キュレーターズノート
ヒロシマ・オー/カラコン/きのこアート研究所
角奈緒子(広島市現代美術館)
2010年12月15日号
対象美術館
広島市内に残る被爆建物のひとつ、旧日本銀行広島支店を会場に、「ヒロシマ・オー──広島の育むアート」展が開催されている。展覧会と同じ名を持つ実行委員会は2006年に発足、以降「広島の芸術・文化の更なる普及・発展を目指し」、継続的に活動を続けているという。私はこの実行委員の主体がいったい誰なのかまったく知らずにいたのだが、先日、オープンの日に足を運んだ会場で参加している学生たちと出会い、彼らこそが発起人であることを知った。
人口100万人以上の他の都市に比すると、残念ながら広島には、ギャラリーやそれに類するアート・スペースの数は少なく、活動もさほど活発ではない。また、最近各都市で出現し定着しつつあるフリー・スペース(またはオルタナィヴ・スペース)も、広島に浸透するにはまだこれからといった状況であることは、以前、artscapeにてコメントしたとおりである。そんな都市で、将来アーティストとして活躍することを志しながらも作品を発表するチャンスをなかなか持てない学生たちが、学校からみなに等しく与えられる卒業制作展という発表の場だけで満足するのではなく、既存の場がないなら自分たちでつくろうと自発的かつ積極的に動き、展覧会として実現させている姿勢に気概を感じ、感心の念を抱いた。今回の展覧会には「卵」も含む32名の若手アーティストたちが集結。出品作家のなかには、かつて別の展覧会で何度か見たことのある名前もあったが、初めて見る名前のほうが圧倒的に多かった。会場の受付で、作品展示マップと作家の言葉(解説)が手渡される。なんと、子どもを対象とした鑑賞手引きも用意されているようだ。また、作品を展示しただけの状態で満足するのではなく、会期中の週末にはトークやパフォーマンスといったイベントが企画されており、運営面においてはたいへん親切な気配りが感じられた。
歴史的な資料としても貴重な被爆建物ゆえ、ここでの展示には常にさまざまな制約が生じるのだが、今回は中央に大きな迷路のようなインスタレーションの作品を配置し、その迷路の壁を展示壁として思う存分活用するという、マイナス面をプラスに転じるような展示での工夫が窺えた。では、インスタレーション、映像、絵画、写真とジャンルも多岐にわたる、肝心の作品はどうかといえば、気になった作品はいくつかあったものの、多くの作品がまだ迷走の最中にある感が否めなかった。展示されていた作品からは、すでに見慣れてしまったテーマや内容が目についた。例えば、日常をテーマとして取り上げたり、素材に日用品を利用したもの、感覚や視覚の錯覚に訴えるもの、言葉に着目したもの、見えないものにかたちを付与し可視化したものなど。全体として、色とりどりといえば聞こえはいいが、結果的にバラバラさ加減が目立ち、いまいち締まりなく映ったのは、展覧会を貫くテーマやキーワードがなかったからであろう。吟味のうえでそうしたのかもしれないが、テーマの設定(設定すべきか否かの決定も含め)については、来年の課題になるだろう。
ところで、なかには明確に「ヒロシマ」をテーマとした作品ももちろんあったが、思いのほか少ないと感じた(三作品のみ)。どれだけの学生がこのテーマを取り上げるのか、少し意地の悪い見方から興味があったのだが……、つまり、これはある意味、頼りやすいテーマでもあるからである。しかも、広島で暮らす学生はみな、日常のさまざまなレベルにおいて「ヒロシマ」と触れている。その日々の接触が逆に、このテーマから彼らを遠ざける一因となってしまっているのだろうか? 慎重になりすぎて身構えてしまっているのか、はたまた興味がないのか、いずれにせよ、これほどまでに少ないとは意外であった。そのなかでも、折り紙があるという想像の下、目に見えない千羽鶴を延々と折り続ける手がアップで映し出された映像作品、沖中志帆の《Endless 0》に興味を持った。作品もさることながら、この場所で見せているということが面白い。というのも、実はこの旧日銀2階には、何万にもおよぶ折り鶴が保管、展示されている一室があるのだ。その実在するカラフルな折り鶴を意識してこの映像を展示しているのは明らかなのだが、見えない千羽鶴を折り続けるという鬼気迫る行為は、目に見える膨大な数の鶴にも増して、不思議となにかしら訴える力を持っているように見えた。「広島の育むアート」という展覧会サブタイトルをあまり深読みしてはならないのかもしれないが、広島/ヒロシマと真摯に向き合い思考することによって、いかなるテーマにも鋭く切り込み、なにに媚びるでもなく自分自身のスタイルでしっかり表現できるような気骨あるアーティストがここから育つことを期待している。
広島からもうひとつ。「こんなのやってるから行ってみたら?」と同僚に手渡された「カラコン(Color Contact)」と書かれたチラシ。地図を見ると会場は、「本通り」と呼ばれる広島市街の目抜き通りから一本裏に入った通称「裏袋(うらぶくろ)」に建つビルの1階。そこは、人ごみを避けたいときに私がよく使う、少しさびれた、でもおしゃれなお店も点々と立ち並ぶ通りである。いつオープンしたのかも全然知らなかったのだが、「ボーダレスなアートイベント」を開催していくスペースとのこと。10月から来年3月までの半年間は、障害者支援施設や障害者をサポートする人々と協力し、1カ月ごとにリレー形式で展覧会を開催するという。12月は、昨年度に当館で開催した「一人快芸術」展に参加していただいたアーティストも含む、福山六方学園の面々による展覧会「ナナイロ」である。かわいらしいディスプレイのおかげですぐに見つけることのできた会場に入るやいなや、カラフルな糸や絵の具を使った作品が目に飛び込んできた。壁面に展示されている作品だけでなく、グッズもたくさん置かれた空間は、たいへん盛りだくさんといった印象を受けた。このスペースは、オーナーが無償で貸してくれているとのこと。その理解と協力たるやなんと寛大なことか。全国の空きビル、空き部屋のオーナーさん、街中の一等地に建つビルの一室を空虚なデッド・スペースにしておくくらいなら、こうした文化活動の拠点として活用してみてはいかがでしょうか。
ヒロシマ・オー
カラコン(Color Contact)
学芸員レポート
ある特定の人々を魅了してやまない、そんなマニアにとってたまらない対象は世の中にたくさんある。今回、その対象として選ばれたのは「きのこ」。みなさんは「きのこ」と聞いてなにを思い出されるだろうか? まさにきのこがおいしい季節を迎える秋、「きのこアート研究所」なる架空のラボを立ち上げ、食からはひとまず離れ、その愛らしくまた毒々しくもあるきのこの形に着目した展覧会を当館にて開催中である。本研究所の所長は、写真ときのこ、すでにどちらが本業かわからなくなってしまっているほど、きのこに取り憑かれた飯沢耕太郎氏。そして、きのこを愛してやまない所員たち(=参加作家)の研究成果が見事に発表されている。不在がちな所長の部屋には、所長コレクションによる逸品がところせましと並ぶ。きのこをモチーフとした写真、版画、絵画、陶器のほか、書籍や雑貨など、とにかくきのこが増殖中。きのこのなかには一夜で姿を消してしまうものもあるとか。みなさん、旬を逃さず、ぜひご覧ください。