2017年05月15日号
次回6月1日更新予定

トピックス

アートから生まれる社会:
九州大学ソーシャルアートラボ「FUKUOKA×YAME REMIX」を探る

中村美亜(九州大学ソーシャルアートラボ)/長津結一郎(九州大学ソーシャルアートラボ)/artscape編集部2017年02月01日号

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 「“面白い”を形にし、“豊かさ”を見える化する」をモットーに、九州大学大学院芸術工学研究院に学際的教育研究機関として設置されたソーシャルアートラボ(SAL)。2016年度には、大学のある福岡市と福岡県の南西部に位置する八女市をつなぐ「FUKUOKA×YAME REMIX」を実施し、二つのアートプロジェクトを展開している。ひとつは昨年10月に行なわれたアートバスツアー「里山を編む~天神・奥八女バスの旅~」、それに続く第2弾は、2月4日(土)〜12日(日)に開催されるアートウィーク「八女の大名茶会」。二つのプロジェクトは、学生および社会人対象のアートマネジメント人材育成プログラムとしても開講されているという。「里山を編む~天神・奥八女バスの旅~」のレポートと、ソーシャルアートラボ 副ラボ長の中村美亜准教授とコアメンバーの長津結一郎助教へのインタビューとで、SALのヴィジョンと実践について紹介する。(artscape編集部)

レポート:アートバスツアー「里山を編む~天神・奥八女バスの旅〜」

 九州大学ソーシャルアートラボ(SAL)の「FUKUOKA×YAME REMIX」の第1弾として、日帰りアートバスツアー「里山を編む~天神・奥八女バスの旅〜」が2016年10月15日〜16日に開催された。
 「バスの座席に座ったその時から、アートの旅は始まります」SALの企画運営メンバーである中村美亜准教授の挨拶とともに、バスは福岡・天神から出発。演出家の五味伸之氏のナビゲーションのもと、民謡「八女茶山唄」やお茶をもむ機械の音を聴きながら八女市黒木町笠原地区へ。2時間もすると目の前には里山の景色が広がる。訪ねたことのない場所にもかかわらず、不思議な懐かしさに包まれる。ツアーは笠原地区の文化、風土、産業などに触れる体験と、土地との関わりから生まれたアーティストの作品と向きあう体験とを行き来する。旅のキーワードは、「routes(経路)」だ。参加者は、各々の場所で体験した物事をつなぎ、編み始める。


旭座人形芝居会館

 昭和30年に福岡県無形民俗文化財に指定された「旭座人形芝居」は地域住民の家族で継承されている。年に一度の一大行事である本公演に向けて準備中の旭座人形芝居会館で、ツアー参加者は人形使いの方々の手ほどきを受けながら思い思いに人形を動かす。地域の伝統文化を体験し、「伝承」という言葉の意味を考えながら次なる目的地へ向かう。



撮影:富永亜紀子

棚田

 目の前に広がる棚田。人の手で積み上げられた石垣に、2012年の水害後に復旧された白いコンクリートや白い山肌も混じる。笠原のお茶をいただきながら、笠原で長年活動されているNPO法人山村塾事務局長の小森耕太氏より、棚田や茶畑への思いを伺う。茶葉を育てる農家の「10年前の土と私たちは付き合っているんです」という言葉に、10年後の笠原を想像してみる。


撮影:富永亜紀子

きのこ村キャンプ場:ジェームズ・ジャック「八つの土のレイヤー」

 水害により現在も閉鎖されている「きのこ村キャンプ場」。点在するキャンプ小屋に入ると天井のスピーカーから女性の声が聴こえてくる。アメリカ出身のアーティスト、ジェームズ・ジャック氏によるインスタレーション「八つの土のレイヤー」は福岡在住の4人と八女在住の4人のインタビューで構成されている。窓の外の豊かな緑を背景に、それら8人の女性のライフストーリーが語られる。会話が進むにつれ、それぞれの土地の記憶が重なり合う。


