見なし、そこから木が生え、さらにまた生えるというのが繰り返されるというユーモアとバイタリティあふれる画である。そんな連続性と伸張ある痛快な画面構成が森迫の真骨頂。それを表わすにあたり、シルクスクリーン版画は有効な表現技法であった。初めは矩形の主版の天と地がつながることを意識しての作画であったが、次第に左右両端までもがつながることを意識に置き始め、主版の形も不定形となり、《ミドリノリク》のように一見しただけではどこまでの範囲が版の一単位なのかを見定めがたいほど複雑化している。そのリピート刷りによる無限ループがまた森迫作品の味わいをますます高めている。技法と目指すところの表現がじつに有機的に相まっているのだ。


1──《森のサイクル》(部分)2006年 シルクスクリーン、綿布


2──《De Renki Tolo Ma Nickle(デレンキトロマニックル)》(部分) 2003年 シルクスクリーン、布


3──《ミドリノリク》(部分)2008年 シルクスクリーン、綿布

 ところで、既出の作品は、電気や木々の幹、枝葉によって終わりのないループが示されたが、ここ10年はその軸に水を据えることが多くなった[図4]。画において、その水は雨から川となり、溜まっては動物たちの飲み水となり、そのほとりでは木々がぐんぐんと生長し、枝を広げ、葉が茂り、花咲き、虫が集い、実がなって、それを鳥がついばむ。傘差す男の子のその傘下だけに雨が降って、これがまた水流を生み、川となる。さまざまに態を変えつつ展開される水の動線が直線、孤線巧みに織り交ぜられていて目に愉しい。小さな小さな物語がひょんなことから結びつき展開していくさまは、もう爽快でさえある。
 また、氏の縦横無尽に伸びゆく筆は、平面だけにとどまらない。レースのカーテンやクッションの生地などのファブリック、やかんなどの既製の日用品や木っ端など立体にまで及び、描けると知るやたちまち手をつける素早さと自由さを備え持つ[図5]。2010年には屋外インスタレーションにも着手している[図6,7]。自身初めての大掛かりなものであったが、肩肘張ることなく、平面で見せてくれていた森迫ワールドが立体においても自然体のまま披瀝、展開されていた。割り当てられた設置スペースに40戸の鳥の巣箱を所狭しと埋め尽くしている点は、間隙縫って余白を埋め行く運筆を思わせるし、異なる高低をつけての巣箱の設置は、この風景を真横から見たときに絵画に見られる垂直軸に伸び行く構図を思い起こさせた。また、おもちゃのような遊び心あふれた巣箱の自由な形態からは、森迫の滞りなく湧き出る豊かなイマジネーションを平面作品同様に見て取ることができる。そしてなにより、その巣箱の丸窓前や屋根上に盛り土が施され、そこに植物が植わっていた点はまさに平面世界の実現化の極み。丸みを帯びた多肉植物もあれば、葉先の鋭利な植物もある。保水性の高い黒土には丸い葉茎のゼニゴケと直線的な葉のスギゴケなど苔類が密に生える。総じて、平面で追求してきた姿勢がそのままに屋外空間へと導かれていたのがなんとも好ましい印象を得た。


4──《モリノコ》(部分)2008年 シルクスクリーン、綿布


5──《黄色い長靴の春太》2006年 アクリル、ウレタンニス、F.R.P.


