キュレーターズノート

アートプログラム青梅2008:空気遠近法・青梅-U39

住友文彦(ヨコハマ国際映像祭2009ディレクター)

2009年01月15日号

 2003年に多摩在住の作家たちが中心になってはじまったアートプログラム青梅をみてきた。近隣の4つの大学も巻き込んで、市内の神社や空き家、路上などに学生が作品を展示する企画も同時開催されていたので、紅葉を楽しむ暇もなく、けっこう忙しく地図を手にしながらあちこち歩き回ることになった。

 越後妻有トリエンナーレなどでもそうだが、見知らぬ街の片隅に眼を凝らすことや、自分の知らない日常生活に触れることによって、思いがけない体験が期待できるのでこうした企画は楽しい。学生は自分たちで場所の使用のための交渉もしたらしく、それぞれがなぜそこを選んだのかを想像してみる楽しみもあった。しかし、もちろん場所との関わりや、見せ方の工夫などに残念なものも少なくなく、時間をかけて取り組めば若い作家にとっては作品を見せるうえでいろいろ考えるところの多いとてもいい機会になる気がした。気持ちのいい小さなカフェでテーブルにアニメーションの上映をして、そこで友人に生演奏をしてもらっていた作家は昨年のうちからその場所に目をつけていたと言っていた。このように、アートだから、とか、作品ですから、と言っても通用しない場所で周囲に丁寧に説明をしながら、ギャラリーではできないことを実現できるようなことができていたのはそんなに多くはなかったのではないだろうか。もう一人、早川裕太という武蔵野美術大学の学生が蔵のなかで展示していた小さな作品も印象に残った。

 ただ、広範囲に街を使っていたにもかかわらず、そこの生活の向かい合う姿勢は希薄だった。たまたま同時期に行われていた別のイベントではチンドン屋があちこちを練り歩いていた。街角から音が緩やかに動きながら立ち上がるパフォーマンスのなかに、シカラムータ等で活躍する大熊ワタルがいるのを発見したのだが、彼は東西文化の混合体のような音楽を街や生活のなかに持ち込んでいるのに。

 39歳以下の若手作家を中心に企画された本展は、かつての織物産業に縁のある趣たっぷりの建物で行なわれていた。私が企画したαM2008にも参加してもらった木島孝文や、冨井大裕、山極満博ら12人の作家が参加していた。あえて今回若手に絞った意図については足をはこぶ前には疑問もあったのだが、こうした特徴のある空間を使う経験はなかなかないので意義は大きいのではないかと感じた。自分の方法論や表現スタイルを確立させている作家ではなかなかできない、その場所ならではの挑戦的な試みも可能だろう。もちろん、ベテランの作家でもそうした試みはぜひ見たい。

 テーマが前面にでている展示ではなく、それぞれ個別の作品が目に付くものだったので挙げていくときりがないのだが、ひとり挙げると、かつての更衣室を使った南条嘉毅がとても効果的に場所を使っていた。やや陽も翳ってくるような時刻になると足早に迫る暗闇が自分の知覚を醒ますような感覚をおぼえるときがあるが、そのような経験をした気がする。廃墟となった建物の2階に足を踏み入れると、自然が人工物を侵食した痕跡があちこちにある。しかし、よく見ると意図的に砂が盛ってあるような箇所を発見し、そうするうちに自然のなかに作為が加えられているところが入り混じっていると気づく。それは空間によくなじむ方法で介入しているために、自然と作為とが曖昧なまま隣り合っている。まるで時間をつくりだしているかのようで、その過去の記憶が現在と共鳴している。そのため郷愁をそそるような感覚はまったくなく、朽ちていく風景の現実にそのまま寄り添うかのようである。廃墟や歴史を背負った場所を使った表現として、そうしたありがちなものではなく、後ろ向きにならないものになっているのがとても興味深かった。

アートプログラム青梅2008:空気遠近法・青梅-U39
会場:青梅織物工業協同組合施設、東京都立青梅総合高等学校・講堂+野外
会期:2008年11月9日(日)~24日(月)

学芸員レポート

 ここ最近は興味深い研究会や講演会に参加する機会があったので仔細に報告したいところなのだが、身の上にもっと大きな変化があったのでまた別の機会にしたい。今年の11月に行なわれる「横浜国際映像祭2009」のディレクターに就くことになり、東京都現代美術館を退職することになった。兼職の可能性もあるかと思っていたが雇用条件などで折り合わず、実際の準備期間があまりない仕事なので慌てて準備体制づくりをしている。

 数週間のあいだに慣れない交渉や予算作りをしていて本格的な企画作りはこれからだが、こうした事業のためのノウハウやネットワークを蓄積して継続させていく手段の必要性を強く感じている。事業とそれに関わる人と知識ができあがっては消えていくのではなく、長期的な視野にたって雇用や場所をつくっていけないものだろうか。この事業も継続は前提ではない。しかし、現代美術、映画、メディアアート、身体表現など複数の分野にまたがる表現を紹介する、これまでにない試みにしたいと思っている。近いうちに、ウェブサイトなどを立ち上げて、小さなイベントを事前に開催していく予定なので、またお知らせしたい。

●横浜国際映像祭2009
会場:新港ピアほか複数会場
会期:2009年11月