撮影:富永亜紀子

お茶の里記念館

 800年の歴史を持つ八女茶発祥の地、霊巌寺のふもとにある「お茶の里記念館」は地域の拠点として活用されている。笠原の棚田米をはじめ、だご汁、山菜の煮物など、地元の方たちによる手料理が振る舞われる。笠原の特産品をお土産に、最後の目的地へ。


撮影:富永亜紀子

旧笠原小学校体育館:牛島光太郎「届かなかった光の範囲」

 体育館に入ると、天井からは吊り下げられた楽器や衣服、日用品が光に包まれて浮遊している。床に綴られたメッセージはたくさんの光に照らされ、一本の道のようだ。「この作品をつくるために、可能な限り笠原に通いました」と語るのは、八女出身のアーティスト牛島光太郎氏。小学校で使われていたモノや、使わなくなった地域のモノに光をあてたインスタレーションだ。様変わりした小学校の体育館で、参加者は無言で作品を前にしている。日もすっかり落ちた時間帯に仕掛けられた、光と時を感じさせる作品だった。


撮影:富永亜紀子

 ツアーを企画したスタッフは、「すでにその場所にあるものに外から持って来たものを掛け合わせることで、今までは異なる光景を作り出すことを「編集」と呼んでいます」と語る。約7時間の旅は、「routes(経路)」で体験した事柄一つひとつが結ばれて線となり、参加者それぞれの記憶や五感とともにストーリーを編集していく、まさに「里山を編む」時間となったのではないかと思う。



インタビュー:ソーシャルアートラボが目指すもの


──「ソーシャルアート」という言葉はあまり聞き慣れないのですが、どんな意味があるのでしょうか?


中村:ひとことで言うなら、「社会的な課題にコミットするアート」ということです。ここで言うアートとは美術・音楽・舞踊などの既存の芸術だけでなく、さまざまなコミュニケーションを生み出す「こと」や「もの」なども含めた広義のものです。英語の「socially engaged art」が近い言葉ではあります。政治的な側面を意識しつつも、人と人との関係性を編み直すことに力点を置くという、独自の捉え方をしています。
 社会(ソーシャル)とは人間が共同体として生きていくための枠組みで、社会制度や文化として存在する一方、個人と個人との関係性でもあります。決して片方だけでは成り立ちません。社会的な仕組みと個人的な関係の両方に揺さぶりをかけることが「ソーシャルアート」の役割だと考えています。アートはすべて社会的なものだと思いますが、意識的に社会的な課題にコミットするものを、敢えて「ソーシャルアート」と呼ぶことにしました。
 アートは個人の表現活動と思われがちです。しかし、突き詰めると知覚を通した感性的コミュニケーションを生み出すものです。自分の過去の経験を呼び起こしながら、他者との共感を見つけ出していく。また、見たり聴いたりという共同作業を通じて、共有の感覚をもつ仲間を作っていく。過去と未来を仲介するものとしてアートは重要な役割を演じると考えています。


長津:10月のアートバスツアーでは、複合的で新しい関係性を作り出すことを目指しました。つまり、単にアートを体験する場を提供するだけではなく、参加した人たちが主体的に見たり聴いたり会話したりする仕掛けをデザインするように試みました。


──SALはどのような経緯で設立されたのでしょうか?


中村: SALは2015年4月にできたのですが、その前身としてホールマネジメントエンジニア育成ユニットというのがありました。私が九州大学に赴任する前のことです。そこでは、劇場や音楽堂などの運営を担うホールマネジメントエンジニア(HME)、すなわち、芸術・工学・マネジメントの知識やスキルを合わせもつ人材の養成が目的とされていました。いわゆる「ハコモノ」を有効に活用できる文化振興人材を育てようということです。その発展形として、他の芸術分野や環境デザイン分野などの教員も加わり、ソーシャルアートラボ(SAL)ができました。SALは、既成の文化芸術の振興にとどまらず、解決困難な社会的課題に「アート」の視点を重視しながら、これまでとは違った方法でアプローチする研究・教育・実践・提言機関となることを目指しています。アートマネジメント人材育成プログラムは、SALの教育活動の一環という位置づけです。


──プログラムは具体的にはどんな内容なのでしょうか?