6──《中庭住宅(分譲中)》(全容の一部)2010年 ペンキ、木っ端、パイプなど


7──《中庭住宅(分譲中)》(40戸のうちの8戸)2010年 ペンキ、木っ端、パイプなど

 そんな森迫暁夫の作品世界をいま、札幌芸術の森美術館で堪能することができる。2016年1月17日より始まった「モーション/エモーション──活性の都市」である。「札幌美術展」という年に一度の割合で開催される当館のシリーズ展の枠に収まるもので、その都度テーマを設定し、それに適う北海道ゆかりの美術家を十数名選定し、紹介してきた。現代美術家のグループ展としては今回が6回目となる。ちなみに、過去5回のタイトルだけを挙げていくと、「SAPPORO IS WHITE」(2008)、「真冬の花畑」(2009)、「Living Art──日常」(2011)、「パラレルワールド冒険譚」(2012)、「アクア-ライン」(2013)というラインナップであった。なお、本シリーズはそれ以外に札幌の美術批評家の視点で札幌画壇の一時代を切り取った「さっぽろ・昭和30年代──美術評論家なかがわ・つかさが見た熱き時代」(2010)、そしてモノグラフィーの「笠井誠一 展」(2015)があったことにも触れておく。
 さて、このたびのテーマは端的に言うと、「都市」。都市は、もはやひとつの生命体である。家屋やビル、コンクリートやアスファルトが生まれたり消えたり、あらゆるところその脈動と明滅は絶え間ない。留まることを知らない都市、あるいはそれに揺り動かされる人々の感情。「モーション/エモーション」と題した真意はそこにある。出品作家はシリーズ最少で9人だが、その分、それぞれの都市観が濃密に表出されており、とても見応えある展覧会に仕立てられている。炭鉱町として栄華と衰微を一気に見せた夕張を叙事的に撮り続けた安藤文雄(遺憾ながら本展開幕前にご逝去された)。函館や釧路、そして小樽といった北海道の港町を速度感と湿度をもって瀟洒に描く羽山雅愉。東京、横浜、札幌にそびえ立つビル群をカラフルにモザイクに描き起こす山川真一。自然の中に息づく小さな町や村を滋味深く木版画で表現する武田志麻。都市に生きる者をその舞台も含めてファッショナブルな肖像画として描ききる野澤桐子。都市の風景、動物たちをデジタル・コラージュし、近未来的な風景を大画面で出力するクスミエリカ。都市がじつは羨望する自然、その象徴として山を取り挙げ、雄々しいその姿を完全に同形同寸の台形アクリルパネルを巧みに組み立てることで抽象し、これを中空に浮かせた千葉有造。都市が生み出す廃材を集積し、これらを感覚的に積み、組み上げることで、都市成立以前の原始の風景を創出する楢原武正。
 そして、都市と自然の境界を明確に定めない、敷衍するなら、その関係を仲良しにする作品を多く手がける森迫暁夫。全体的にエッジの効いたシャープな造形表現が多いなかで、展示室の締めに割り当てられた森迫が最後にその愛くるしさに満ちた作品群によって緊張の糸をほぐしてくれる。しかし、そのかわいらしさにだまされてはいけない。ここでもやはりテーマは水であり、森羅万象であり、生々流転である。そういった壮大なテーマをそなえた過去作品(かつて拙稿「北海道の美術家レポート⑥」で紹介した作品も出品)も含みつつ、このたびは、「かみちま」たち[図8,9]が新たに加わった。都市に生きる人々は水を求める。それを生む自然が永遠に在ることを時に身勝手にも神さまに祈る。期待に背くこともあろうけど、そのかわいらしさに免じてご寛恕あれ、というのが陶製の神さまたち「かみちま」。渇望する都市、生の起点とも言える自然、そのはざまにあって人々が見出す八百万の神を軽やかに愛らしく表現する。ついに氏は神像表現にまで行き着いた。森迫作品のかわいらしさに目を奪われたり、画の中に迷い込んでいたりしているうちに、森迫暁夫はずんずんと先へ歩を進めている。


8──《ちまのポクチキ》(部分)2016年 陶、木製棚、紙など


9──《ちまのポクチキ》(部分)2016年 陶、木製棚、紙など

札幌美術展「モーション/エモーション──活性の都市」

会期:2016年1月17日(日)〜3月27日(日)
会場:札幌芸術の森美術館
札幌市南区芸術の森2丁目75番地/Tel. 011-591-0090

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岩﨑直人

1972年生まれ。筑波大学卒業、同大学院修了。札幌芸術の森美術館学芸員。おもな展覧会=「20世紀・日本彫刻物語」「北方神獣」「立体力──仏像...

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