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東京都庭園美術館リニューアル・レビュー

横手義洋

2014年12月15日号

 2014年11月22日、東京都庭園美術館がリニューアルオープンした。本館は前身である朝香宮邸になるべく忠実な復原や修復を果たし、新館は杉本博司監修により21世紀にふさわしい美術館建築として建て替えられた。結果として、戦前のアール・デコ邸宅のインテリアにますます磨きをかけた本館、美術館機能強化のために現代的な空間を出現させた新館、これまで以上に新旧施設のコントラストが強調された格好だ。


東京都庭園美術館 本館


 新装開館記念展として、本館および新館のギャラリー2で「アーキテクツ/1933/Shirokane アール・デコ建築をみる」展、新館のギャラリー1および本館で「内藤礼 信の感情」展が行なわれている。前者は本館の創建時、そして修復や復原に関わった技術者たちにフォーカスした建築展、後者はホワイトキューブの空間を活かした現代アーティスト展だ。なお本館では、アール・デコのインテリアはもちろんだが、そこにさりげなく置かれている内藤礼作品にもぜひ目を留めておきたい。また一味違った新旧のコラボレーションがある。


内藤礼 Rei Naito
ひと human
2014 木にアクリル絵の具 acrylic on wood
Photo: Naoya Hatakeyama


 私はこれまで何度も庭園美術館に足を運んできたが、今回一番印象に残ったのは、本館1階の室内の明るさだ。通常は展示作品保護のために、分厚いカーテンによって外光は遮断される。しかし、今回は修復された本館のインテリアが主役だから、カーテンは全開、南側にはテラスと庭園、北側にもプール付きの中庭を望むことができた。とくに大客室のエッチングガラス、大食堂を飾るシルバー調の壁面レリーフ、照明のガラス装飾は、外光を受けて独特の光沢を放っていたが、あらためてアール・デコの煌めきは光あってこそ、と思わずにはいられなかった。
 とはいえ、明るい室内がいつでも見られるわけではない。美術館である以上、外光から美術品を保護するのは当然の責務である。展示計画上、室内には仕切り壁が立てられ、インテリアが目隠しされることも多々ある。このように、アール・デコの室内自体を魅力的に見せることと、それが展示室として役目を果たすことは両立しにくい。だからこそ、両者が並び立つことがあれば最高である。今後、企画内容や作品次第で、部分的にでも外光が取り入れられ、煌めくアール・デコのインテリアが展示作品とうまいコラボレーションを果たすようであれば、ぜひ期待したい。
 貴重な邸宅遺産でありながら展示作品の管理も行なわなければならない、いわば二律背反の要求は、朝香宮邸の来歴に見て取ることができる。日仏合作のアール・デコ邸宅として竣工したのが1933年、しかし、戦後に朝香宮の皇籍離脱とともに宮邸の機能は失われた。その後、西武鉄道株式会社所有のもと迎賓施設として使われたが、1981年に東京都の所有となり、1983年より美術館として公開されるようになった。東京都指定の文化財となったのが1993年。これを機に宮邸時代への復原が強く意識されることになった。以降は、美術館として空調や湿度コントロールに最大限配慮しながらも、オリジナルの邸宅の風情を取り戻す努力が少しずつ重ねられてきた。
 物質は時とともに劣化を免れない。したがって、本館が創建時の意匠に近づいたと言っても、まったく創建時の状態に戻ったわけではない。厳密に言って、それは無理だ。失われた部分はつくり直すしかないし、使用に耐えない部分があれば取り替えるしかない。時代の要請、法規や用途によっても、建物にはさまざまな改変が加えられる。文化財であってもその事実は基本的に変わらない。本館の修復方針は、朝香宮邸時代への復原を基本としたわけだが、われわれは、この建物がこれまで80年間活用され続けてきた事実、物質が永遠にそのままではいられない宿命に思いを馳せ、建物の更新過程、修繕の履歴にも注意を向けるべきだろう。
 新館のギャラリー2では外壁のリシン掻き落とし作業の記録映像が流れていたが、ここには本館の復原が、見た目にあきらかな形態や意匠のみならず、そのプロセス、すなわち、建設技法にまでこだわって行なわれたことが見て取れる。ラジエーターカバー、門扉、香水塔、壁紙等の復原に関しても、たんに結果だけを眺めるのではなく、その作業自体に技術者たちの労苦を感じ取りたいところだ。私の勘違いでなければ、本館2階北側ベランダ床の布目タイルもこれまではカーペットが敷かれ、見ることができなかったように思う。こうした諸室の見どころは展覧会配布資料にも丁寧にガイドされているので参照されたい。
 リニューアル前に本館奥にあった新館は、西武鉄道所有時代の1963年に増築された部分だったが、今回これを取り壊し、あらたな新館が誕生した。新館建て替えの理由として既存建物の耐震強度が取り沙汰されるが、そもそも新館の存在理由が本館のバックアップにあることを思えば、美術館として、より抜本的な機能増強が望まれたのではないだろうか。実際、本館を合わせた全体の展示スペースは大幅に増えたし、本館では果たし得ない展示機能を新館が担うことにもなった。ホワイトキューブの展示空間は、庭園美術館の企画ヴァリエーションをこれまで以上に拡大させ、映像や音楽を駆使したパフォーミング・アーツにも対応する。
 久米設計による今回の新館は、鉄骨フレームにより庭側に開放的なガラス面を出現させている。その透明感だけ見れば現代建築の真骨頂と言えるが、テラスはたんに全面開放されるだけでなく、列柱によって切り分けられている。この柱のピッチは、とくに庭側から眺めた際、本館のテラスに調子を合わせているように見える。また、PCコンクリートによるヴォールト天井も、本館のアーチ開口部を彷彿とさせる。外壁パネルのクリーム色は、あきらかに本館外壁への同調である。


東京都庭園美術館 新館


 冒頭に、新館は本館との対比関係にあると言ったが、新館の現代性はあくまでも本館の存在を前提に考案されている。こうした新旧の共演において、新館のアプローチに据えられたガラス壁は、杉本博司氏こだわりの一品と聞く。微妙に波打つガラス面は小雨が水面を打つようでもあるが、そのパターンは均質にして幾何学的である。勘の良い人であれば、こうした細かい現代的造作までも、本館入口のルネ・ラリック作品との応答関係において創出されていることに気づくだろう。新旧共演はなかなかに緻密である。
 新館の機能強化として、2階に新設された収蔵庫の存在も見逃せないだろう。収蔵庫は展示運営上欠かすことのできないバックヤードとなる。また、これができたことと直接関係するのか定かではないが、これまで来館者が立ち入れなかった本館北側の諸室群が「ウェルカムルーム」という展覧会を補足する情報コーナーとして新設されている。アール・デコの模型や建材に触れるインタラクティブな体験コーナー、電子端末の設置等、最新の美術館ができるすべてのことが今回のリニューアルで導入された。
 庭園美術館は、東京都の美術館としてようやく30年を過ぎたところである。美術館としての歴史は意外に短い。しかし、今回のリニューアルは、その道程できわめて大きな節目にあたる。建築物として、美術館として、文化発信の拠点として、これから何十年もの歴史を重ねるにあたり、確実に新しく、そして大きな一歩を踏み出したわけだ。その意気込みのほど、リニューアルされた美術館の端々に感じとっていただきたい。

東京都庭園美術館(2014年11月22日リニューアルオープン)

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