中村:SALでは、2015年度から文化庁の「大学を活用した文化芸術推進事業」の採択を受けて、アートマネジメント人材の育成に取り組んでいます。私たちは、とくに「地域との協働」をテーマに、非都市型のアートマネジメントのあり方を模索しています。2016年度は、レクチャーとワークショップからなる「基礎コース」、実際にアートプロジェクトの企画運営に関わる「実践コース」、そして人的交流と活動連携を目的とした「ソーシャルアートカフェ」の3つで構成しました。「基礎コース」では、地域と深く関わるアートプロジェクトを実践しているゲストから、これまでの取り組み事例を多角的に学びました。今年度は「編集」がテーマだったので、編集やデザインの専門家の話も聞きました。「実践コース」は、アーティストと一緒に実際のプロジェクトを行なうという、文字通り「実践的」な内容となっています。「ソーシャルアートカフェ」というのは、ユニークな活動を展開しているゲストを招いて開催する、カジュアルなトークイベントのシリーズです。



左:「ソーシャルアートカフェ」実施風景 右:「基礎コース」授業風景


 これらに加え、今年度は、地元のFM局(ラブエフエム国際放送)と提携し、ラジオ番組のコーナーを共同制作しました。人気番組「月下虫音(げっかちゅうね)」の中の「かもしとーと?〜ソーシャルアートで地域を発酵」というコーナーです。アーカイブがこちらにあるので、ぜひ聴いてみてください。



LOVE FM x SOCIAL ART LAB RADIO ARCHIVES http://www.sal.design.kyushu-u.ac.jp/radio_archives/

──人材育成プログラムには、どんな方が参加されているのでしょうか?


長津:これまで受講された方は、アートマネジメントや地域づくりの分野で活躍されている方や、その分野に関心のある方が多いです。アートマネジメントの専門的な職に就きたいというモチベーションだけでなく、ご自身が現在関わっている仕事やプロジェクトにおいてスキルアップや取り組みの幅を広げること、ネットワークを広げることも目的に受講されている方が多いと思います。



「実践コース」授業風景

──10月のアートバスツアー「里山を編む〜天神・奥八女バスの旅〜」に参加された方からは、どのような反応がありましたか?

長津:この「旅」は、企画段階から3人のアーティスト(牛島光太郎氏、五味伸之氏、ジェームズ・ジャック氏)に参加してもらい、受講生とともに、地域の方々も交え、時間をかけてプログラムを作りました。福岡の都心、天神を出発し、奥八女を廻って再び天神に戻るまでの約7時間が、都市と地方との関係や、アートと地域の関係について考える体験、というコンセプトでした。参加された方からは、純粋に楽しい体験だった、新しいアートの形式・体験方法だった、など多くの好評価をいただきました。一方で、誰のためのツアーなのか、参加者への事前情報は十分だったのか、ツアーという形式が正しかったのか、などのご意見を残された方もいらっしゃいました。ただ、そのような評価やご意見、運営上の反省点も含め、とても貴重な経験だったと思っています。参加した3名のアーティストも、これまでに経験のない表現の試行であったにも関わらず、彼らとしての成果を得た「旅」だったとの感想をいただいています。また、行政関係者や地域にお住まいの方、地域活動を行っている方などからも、来年もこのようなイベントを実施したいという話や、次回はもっと主体的に関わっていきたいという要望が出ており、非常に嬉しく思っています。


──地域とアートの関係を考えるとき、地域の側は果たしてアートを求めているのでしょうか? 課題はどんなところにあるとお考えですか?


