2018年12月01日号
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キュレーターズノート

越後正志「抜け穴」展

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2017年11月15日号

 富山県砺波平野に「ギャラリー無量」という小さなギャラリーがある。アーティスト、小西信英が、自宅である古民家を改修して作品の展示空間とし、カフェも併設している場所だ[図1]。8月にここで、越後正志の個展「抜け穴」を企画した。越後はイギリスやベルギーなどヨーロッパでのキャリアが長いアーティストだが、日本に拠点を移してからも、2013年の瀬戸内国際芸術祭に参加するなど活躍している。


図1 ギャラリー無量外観(撮影:筆者)

 私が初めて越後の作品を知ったのは2009年だった。当時彼は、別の場所からものを集めてきて、それを並べ、展覧会が終わったらもとの場所に戻すというインスタレーションを制作していた。物体に手を加えて変形したり、くっつけたりするのではなく、純粋に場所を移動させることで作品化するという手法のシンプルさ、そして、空間でのインスタレーションの建築的なスケール感が魅力的だった[図2]。ものを借りてくる過程で、地域の人との関係を紡ぐことに重点を置いた作品もあった。


図2 越後正志《Under tension》(提供:越後正志)

 その後、こうしたインスタレーション作品と並行して、越後はオブジェクトとしての作品も試みていた。今回の「抜け穴」展に出品した作品のひとつ《People looking through your legs》[図3]は、2012年にゲントの大聖堂を会場にヤン・フートが企画した「Sint-Jan(聖ヤン)」展で最初に発表したものだが、穴を空けた丸太を3本横たえて組み合わせたものだ。この作品は、越後が小動物の巣穴を写した写真が伴っている。丸太に空けた穴は円形で、丸太の円柱形を反復し、丸太の中が詰まったポジに対して、穴は中空のネガという関係をなしている。また、丸太が横たえられているのは、会場となった教会の柱や自然に生えている木の垂直性に対し、水平性を出すためであった。今回の「抜け穴」展では、この作品を出発点に置き、「移動」という関心は引き継ぎながらも、それを「彫刻」や「写真」というメディアに広げ、深めている越後の新たな展開を示そうと考えた。


図3 越後正志《People looking through your legs》(撮影:柳原良平)

 出品作品4点のうち、《Circulation of a truth》[図4]は、約1年前、アメリカのポートランドに滞在中に制作した近作だ。写真2点と真鍮の立体1点で構成される。現地で出会った人が大切にしていたバラの木を植木鉢に移し替え、越後のスタジオへ移動した。ここまでは、かつての越後のインスタレーション作品の手法に近い。しかし越後はその後、このバラの枝の先端を型取りし、真鍮に置き換えた。この鋳造には、枝を焼失させながら行なう手法が用いられている。バラがあった部分は焼けて中空となるが、その立体的な輪郭だけは型に転写される。そしてその中空に金属が満たされ、輪郭は再び反転しながら金属の表面となる。金属に置き換えられたバラは、アメリカから日本へと空間を越え、また、枯れることなく時間をも越えて移動する。「鋳造」という伝統的な技法が、「ネガ」と「ポジ」という関係を介して、「移動」をモチーフとするインスタレーションと接続されている。


図4 越後正志《Circulation of a truth》(撮影:柳原良平)

 このバラの作品を展開するように、越後は本展に合わせて2点の新作をつくった。そのひとつ《A disappeared pillar》[図5]は、取り壊された家の柱を焼失させながら型取りした、その型自体であった。本来、この型は鋳造が終わったら廃棄されるものである。それを不安定に積み上げたこの作品は、もろくて、展覧会中も小さな破片がぼろぼろと落ちていた。鋳造されたバラがポジだとすれば、これはネガの展示である。重量のある型が重力に抗して積み上げられた様子は垂直性が強調されていて、《People looking through your legs》の横たえられた丸太と対比をなしていた。



図5 越後正志《A disappeared pillar》(撮影:柳原良平)


 現在、私は、日本の1980年代の美術に関する展覧会を準備している。具体やもの派など、1970年代頃までの日本の美術が国内外で注目を集めるなか、1980年代は、それ以降のポップな美術に影響を与えたサブカルチャーの時代としてしか評価されなくなっている傾向がある。だが、この時代に絵画や彫刻に取り組んだ作家たちの仕事を再評価し、今日の美術と関連づけるというのが展覧会の主眼だ。そのなかでも私が重視している作家のひとりは戸谷成雄である。高村光太郎や橋本平八を引き継ぎながら1970年代以降「彫刻」の問題に向き合った戸谷成雄は、彫刻はマッスの表面しか見ることができないことに着目し、彫刻のネガとポジの関係を追求した。ベスビオ火山の噴火の溶岩に包まれた人体が、焼失して失われつつも、中空としてその形を残したことに触発された最初期の作品《POMPEII・・79》にも、戸谷のこの関心は示されている。1982年生まれの越後の作品は、本人はまったく意識していないにもかかわらず、この戸谷の関心を引き継ぐもののように私には見える。

 「移動」が本展を貫く主たるモチーフだとすれば、本展に見られるもうひとつのモチーフは地域性である。越後はヨーロッパでのキャリアが長く、自ずとヨーロッパと日本とのあいだにある自らのアイデンティティを意識している。ギャラリー無量の建物は、砺波平野にある伝統的な散居村の形式をもつ。《People looking through your legs》における丸太の水平性に対する《A disappeared pillar》での柱の垂直性という対比は、この伝統的な建物から触発されたものだ。さらにもうひとつ、越後の生まれた地である富山という地域性がある。越後は富山県福岡町で生まれた。福岡町は現在隣接する高岡市に合併されているが、高岡では江戸時代より鋳造が盛んだ。本展を貫くネガとポジの関係に鋳造という技術は密接に関わっている。今回の展示でも作品の修復に際してこの高岡の歴史に助けられた。世界のなかでの日本、さらにそのなかでの高岡という二つの地域性が本展の作品には流れている。そして先に触れた、高村、橋本、戸谷も、マッスか表層かという狭間で、西洋と日本の彫刻とのあいだを探求しつづけた彫刻家たちである。仏師の伝統を引き継ぎ、木の彫刻の表面に細かな毛並みを彫り込んだ父高村光雲を前近代的とし、光太郎はロダンに影響を受けながらマッスの表現に向かった。他方、橋本は代表作《花園に遊ぶ天女》で人体の表面に花の模様を刺青のように施す。本展は、越後の「彫刻」という問題系への展開を示すもの、そしてより広くは、西洋と日本の伝統の狭間を追求するものとなった。

越後正志「抜け穴」(終了しました)

2017年8月25日〜9月18日
会場:ギャラリー無量
富山県砺波市庄川町示野233

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