2017年11月15日号
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キュレーターズノート

死角だらけの視覚──オ・インファン《死角地帯探し》と視覚障害

田中みゆき(キュレーター)2017年11月01日号

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 人間は日常的に触れる情報のうち、8割方を視覚から得ていると言われる。そう聞くと、視覚がないことは、それらの情報の8割を健常者と同じようには得ていないことになる。それは大層不便なことにも思えるが、考え方を変えれば、一般的な人間を形成する情報の8割から自由であるともいえるかもしれない。人は生物学的にヒトとして生まれ、成長の過程で社会の中でさまざまな常識や社会性、必要に応じた知識を身につけ、人間として自立する。8割がないことは、社会的存在としての人間の意識にどの程度影響を及ぼすのだろうか。ここでは、8月から10月の間、京都市内で開催されていた「アジア回廊 現代美術展」でのオ・インファン《死角地帯探し》の体験で得た気づきと、わたし自身が企画する音声ガイドを用いたダンス制作の試みと視覚障害者が監督する映画について記したいと思う。

軍人と視覚障害者に共通するもの


 障害には、生まれつきのものだけでなく、事故や病気などによる後天的なものがある。障害者を「多数派とは異なる身体や知覚機能、精神状態の条件下で生活する人」とすると、それは必ずしも個人に起因する症状ではなく、誰であれ一定期間特異な環境下に身を置くことによって性質が変容してしまう場合も含められる。オ・インファンによる《死角地帯探し》は、性質の異なる特異な存在を「死角」というキーワードで鮮やかにつなげ、重層的に社会における監視の概念を問う、久しぶりに目が醒めるような作品だった。
《死角地帯探し》は、京都芸術センターのギャラリー南と制作室2という二つの離れた展示室で構成されていた。それぞれの部屋はピンクのテープで部分的に装飾され、「努力は決して裏切らない。目と頭を使うべし。」といった教訓とも命令ともとれる短いテキストが壁面や天井の所々に書かれている。各部屋には監視カメラとスクリーンが配置され、カメラから見たそれぞれの部屋の様子が順に映される。最初の展示室の入口には「自分の死角地帯──ドーセント」という注意書きがあり、こう書かれていた。


 「相互鑑賞体系」は、二つに分かれた展示空間に設置されています。二つのギャラリーの案内および作品説明は、ギャラリーにて視覚障害者のドーセントに直接お申込みください。



オ・インファン《死角地帯探し》 2017 会場風景
撮影:来田猛 写真提供:東アジア文化都市2017京都実行委員会


 しかし展示室にはドーセントが見当たらず、わたしは受付に戻りドーセントに会いたい旨を伝え、20分ほど待った。少し遅れて到着したのは、小綺麗なスーツに身を包んだ全盲の男性だった。少し高めの声でハキハキと自己紹介し、慣れた素振りで荷物をしまうと、案内が始まった。彼が持つ白杖の先にはマイクがつけられ、白杖をついた音がもうひとつの部屋に送られるらしい。
 まずドーセントと展示室内を歩き回り、彼から展示を構成する(彼には視えない)ピンクのラインやスクリーン、それらに映る映像について説明される。ピンクのテープが貼られたエリアは、監視カメラの死角を示しているらしい。次に、壁にあるスクリーンに流れるテキストをしばらく眺めるよう促される。「昼より夜。消灯後が最も好ましい。」「選ぶべきは、人の非活動時間。」などといった短いテキストが流れていく。その中に「階級が上がるにつれ、私的空間の確保が容易になる。」など「階級」「勤務地」といった耳慣れない言葉が混ざる。それらは、韓国の元徴集兵たちが、軍隊生活という極めて制御された環境に一定期間身を置く経験から導き出した、私的空間についての教訓らしい。
 その後、もうひとつの部屋に移動する。先ほどの部屋の中は歩き慣れているため彼が先導する形をとったが、一歩展示室を出るとそれは逆転し、わたしが彼を誘導する。校庭を抜けもう一つの部屋に入ると、先ほどと同じようにピンクのエリアがまず目に入る。その部屋にも監視カメラとスクリーンが設置され、男性がカメラに向かって話す映像が相対する形で二つのモニターに上映されている。内容は、兵役を終えたばかりなのか、どこか親しみを感じさせるまだ幼い顔つきの男性たちが服役中どこで人目を盗んで自慰行為をしたかなど、どのように私的空間を確保していたかを赤裸々に語るインタビューだ。死角どころか視覚という機能を持たない全盲のドーセントと死角を第三者によって奪われていた元軍人。わたしは死角をめぐる二つの特異な存在に挟まれる格好となった。


