2024年03月01日号
次回3月18日更新予定

キュレーターズノート

ローカル・テキスタイル 1「TO&FRO うすく、かるく」

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2018年03月15日号

金沢21世紀美術館のデザインギャラリーで展覧会を企画することになった。開館後10年以上になるが、私がデザインギャラリーで企画を行なうのは初めてである。デザインギャラリーは無料ゾーンにある展示室で、開館当時は「学芸課」ではなく「交流課」の管轄であった。つまり、地域の大学や研究機関、民間企業、そして隣接するミュージアムショップと連携し、地域の産業をデザインの面から刺激することを期待されていたのだ。自分が企画するにあたり、金沢の地域の産業に向き合いたいと考えた。

金沢の産業の中心は繊維産業である。明治以降、繊維産業は全国的に産業の中核を担い、金沢は国内では後発であった。後発であったが故に、最高級品というよりは輸出向けの絹織物の生産を行なった。金沢は湿度が高く、水も豊富である。この風土は、静電気を抑えるという点で織物に有利に働いた。その後、緯糸を水で飛ばすウォータージェットの開発にも一役かった。金沢は回転寿しの機械やリフトの機械などを製造している会社もあり、ニッチな分野で業界トップに位置する企業もあるが、これらももともとは織機産業から発達してきたものだ。戦後は、レーヨン、ナイロン、ポリエステルと、絹から化学繊維への転換はあったが、オイルショックなど苦境を乗り越え、産業を発展させてきた。工場も土地や人件費の安い能登方面に展開した。

しかし、現在、繊維産業は大変厳しい状況に直面している。中国、続いて東南アジアなど、安い人件費で優れた生地が生産されるようになり、国内生産品は価格競争に勝てなくなった。国内市場も大量生産品は海外からの輸入が占めている。衣料分野で国内で繊維産業を続けてゆくには、海外では生産できないほどの高機能な繊維でなければならない。もう一つの方向性は、炭素繊維など非衣料分野への展開だ。


図1 壁際には糸巻きを積み上げ、展示室の中央には、TO&FROの布を使った間仕切りを設置した。(撮影=木奥恵三 提供=金沢21世紀美術館)

展覧会を「ローカル・テキスタイル」という名でシリーズ化し、まず、高機能化に焦点を当てた。取り上げたのは、金沢市とかほく市に拠点を置くカジグループの「TO&FRO」というブランドである【図1】。カジグループは、薄く軽いナイロン生地を製造している。この生地は国内外のアウトドア・ブランドなどに使われている。この生地の活用例を自社で示すためにつくられたのが「TO&FRO」である。軽さをアピールするためにトラベル用品のブランドとなった【図2】。


図2 TO&FROのオーガナイザー。展覧会開催にあわせ、金沢21世紀美術館のテーマカラーであるオレンジ色の限定商品がつくられた。(撮影=木奥恵三 提供=金沢21世紀美術館)

TO&FROのもう一つの重要な点は、自社で消費者が手にする最終製品をつくっていることである。繊維業界は多くの工程ごとに会社が細分化されている。例えば、糸をつくる、糸を撚る、織る、染める、縫う、などの各工程が分業化されている。それを統合していたのが商社であり、かつては金沢にも力のある商社があった。この商社が資本を用意し、糸を発注し、織りも発注し、製品をつくっていた。しかしこうした商社が経営危機に陥った際、全国的な大手製糸メーカーが救済し、以後、製糸メーカーの系列に組み込まれることとなった。現在ではカジレーネでも大手製糸メーカーから糸を預かり、その糸で生地を織り、製糸メーカーに納めている。繊維業界では、川の流れになぞらえて「川上工程」「川中工程」「川下工程」という。川上は製糸、川下は製品で、川中はその中間である。金沢の繊維業は、川上、川下を全国的なメーカーに握られ、川中だけを担っていることになる。そのような状況に対し、TO&FROというブランドは、川下まで自社でやろうという試みである。さらには、羽田空港に店舗を設け、小売りまで手がけている。それにより、自社での価格設定や消費者からの製品に対するフィードバックを得ることへの道が開ける。そして何よりも認知が高まる。

石川県では、全国の約40パーセントのナイロン生地を生産しているという。この高い数字を私は金沢に20年近く住んでいて知らなかった。私を含む消費者が日常生活で、自分の着ている全国ブランドの服の生地が地元で生産されているかどうかを知るすべもない。私は展覧会を行なうことで、金沢とその周辺で、競争力を持った優れた生地が生産されていることを少しでも知ってもらいたいと考えた。


