キュレーターズノート

森山大道写真展「北海道〈序章〉」

鎌田享(北海道立帯広美術館)

2009年08月15日号

 1978年の夏、写真家・森山大道は3カ月にわたって札幌に滞在し、小樽・夕張・美唄など各地を訪ねた。この折に撮影されたフィルムは二百数十本におよんだが、これまでまとめて発表されることはなかった。しかし本サイトの飯沢耕太郎氏のレビューでもすでに紹介されたように、昨年から今年にかけて東京・青山のRAT HOLE GALLERYで展示され、あわせて大部の写真集が編まれた。そして現在、北海道の複数の街で、会場ごとに構成・内容を変えながらこれらの作品が紹介されている。さらに2011年まで3年間にわたって、道内各地での展示を計画しているという。

 森山大道は1938年大阪に生まれ、1963年にフリーの写真家として活動をはじめた。粒子の粗いハイコントラストの画像、カメラのブレやピントのボケをいとわない動的なショットは、「アレ、ブレ、ボケ」と評され1960年代後半に脚光を浴びる。それまでの写真は、あるいは構図や描写の巧緻を重んじ、あるいは写された対象の意味性を重視してきた。いずれにしてもそれらは、写真というメディアの存在を自明の理としたうえで、その表現の方向性を論ずるものであった。しかし時に何が写っているのかも不鮮明な森山の作品は、それまでの写真表現を一蹴した。そればかりでなく、外界の姿を写し余さず再提示するという、写真の存在基盤をも無効化する試みであった。「写真とは何か?」という根源的な問いを発するなかで、森山はついに写真そのものの解体にまで踏み込んだのである。
 1970年代に入ってからも森山は、写真集の刊行や個展の開催、写真ワークショップの立ち上げと、旺盛な活動を展開した。しかしその一方で、閉塞感にさいなまれたという。ひとたび写真の解体にまで進んだ森山にとって、それでもなお写真家を続けることは、はなはだ困難なことであったろう。
 北海道への旅は、そうしたなかでなされた。森山にとって北海道は、少年時代から憧れを抱き続けてきた場所であったという。また明治初頭に北海道各地の風土や開拓の過程を記録した田本研造らの作品に、森山は写真の本質をみたともいう。閉塞状態からの脱却を願った森山の足は、自然と、彼にとって特別な地である北海道に向かったのであろう。しかしこの旅は、無力感・焦燥感を募らせる結果となり、撮影されたフィルムもそのままに残された。かつて写像の意味性を否定した、言い換えればあらかじめ方向付けられたイメージに沿って写真を撮ることを拒んだ森山にとって、憧憬というロマンティックなイメージに多分に演色された北海道への旅は、葛藤の機会になってしまったのかもしれない。

 「見る」という活動は、二つの段階にわけられるのではないだろうか。ひとつは「目」が外界の画像がとらえる段階。ヒトの目は球状をしており、片側には光の量を制御する虹彩と、焦点を合わせるための水晶体がある。その反対側、眼球の内壁の網膜には、光を感知する細胞が多数並んでいる。この細胞群が光の強弱(明暗)や波長(色)を読み取り、「脳」に伝達する。
 そして二つ目の段階が訪れる。網膜上の細胞がとらえた情報は、単なる光の刺激に過ぎない。その情報群がどのような像であるのか、どのような意味を持つのかは、「脳」内で再構成され解析され過去の記憶と照合されて、はじめて認識される。
 肝要なのは、ヒトは目に「映った」映像のすべてを、脳内で「見ている」わけではないのかもしれないということである。目がとらえた情報のうち認識不可能なものは、ときに置換され省略されあるいは封印されることもあるだろう。「見よう」と思って、目に「映す」のではない。目に「映った」もののなかから、選択的に「見て」いるのである。

 「目」の仕組みは、カメラのそれと類似している。虹彩はシボリに、水晶体はレンズに、網膜は感光フィルムに置き換えられる。そして「目」がそうであるように、「カメラ」もまた無原則に外界の姿を映すことができる。しかしそこから表現を立ち上げるために、森山以前の写真家たちは自ら「脳」の役割を果たそうとした。技術的な巧緻も、被写体の意味性も、例えるなら「脳」が画像を峻別するがごとき行為である。
 対するに森山の活動は、「目」と「脳」の機能を切り離そうとしたものだといえないだろうか。ただ路上に出て、そこにあるものを無作為に切り取る。そうして得られた膨大な画像群のうち、いくばくかは事後的に認知され作品として発表されるかもしれない、そしてあるものは永遠に掬い取られることなく封印されるかもしれない。写真家としてのこの特質を自己承認した時、森山は再び起立する。しかしそのためには、自らの撮影活動を「目」の領域にとどめる、ある種の諦念が必要であったろう。1980年代以降の森山の作品が、どことはなく乾いた印象を与えるのは、そのためではないだろうか。

 今回展示された作品は、およそ30年前の北海道の姿を写したものである。そこに登場する家並みや人々の服装からは、確かに時の変遷をみる思いがする。しかしその写真画像は、ノスタルジーといった甘い響きを一蹴する、時代を超越した強度を放つ。この強度こそが、森山大道という強靭な「目」の存在を知らしめるのである。

森山大道写真展「北海道〈序章〉」

会場:札幌宮の森美術館
札幌市中央区宮の森2条11丁目2-1 宮の森ミュージアムガーデン/Tel.011-612-3562
会期:2009年6月26日(金)〜8月30日(日)

会場:夕張市美術館
夕張市旭町4-3/Tel.01235-2-0930)
2009年7月11日(土)〜8月23日(日)

会場:アルテピアッツァ美唄
美唄市落合町栄町/Tel.0126-63-3137)
2009年7月29日(水)〜9月28日(月)

会場:札幌PARCO
札幌市中央区南1条西3丁目/Tel.011-214-2111)
2009年9月12日(土)〜9月28日(月)

会場:東川町文化ギャラリー
東川町東町1丁目19-8/Tel.0166-82-4700)
2010年2月19日(金)〜3月29日(月)

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