オ・インファン《死角地帯探し》 2017 会場風景
撮影:来田猛 写真提供:東アジア文化都市2017京都実行委員会


当事者意識と心理的な距離


 ドーセントと話しているうちに、彼がこの作品を自分のこととして捉えていることが伝わってきた。彼の話し方は視覚障害者の権利を主張するようなものとは違ったが、確かに当事者として彼はそこにいた(後に彼が視覚障害者であること以外のマイノリティー性を持っていることがわかり、合点がいった)。やがて彼は、知覚的に視えないにもかかわらず、いかに自分が監視の目に晒されているかというエピソードを語り始めた。具体的には、義務感だけで声を掛けてくる駅員や、出る杭を打とうとする視覚障害者団体の存在である。
 彼は普段、駅のホームで近くにいる人に声をかけて案内してもらい、気が合ったら最後に顔を触らせてもらってから別れるという習慣がある。それは彼なりのコミュニケーションの取り方で、実際に応じてくれる人も少なからずいるらしい。しかし、「視覚障害者には声をかけるよう言われているので」と、間の悪い駅員が邪魔をしてくることがよくあると言う。視覚障害のある当事者からよく聞く、白杖を持っているだけで必要以上に声をかけられるという話だ。また、「同じ視覚障害者」という連帯感を強要してくる当事者団体の窮屈さについても隠すことなく話してくれた。
 そんなドーセントとの時間は、監視カメラに象徴される物理的監視だけでなく、心理的監視も存在することを強烈に感じさせた。むしろ、対象者を心理的な監視下に置くことこそが監視の真の目的とも言えるだろう。わたしのドーセントは「視覚障害者」として一括りにされることに疑問を感じ、そして恐らく視ることができないからこそ余計に、心理的にも監視下に置かれることに対して強い抵抗を示していた。それは彼の背後にある、視覚障害のある人を個人として見ず「視覚障害者」という枠に閉じ込めようとする、社会における無意識の監視体制も感じさせた。物理的な死角など存在せず、いわば他者の目から一見自由に思える視覚障害者ですら、監視から自由ではないのだ。
 元軍人という極端な監視下に置かれ変容した健常者を扱うだけでなく、視覚障害者、とりわけ全盲という別の意味で特異な存在を展示室内に置き、その存在に関わるかどうかを鑑賞者に委ねることで監視の概念にも奥行きを設けた仕掛けは、作家の巧妙さを感じさせた。ドーセントには台本が渡されていたようだが、それぞれのドーセントの判断にある程度委ねられた部分もあったと聞いた。モニター越しに見る韓国の元軍人と目の前にいる視覚障害者、鑑賞者がどちらに心理的な距離を感じたかは、ドーセントに声をかけ、一緒に時間を過ごすことで自分自身に引き寄せて考えることができたかで大きく変わっただろう。そしてその心理的な距離こそ、死角地帯の獲得に関わる問題なのだ。

死角を認めることで引き出される見方──『音で観るダンスのワークインプログレス』


 視覚障害者が主導する展示は『ダイアローグ・イン・ザ・ダーク』(ドイツでは1988-、日本では1998-)に始まり、高嶺格の《大きな停止》(せんだいメディアテーク、2008)や《てさぐる》(秋田県立美術館県民ギャラリー、2016)、『視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ』(2012-)など、すでにさまざまな形で実現されている。それらの面白さは、視える人の「見方」が視えない人との対話をきっかけに引き出されることにある。それは、視える人が普段いかに見ているようで見ていないかに気づかされる体験でもある。視えていることには常に死角がつきまとうということに、視える人はあまりに無自覚だ。
 視覚に障害のある人との交流の面白さはまさにその気づきにあり、そこからわたしが着想したプロジェクトを二つ紹介したいと思う。ひとつは、9月にKAAT神奈川芸術劇場で開催した『音で観るダンスのワークインプログレス』、もうひとつは現在制作中の映画『ナイトクルージング』である。

『音で観るダンスのワークインプログレス』では、視覚情報を音声で補助する音声ガイドを、ダンサー/観客/会場、それぞれの目線で3種類つくり、観客はラジオのチャンネルを使って音声ガイドを選び、それを聴きながら鑑賞した。明るい状態での上演後に、暗転での上演も行った。詳細については、木村覚氏によるartscapeレビューも参照いただきたい。なぜひとつのダンスに複数の音声ガイドをつくったか。その目的は、視覚情報を補助する音声ガイドをつくるプロセスを通して、ダンスの見方の多様性を許容する土壌をつくることにあった。更に言えば、視覚障害者という存在が観ることを前提にすることによって、一部の人しか理解できないように思われていた見方を一旦ゼロに戻し、再構成することだった。実際に音声ガイドをつくる行為は、「ダンスを観るとはどのようなことなのか」「ダンスの何を他者と共有できるのか」を考えることが常に求められた。まず優先させたのは、死角をなくそうとするのではなく、死角を認めることだった。つまり、ひとつのガイドが解説のすべてを担わないことを前提にした。そして、複数の視点(ガイド)が同時に存在し、隣の人が自分となるガイドを聴いている可能性を共有する状況をつくろうと試みた。