中村:アートが芸術作品という「もの」(成果物)だけを意味するのであるならば、地域から求められているとは言えないかもしれません。ただしアートが人間関係に変化をもたらすもの、社会を活性化させるきっかけを作るものと捉えるのであれば、それは地域から求められているものだと思います。疲弊した地域が新しいソーシャル・キャピタル(社会関係資本)やイノベーションを必要としているのは確かなので、それを生み出すきっかけとしてアートは重要な役割を果たし得ると思います。しかし、地域との関係性をうまく構築するには、やはり相当な時間と労力がかかります。


長津:今後こうした活動を継続し広げていくために何よりも重要なのは、地域の方々がいかに「自分ごと」として捉えることができるかだと思います。そのために大学が持つことのできる役割があるとしたら、今回の実践から普遍的な価値や方法をどのように導けるかを考え、モデル化を検討することです。またこのようなプロジェクトは、実施してきたことをどうアーカイブしていくかも重要な課題です。


──今後のSALの展開や具体的なイベントについて教えてください。


「FUKUOKA×YAME REMIX」として、昨年10月に開催したアートバスツアー「里山を編む~天神・奥八女バスの旅」に続き、この2月にはアートウィーク「八女の大名茶会」を福岡市内で開催します。前者は福岡市の人々が八女(地域)に行くというプログラムでしたが、後者は反対に福岡市内(都市)の日常の中で「地域」を如何に表現・体験出来るのかという試行です。多くの人に参加・体験して頂きたいと思います。
 その後、3月には今年度の活動のレビューを行い、それらを踏まえ次年度の活動につなげていく予定です。


里山を編む~天神・奥八女バスの旅~

会期:2016年10月15日(土)〜10月16日(日)
イベント企画・制作:九州大学ソーシャルアートラボ
会場:福岡・天神〜八女市黒木町笠原
九州大学ソーシャルアートラボ/Tel.092-553-4552/Email. sal@design.kyushu-u.ac.jp

八女の大名茶会

会期:2017年2月4日(土)〜2月12日(日)
□松楠居の茶三昧
会期:2月10 日(金)〜12 日(日)
会場:松楠居(福岡市中央区大名2丁目1-16)
ディレクション:藤枝守
インスタレーション「松楠居を結ぶ」:武内貴子
空間展示協力:平野蘭
櫨蝋燭(はぜろうそく):牛島智子
出演・ゲスト:上原美奈子、牛島智子、太田垣みどり、小森耕太、須藤美香、砂原悟、寺田蝶美、徳淵卓、中川佳代子、長澤宏美、濱田理恵、原島政司、山口真也、渡辺融、福岡ガムラン倶楽部「LOU」

□縁側のながれ
会期:2月4日(土)〜2月12日(日)
   12:00〜18:30(土・日)、14:00〜19:30(平日)
会場:エンジョイスペース大名(福岡市中央区大名1丁目14-20)
ディレクション:ジェームズ・ジャック
企画特別協力:大田こぞう
制作:「地域づくりとアート」実践プログラム受講生
出演・ゲスト:大橋鉄雄、MASUO、伊藤有紀、渡邊瑠璃ほか

□庭先の照花
会期:2月6日(月)〜 11日( 土)
会場:八女本舗(福岡市中央区渡辺通5丁目23-8)
制作:九州大学ホールマネジメントエンジニア(HME)育成プログラム受講生
制作協力:MASUO

主催:九州大学大学院芸術工学研究院ソーシャルアートラボ
共催:公益財団法人 福岡市文化芸術振興財団
後援:福岡県、福岡市、八女市、日本アートマネジメント学会九州部会
協力:ラブエフエム国際放送株式会社、八女市商工観光課
   八女本舗運営協議会、NPO法人山村塾、春々堂
助成:平成28年度文化庁「大学を活用した文化芸術推進事業」
問い合わせ:九州大学ソーシャルアートラボ/Tel.092-553-4552/Email. sal@design.kyushu-u.ac.jp

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中村美亜

九州大学大学院芸術工学研究院准教授。専門は芸術社会学。エンパワメントや社会環境の変容を促すアート実践の研究を行なっている。東京藝術大学卒業後...

長津結一郎

九州大学大学院芸術工学研究院助教。専門はアートマネジメント、芸術と社会包摂。学術博士(東京藝術大学)。障害者の表現活動を主たる研究対象とし、...

artscape編集部

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