図3 ビームに張られた636本の細い経糸(10デニール)(撮影=木奥恵三 提供=金沢21世紀美術館)


図4 糸の張力でベニヤ板を曲げた展示台(撮影=木奥恵三 提供=金沢21世紀美術館)

細い糸を扱い、薄くて軽い生地を織ることができるという技術を展示で伝えるのは難しかった【図3】。最終的な製品だけを置いても、その薄さへの気づきは促せない。一方で、産業展示館のような、文字の多い説明的な展示では、感覚的な面で魅力的に映らない。私は美術の展示で空間デザイナーを入れることはほとんどないが、今回は空間デザインを佛願忠洋に依頼した。TO&FROの羽田空港店や、展示会などのデザインを行なっている新進気鋭のデザイナーだ。ブランドのデザイナーを起用することは、TO&FROのブランドイメージを崩さないためには自然な選択だった。佛願は学生時代に大きな影響を受けたというSANAA設計の、同じく薄く軽い金沢21世紀美術館の建物に反応しながら、ユニークな展示台や間仕切りをデザインしてくれた。例えば展示台は、内装に使う薄いベニア板をU字に曲げ、天板にあたる部分に、TO&FROの生地や、糸を使った【図4】。板が平らに戻ろうとする力を、生地や糸で引っぱり、そのバランスで形をつくっている。この台は1つだけでもかろうじて自立するのだが、お互いに接するようにそれらを並べることで微妙なバランスを取っている。1本だとすぐに切れてしまう糸もそれが並び、また生地として織られることで強度を増すのだということを、什器自体で示そうとしたデザインである。また部屋の中央には、壁をつくるときに使う軽量鉄骨に、TO&FROの生地を貼って間仕切りとした。生地が薄いために、反対側の空間が透けて見える。鉄骨やベニヤ板といった建築資材と、柔らかな薄い生地とを緊張感をもってぶつけ合う空間デザインとなった。


図5 加工前と加工後の糸の比較(撮影=木奥恵三 提供=金沢21世紀美術館)

台の上には、さまざまな生地を触って比較できるように置いた【図5】。例えば、細い糸と太い糸とでは、生地になったときにどのような違いが現れるか。他にも絹、ナイロン、ポリエステルの違い、織りと編みの違い、加工糸と加工していない糸の違い、織りの密度の違いなどを触って確かめられるようにした。この内容はTO&FROのスタッフと詰めていったが、その過程で私が学んだのは、薄いから良いとは限らないということである。細い糸で織った生地と太い糸で織った生地には違いがあるが、どちらかが優れているというわけではなく、生産の現場では、それぞれの特徴として捉えられている。その特徴を生かした生地の使い方が求められる。手触りの良さが求められるのか、強度が求められるのか、乾きやすさか、通気性か、皺のつきにくさか。それは「しゃりしゃり」か「しっとり」かといった言語体系による言葉の使い分けのように感じられた。それまで私は、天然繊維よりも化学繊維が劣ったもののように心のどこかで思っていたが、その価値観は払拭された。自分が服を選ぶ時も、化学繊維のものも天然繊維と等価に見るようになった。タグの素材の表記も熱心に見るようになった。この展覧会をつくる過程で、ずいぶん自分自身の生地に対するリテラシーが身についたと感じている。展示を見てくださる方にも、少しでもそれが共有できればと願う。

これまでもデザインギャラリーでは多くのファッションの展覧会が開催されてきた。それらはファッション・デザイナーの展覧会であった。だが、現在のファッションは、デザイナーのクリエイティビティを追うだけでは捉えきれないと感じている。まず、ファスト・ファッションによる価格破壊があり、それは産業構造の理解と切り離せない。次に、個性を強く主張するのではなく、また、多くの服を所有するのでもなく、ベーシックでシンプルなアイテムを厳選して所有し、サイズや季節・TPOにあわせた素材の質感の選択に気を配るという価値観も強くなっている。そのような環境に生きる我々にとっては、デザイナーの個性よりも、産業構造やパーツとしての生地の違いに着目する展覧会の方が有効だろう。日常生活の中に意識せずに入り込んでいる、産業構造の転換と地域の現状に触れ、その中での可能性を少しでも感じてもらえたら幸いである。


ローカル・テキスタイル 1「TO&FRO うすく、かるく」

2017年11月18日(土)〜2018年6月24日(日)
会場 金沢21世紀美術館デザインギャラリー
主催 金沢21世紀美術館[公益財団法人金沢芸術創造財団]

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