キュレーターズノート

太宰府天満宮アートプログラム:ライアン・ガンダー「You have my word」、「水・火・大地」展、淺井裕介公開制作

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2011年04月15日号

 ここ数年、梅の季節になると、太宰府天満宮へと足を伸ばすことが恒例になっている。目的はアートプログラム。境内の宝物殿を中心に行なわれる現代アートの展覧会で、今年で6度目となる。

 今年選出されたのはイギリス人アーティスト、ライアン・ガンダー。これまでの日比野克彦、長谷川純、春木麻衣子、小沢剛、鷹野隆大らを紹介してきたラインナップから考えると、初の海外アーティストという点で新しい展開が期待されるが、事実、今回のガンダー作品は、これまでのどの作家よりも「神道」というものの在り方自体に、もっとも率直にアプローチしていた。
 本展は、出品作8点がほぼ新作で、さらに素材も木や金属、石など多岐にわたると同時に、インスタレーションだけでなくワークショップや継続的なプロジェクトも含むという意欲的なものだった。そのなかでも例えば、1974年に天満宮から盗まれた刀のエピソードをモチーフにした《Consequence of evidence |証拠の帰着点─それは本当にあったんだよ─》や、ロダンの「考える人」が立ち去った後をイメージした彫刻《Everything is learned, VI|すべてわかった VI》は、ガンダーらしいひねりのあるウィットが効いているが、とりわけ印象的だったのは、浮殿に設置された《Really shiny stuff that doesn't mean anything |本当にキラキラするけれど何の意味もないもの》である。強力な磁石によって金属片を吸い寄せてつくられた巨大な球体。それは、毎年全国から700万人が参詣に訪れるという、太宰府という土地のエネルギー、そして信仰というものの本質を見事に表わしている。


左=ライアン・ガンダー《Consequence of evidence |証拠の帰着点 − それは本当にあったんだよ −》2011
右=同、《Everything is learned, VI|すべてわかった VI》2011
提供=太宰府天満宮

 それ以外にも、3月16日を天満宮の新たな記念日と定め、ポスターのコンペやキャラクターを設定した《The 'thinking' art enthusiast's national treasure|「考える」熱烈な美術愛好者のための国宝》といったプロジェクト型の作品や、太宰府天満宮幼稚園の園児とのワークショップで「大切なもの」をピクトグラム化したタイムカプセル型の木彫作品《Like the air that we breath|この空気のように》など、次代への継続性というこれまでになかった要素も取り入れられていた。
 太宰府からの帰路、個展のタイトルにもなっている《You have my word|あなたに誓おう》の質問をもう一度振り返ってみた。「神道に匂いや音があるとすれば、それはどんな感じですか?」。立ちこめる梅の香や太鼓の響きを思い出す。現代アートの展覧会に来て、改めて神道について考える。「目に見えないもの」について思いを巡らすこと。太宰府という場所には、人間を自然にそういう態度へと導く力が宿っている。


ライアン・ガンダー《Really shiny stuff that doesn't mean anything |本当にキラキラするけれど何の意味もないもの》2011
提供=太宰府天満宮

太宰府天満宮アートプログラム vol.6 ライアン・ガンダー展 'You have my word'

会期:2011年2月11日(金・祝)〜4月10日(日)
会場:太宰府天満宮宝物殿 企画展示室 および 境内
福岡県太宰府市宰府4-7-1/Tel. 092-922-8225

学芸員レポート

 太宰府に限らず、近年では俗に〈パワースポット〉とも称されるように、九州には自然と歴史に根差した霊的な力を持つ場所が多くある。熊本市現代美術館では九州新幹線の全線開業を記念して、熊本にゆかりのある〈水〉(ちなみに、熊本市の水道はすべて地下水100%のミネラルウォーター)、〈火〉(阿蘇・不知火)、〈大地〉をテーマとした展覧会「水・火・大地──創造の源を求めて」が開催されている。
 杉本博司、遠藤利克、千住博、蔡国強、リチャード・ロング、ディヴィッド・ナッシュ、アンディー・ゴールズワージーの作品が展示されるなかでの、目玉のひとつが淺井裕介による公開制作である。その土地の土を使い、その場でしか見ることのできない泥絵による壁画を描く淺井は、1月に雪の残る阿蘇や熊本城、4月に天草に土を採取に出かけ、熊本市内で汲んだ湧水を使って3.6×13.64mの壁面に取り組んでいる(公開制作は4月17日まで)。
 快晴の4月1日、筆者も天草での土の採取に同行した。天草の土を知り尽くした息峠窯(いこいとうげかま)の岡田氏の案内で、猪が掘り返した跡も生々しい山中に分け入っていくと、それまで持っていた山のイメージがガラリと変わり、新しい景色がそこから立ち現われてくるようだった。山を見るとき、これまではその植生など「上にあるもの」に目が行きがちであったが、木や植物の根の張り方、水の出具合、土の重なった〈かたまり〉として改めて山を見ると、ひとつ山筋が変わるごとに、粘土質、火山灰質、石灰質といった土の種類やキメ、含有物、色がドラマティックに変わっていく。樹々のざわつきと鳥のさえずりだけが響く山中で、土の層をたどる行為に時を忘れて夢中になっていると、里のほうから「おーい」と呼ぶ声がして、はたと我に返るのだった。
 「日本でこんなにいろいろな種類の土を探せたのは初めて」と淺井が言うほど、計7種の土をスムーズに採取することができ、美術館に戻った翌日から制作が始まったが、日に日に成長していく壁画に毎日新鮮な驚きと歓びを得ている。
 淺井の作品は、私たちの足元には、素朴ではあるがこれほど煌めきに満ちた宝が眠っていて、その恵みに寄りながら私たちは生を送っているということを教えてくれる。その一方で、ひと月前に東日本を襲った震災は、自然のもうひとつの狂気の姿であることも事実だ。これから、私たちは、豊かなる富として等しく所与されると同時に、多くのものをわれわれから奪取する。〈自然〉とどう折り合いをつけながら、再び日々の暮らしを営んでいくのか。この展覧会がその自然の多様な姿を、もう一度見つめ直すささやかな契機となれば幸いである。


左=1月雪の残る阿蘇で土を採取
右=会場内で公開制作中の淺井裕介(2011年4月17日まで)

水・火・大地──創造の源を求めて

会期:2011年4月9日(土)〜6月12日(日)
会場:熊本市現代美術館
熊本市上通町2番3号/Tel. 096-278-7500

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