2018年12月15日号
次回1月15日更新予定

キュレーターズノート

「こんにちは! 港まち手芸部です。」展から見た風景

吉田有里(MAT, Nagoyaプログラムディレクター/港まちづくり協議会事務局員)

2018年03月15日号

「アートそのものは、まちを変えるためには存在していません」。まちづくりと連動したアートプログラムとして挑発的な言葉をスローガンに掲げMAT, Nagoyaが活動を始めて約3年。アーティストがスタジオを構えたことをきっかけに、新たなコミュニティが生まれ始めている。今回は、アーティスト宮田明日鹿の活動と彼女が部長をつとめる部活「港まち手芸部」について追っていきたい。

「こんにちは!港まち手芸部です。」UCOでの出張手芸部の様子[撮影:岡田和奈佳]

アーティスト宮田明日鹿とMAT, Nagoyaの出会い

2015年秋、MAT, Nagoyaの活動がスタートし、拠点となる港まちポットラックビルと旧・手芸店を改修したボタンギャラリーがオープンした頃、 ある企業のPR企画で、アーティストの活動と商品を紹介するカタログの撮影場所を探しているという相談があった。MAT, Nagoyaのディレクターであり、アーティストの青田真也が「スタジオのようなギャラリーのような場所」という要望を受けて、ボタンギャラリーをカタログのディレクションチームに提案し、その翌日に撮影するというスピーディーな展開であった。その撮影で出会ったのがアーティストの宮田明日鹿である。

ボタンギャラリーは、アーティストの渡辺英司により改修された空間である。大工仕事としてはガタつきのある無骨な仕上がりになっている部分があるせいか、空間的な伸びしろというのか、余白があるというのか、その場を使うアーティストによって違った表情が見える、絶妙なバランスの空間になっている。このとき、撮影に来た宮田が道具や作品を広げて即席スタジオを作るまでのものの10分もしない間に、そこにはもともと彼女のスタジオのであったかのような空間が出来上がり、驚いたことを覚えている。アーティスト同士の勘が働き、空間と人がピタリと出会った瞬間だった。

「MAT, Nagoya Studio Project vol.3」でのスタジオの様子


宮田は、家庭用編み機にPCから画像を取り込めるようにプログラムを改造して、写真をニットで編むというオリジナルの手法を用いて作品を制作している。

写真が、ピクセルやドットの集合体と捉えられるのであれば、ニットの編み目にも変換できるのではないかという気付きから、2色の糸を使用して、モノクロ(明暗)の写真をニットで出力する。編み機での出力の際に、解像度が落ちるためイメージは抽象化され、また糸の細さや太さ、テクスチャーの違いによって、同じ写真であっても1点1点まったく異なる表情の作品が出来上がる。

宮田明日鹿《Swim in the forest》(2017)

宮田明日鹿《con/text/image》(2016)

名古屋出身の宮田自身は、東京のデザイン専門学校でデザインを学び、テキスタイル関係の仕事を数年経験したあと、ニットの研究のために1年間ドイツに渡り、ちょうど1年前に名古屋に戻ったタイミングでこの撮影に参加していた。

当時は自宅で作業をしていて、スタジオを探しているという話から、そのあとの2016年の春に行なったスタジオプログラムでは、2カ月間この港まちに通い、制作をしてもらうことになった。6組のアーティストが参加したこのスタジオプログラムでは、絵画、版画、テキスタイル、立体など、さまざまな手法によって表現するアーティストたちと同時期にスタジオで制作をすることとなった。

また、名古屋を拠点に活動するアーティストと海外を含めた愛知県外で活動するアーティスト同士が参加していたことから、制作の手法からネットワークまで、情報交換が盛んに行なわれていたように思う。宮田のスタジオとしてボタンギャラリーを使用した。ガラス越しに作業が見える環境であったことから、近隣の手芸好きの女性や、家庭用編み機を使用していた人、毎日散歩をする人など、自然とまちの人々と話す機会が生まれたという。

作業の様子がダイレクトに公開される制作環境は、私たちにも想定しえない反応や交流が生まれるきっかけとなり、宮田はこのエリアで本格的にスタジオを探すことになった。


2016年の秋、アッセンブリッジ・ナゴヤの展覧会場として使用した空き店舗を、オーナーに交渉して宮田のスタジオとして廉価な家賃で引き続き借用できるように私たちが仲介し、宮田のスタジオとして使用することになった。

[撮影:怡土鉄夫]

