キュレーターズノート
瀬戸内国際芸術祭2010/束芋:断面の世代/横尾忠則全ポスター
植松由佳(国立国際美術館)
2010年08月15日号
対象美術館
前回、金沢21世紀美術館で開催中の展覧会「Alternative Humanities 〜 新たなる精神のかたち:ヤン・ファーブル×舟越桂」について触れた。ヤン・ファーブルのことで、いつも思い出すことがある。2001年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で彼の個展を企画開催し、展覧会の会期なかばに行なわれた対談のために来館したときのことだ。JR丸亀駅前にある美術館を出て、全国津々浦々どこの街にも見られるシャッター商店街を歩きながらファーブルは言った。日本で初めての個展なのに、どうして東京や大阪といった大都市の美術館で開催されないのかと思った。でもアントワープから関西空港に降り立ち、電車を乗り継いで丸亀に着いてよくわかった。美術館に来るまでのこのパサージュこそが重要なのだ、遠来の鑑賞者にとっては特に、と。瀬戸内国際芸術祭のオープニングに高松に向かったとき、この会話を思い出した。
瀬戸内国際芸術祭2010は日本国内で今年開催される展覧会を始め各アートイベントのなかでも、もっとも注目されるイベントのひとつであることは間違いないだろう。肌に突き刺さるかのように降り注ぐ真夏の陽射しを浴びながら(日傘の効果もなく両腕は真っ赤になった)高松港を離れて、会場の島々に向かう。プレビューを含む都合2日間ほどで巡ったが、時間切れで小豆島や大島に渡ることはできなかった。すべてを見聞するにはまだ数日必要かもしれないし、たったこれだけでは語るに値しないかもしれない。実際、自分のなかでも未消化の部分も多い。それでもすでに住む人を失っていた古民家を展示スペースに使ったり、島の風景の中に溶け込むように展示された作品からは、この芸術祭の特性がよく伝わった。瀬戸内国際芸術祭については、「アートを道しるべに、心癒す瀬戸内海の風景と、そこで育まれた島の文化や暮らしに出会う、現代アートの祭典です」とあり、コンセプトとして「海の復権」、そして「島×生活×アート」がテーマとして唱えられている。島々に点在している作品を見るために出かけたはずなのに、いつの間にかアートを手がかりに瀬戸内の自然や島々の文化、そこに暮らす人々の営みが身体に記憶に刻まれていた。美術館人としては、日常の展示空間では得難い貴重な体験でもあった。また都市を舞台にこれから開催されるあいちトリエンナーレ2010との比較ということもできるだろう。
地元(高松)出身の筆者としては、幼い頃はこの時期になれば海水浴に家族で行ったこともあった女木島や男木島が、いまでは往時の賑わいもなく全国の地方にどこでも見られるような高齢化という問題を抱えていること(これはこの二島に限らないが)、豊島がかつて史上最悪とも呼ばれた不法投棄による産業廃棄物問題を抱えた島であったこと、また大島にはハンセン病の療養所があることなど、祝祭の場所として選ばれた島も私たちの社会の負の要素をはらんだ場であることを鑑賞者に十分認識して欲しいと思う。また島々を結ぶ唯一の交通機関である船舶での移動も、陸上交通に比べれば不便に感じるかもしれない。しかし、私たちの社会を豊かにした瀬戸内海の架橋や高速道路網の整備により、経済面では海上交通網に影響を与え島に暮らす人々の足を奪ってきたことも知ってほしい。これこそが現代美術の役割のひとつであろう。
瀬戸内国際芸術祭は今後トリエンナーレとしての開催を目指しているという。今回アートが道しるべとなって初めて印された島々では、いまではアートの聖地とも呼称される直島の初期、90年代に感じたような萌芽を感じた。また一方で芸術祭の開催によりさまざまな問題点も浮上してきたことだろう。地元住民のなかからはとまどい、反対の声もあがっているという。すべての問題が容易く解決できるとも思わないし、時間を必要とすることもあるだろう。それでも今後、瀬戸内を舞台としたこの芸術祭が定着し成熟して欲しいと切に願っている。
瀬戸内国際芸術祭2010
学芸員レポート
国立国際美術館ではB2フロアで「束芋:断面の世代」、B3フロアでは「横尾忠則全ポスター」という今年の厳しい夏の暑さにも負けない強烈なラインアップの展覧会が開催中である。担当している束芋展は横浜美術館からの巡回ではあるが、会場の違いが展示にも現われている。当館では全体的に暗い展示室内を彷徨うかのような構成がなされ(実際に監視スタッフに誘導される観客多数)、束芋の脳内を巡りその思考を辿るかのようでもある。横浜で見たからもういいとは言わずにぜひ見比べて欲しい。もちろんまだの方もぜひとも。なによりも束芋とはタッグを組んで来年の第54回ヴェネチア・ビエンナーレの日本館に展示することが決まった。国際交流基金での記者発表でも展示プランを発表し、先月末にはさっそく現地調査に行ってきた。日本館という難しい展示空間を持つ建物での束芋の挑戦を楽しみにしていただきたい。