『音で観るダンスのワークインプログレス』左:捩子ぴじんによるダンス 右:音声ガイドをきくラジオ端末


 実際にやってみて興味深かったのは、視覚障害の有無とどのガイドがよいと思ったかの評価には、それほど関連が見られないことだった。全盲でもダンサーと気持ちを共有したいからダンサー自身によるガイドを選ぶ人もいれば、全盲だから客観的な身体の動きのガイドが必要だと言う人もいた。言葉に余白のある安田登氏のガイドが一番感情移入できたと教えてくれた人もいた。そのことは「視覚障害者」という属性だけで生きる人はいないという当たり前のことを改めて確認させてくれたし、暗転での上演は視覚がない状態での人間の想像力の多様性を再認識する機会ともなった。それは一方で、絶対的な「視覚障害者のためのガイド」がつくりにくくなったことも意味する。来年以降も続くこのプロジェクトでは、ひとつに収束させず複数の視点を保ちながら、身体と言葉と鑑賞の関係性にどのような多様性がありうるか、更に探求していきたいと考えている。



死角を立ち上げる映画『ナイトクルージング』


 もうひとつは、生まれつき全盲の主人公が映画をつくるプロセスを描くドキュメンタリー映画『ナイトクルージング』である。本作は5年前につくられた『インナーヴィジョン』の続編で、前作では脚本の冒頭で終わっていた映画制作を、実際に映像化まで進めるものである。制作にあたり、主人公である加藤は自分の映画の主人公の顔のつくりや服の色について悩む。彼は、概念として顔や色の存在は何となく理解しているが、普段の生活では必要がないため情報としてキャンセルして過ごしてきたらしい。しかし今回映画をつくるにあたって必要性に迫られ、研究者たちに会って話を聞きながら、それらの概念を具体的なイメージとして立ち上がらせようと試行錯誤していく。



前作となる『インナーヴィジョン』(2013)より


 この映画は、全盲の主人公が一人で映画をつくることが主旨ではない。どんな映画制作もそうであるように、彼は監督として視えるスタッフたちと対話を重ね、頭の中のイメージを彼らと共有しながら、ひとつずつ視覚化させていく。言い換えれば、視覚以外の“イメージ"で構築された加藤の世界を、視える人たちも視覚以外の方法で理解し、それをどう視覚に置き換えていくかという翻訳作業が常に必要とされる。それは視える世界と視えない世界を通わせていくことであり、常にそこには死角が伴う。加藤のつくる映画はその死角自体をテーマにしており、主人公も全盲という設定だ。互いの死角を超えていけるかどうかは、《死角地帯探し》でも言及した、心理的距離に掛かっているのではないかと考えている。



映画『ナイトクルージング』より
左:アンドロイドの顔を触ることで、表情の変化やそこから伝わる情報について学ぶシーン
右:色の役割や原理を学ぶシーン


 ある時、加藤はわたしに、視覚障害者として生きることは「結局は信頼の問題だ」と言った。「水です」と渡されたものを、見て確かめるすべはない。その水ではなく、それを渡してきた人を信じるしかない。一つひとつ疑っていたら日常が成り立たないし、ある程度相手を受け入れる前提がないと、他者と関わりあうこともできない。これは視覚障害者に限らず、さまざまな障害に当てはめて考えることができる。程度は違えども、障害をもっていることは、自分の身体のある機能を他者に委ねざるをえないということでもある。すなわちそれは、自分がひとりで完結しているという幻想から本質的に自由な存在であるといえるかもしれない。それを「欠如」としてきたのは社会のほうだ。
 見方の多様性を許容する試みは、いわゆる近代的な価値観やひとつの解を求めることとは真逆をいくものかもしれない。今回は、特異な存在を通してはじめて意識される別の見方を生む作品として、視覚障害者を取り込んだオ・インファンの作品や自分のプロジェクトを取り上げた。本来は、特異な存在でなくとも、どんな相手に対してもその相手の中にある他者性を楽しめ、引き出し合えるのが理想だと思う。しかし、私たちはあまりにも長い間、成長や発展、洗練をよしとする価値観を刷り込まれてきた。そんな多数派が縛られる既存の価値体系の死角を探す導き手を担うのが、切実さをもった障害のある人たちなのである。

東アジア文化都市2017 アジア回廊 現代美術展

会期:2017年8月19日(土1)〜10月15日(日)
会場:二条城、京都芸術センター
京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2

『音で観るダンスのワークインプログレス』

会期:2017年09月16日(土)
会場:KAAT 神奈川芸術劇場大スタジオ
神奈川県横浜市中区山下町281

映画『ナイトクルージング』

制作:一般社団法人being there、インビジブル実行委員会
助成:日本財団、文化庁文化芸術振興費補助金、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)

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田中みゆき

1980年生まれ。キュレーター、編集。デザインを軸に21_21 DESIGN SIGHT、山口情報芸術センター[YCAM]、日本科学未来館で...

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