 

スタジオを得てから彼女は、ほぼ毎日そこに通い、作業をしている。ボタンギャラリーと同様に、ガラス面のある空間のため、時折、話しかけてくる人や作業の様子を見ていく人がいたり、小学生が学校帰りに立ち寄ったりするそうだが、程よい距離感を保ちながら作業する宮田の様子は、シャッター通りとなった大通りの景色を少しだけ変えていたと思う。


「港まち手芸部」の結成と、「こんにちは! 港まち手芸部です。」展

そして、家庭用編み機や、編み物をキーワードにこの町で出会った手芸好きのメンバーによって、2017年には「港まち手芸部」が結成されることとなる。

港まち手芸部の集合写真[撮影:江本典隆]

 

宮田が手編みの技術をこの町に暮らす達人たちから学ぶことをきっかけに始まったこの部活動は、毎週木曜日の午前中、港まちポットラックビルの一角を部室として活動している。高らかな笑い声やおしゃべりとともに、子育て中のママ世代から、ベテランの手芸マスターまで、さまざまな世代がひとつのテーブルを囲んでいる。

ボタンギャラリーの場所で手芸店を営んでいた行田さんは、92歳の最年長部員でありながら、もっともパワフルに、手芸の先生として部活動に参加している。彼女がお店を構えていたときに毛糸や手芸道具を売っていたこの町の手芸ネットワークが活かされて、回を重ねるごとに、参加者も増えていった。

この部活の良さは、無理のないペースで続けられることだ。参加も自由なので、毎回新たなメンバーがいたり、自宅でひとりで編む人がいたりと、“編む”ことを通じて緩やかなコミュニティが生まれている。

港まち手芸部の活動の様子[撮影:江本典隆]

まちづくりの母体である港まちづくり協議会がこの地域で活動する団体を支援する提案公募型事業の公募に「港まち手芸部」で応募したところ、採択され、活動費を得ることができた。活動に並走するかたちで、写真家の江本典隆が写真の記録を残し、広報物の制作にはデザイナーが参加している。


「こんにちは! 港まち手芸部です。」展示風景[撮影:岡田和奈佳]

2018年2月9日から24日まで行われた「こんにちは! 港まち手芸部です。」展では、もともと和装職人の工房でアッセンブリッジ・ナゴヤの会場となっていた「つむぎ」を会場に、部員の作品とドキュメント写真の展示を行ない、アーティストユニットL PACK.が社交場として設えた「UCO」では、出張手芸部として、誰もがフラリと編み物をつくることのできる場所と時間を用意していた。

「こんにちは! 港まち手芸部です。」UCOでの出張手芸部の様子[撮影:岡田和奈佳]

宮田は、自身の作品制作とは切り離した活動として手芸部に参加しているが、その記録や展示などの活動を残すこと、広めることにおいては、アーティストとしての能力を生かした展開を見せている。それはおそらく自身の活動においても影響を受けていることが少なからずあるだろう。


私自身も何度か部活に参加して感じたことであるが、この活動で手芸の達人たちから得たものは、技法だけではない。ものを作り出すというプリミティブな行為から生まれる創造力の豊かさや感覚的な美学は、誰しもが基本的に持ちうるものであり、その楽しさは、いろいろな隔りを超越して、共感しあえるということを改めて実感することができた。

「こんにちは! 港まち手芸部です。」UCOでの出張手芸部の様子[撮影:岡田和奈佳]

MAT, Nagoyaがコンセプトを掲げて活動を始めたときには、想像していなかった風景がここに生まれている。宮田のアートワークは、町に変化を与えていないだろう。しかしそれでいい。だが、彼女(アーティスト)が、このまちで活動をすること、活動し続けること自体は、町に何かしらの変化を与えている。

町やコミュニティに積極的に関わっていなかった人々も、彼女の存在に引き寄せられ、人間の本来持つ、ものづくりや創作の楽しさを味わう場所や関係性をつくった。アーティストという存在を育み受け止める町は、きっとそこに暮らす人たちにも多少なりとも変化をもたらし、豊かな場所になっていくのではないかという仮説が、少しだけ現実に近づいた気がしている。

こんにちは! 港まち手芸部です。展

会期:2018年2月9日(金)〜2月24日(土)
会場:UCO/つむぎ
   愛知県名古屋市港区名港1-15-13/愛知県名古屋市港区名港1-15-12
詳細:https://www.facebook.com/minatosyugei/

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