2017年08月01日号
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[PR]美術鑑賞は人を幸せにできるのか?:フィンランド国立アテネウム美術館×DNP ミュージアムラボ シンポジウム レポート 前編

白坂ゆり(美術ライター)2017年04月01日号

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 世界の目まぐるしい変化に戸惑い、立ちゆかないときに、美しいものを見て救われた経験はないだろうか。
 多様な芸術文化に親しむ方法を、国内外のミュージアムとのコラボレーションを通じて開発してきたDNP大日本印刷の文化活動「DNP ミュージアムラボ」が、フィンランドの国立美術館「アテネウム美術館」とともに新プロジェクトを開始する。「幸せになる美術鑑賞」をテーマに、脳科学的な検証に基づく美術鑑賞プログラムを開発するというのだ。
 そのキックオフとして、2016年11月2日、東京のDNP五反田ビルで、アテネウム美術館館長をはじめ多彩なゲストを招いてシンポジウム「ミュージアムの幸せ効果―美術鑑賞の可能性から考える―」が開催された。そこで語られた内容を前後編に分けて報告したい。


フィンランド国立アテネウム美術館
Kaisa Salmi: Eeden IV, 2009
Photo: Finnish National Gallery / Henri Tuomi


 DNP ミュージアムラボとアテネウム美術館とのコラボレーションは、2015年〜16年に日本を巡回したフィンランドの国民的画家を紹介する展覧会「ヘレン・シャルフベック 魂のまなざし」(2015年6月2日〜7月26日、東京藝術大学大学美術館/8月6日〜10月12日、宮城県美術館/10月30日〜2016年1月3日、奥田元宋・小由女美術館/1月10日〜3月27日、神奈川県立近代美術館・葉山)に端を発する。同展でDNP ミュージアムラボが開発した鑑賞補助システムが、作品をより理解するためのツールとして導入された。この鑑賞システムは、展覧会終了後、アテネウム美術館の常設展示室に移設され、2016年3月には、ヘルシンキで、常設展示室のリニューアルオープンを記念するシンポジウムを開催。
 今回のシンポジウムは、そこで語られた「美術鑑賞と幸福度」というテーマをより深め、日本の事例も交えて語り合うために開催された。

 本稿前編では、アテネウム美術館館長スザンナ・ペッテルソン氏が語った、美術館の役割の変化と展望についての講演を皮切りに、同美術館のパブリックプログラム担当サトゥ・イトコネン氏と、岐阜県現代陶芸美術館学芸員・山口敦子氏の講演から、コレクションと観客を結びつけるフィンランドと日本それぞれのプログラムの実例を紹介する。

美術館は来館者のためにある

「美術館と未来」
スザンナ・ペッテルソン(フィンランド国立アテネウム美術館館長)


 ヘルシンキの中心街に位置するアテネウム美術館は、1887年に開館し、フィンランド最大のコレクションを所蔵する国立美術館だ。なかでも、神話や自然をモチーフとしてスオミ(フィンランド)の精神を込めた風景画は、かつてのスウェーデンやロシアの圧政からの独立の象徴として、国民に親しまれている。
「美術館とは“記憶”の集まり。人々の役に立つように、文化遺産を収集・研究し、展示を行なう施設であり、観客を念頭に置いて活動しなければなりません。近年では、美術館の役割が問い直されるようになり、なぜ、何を、誰のために、どうやって行なうか、常に再考を迫られている」と語る。
 例えば、美術館が資金を受けることを当然と考え、美術館同士の競争もなかった90年代までに比べ、2000年代には経済情勢が厳しくなり、各館がブランド戦略を立ててビジネスモデルを考案するようになった。美術館の仕事が多面的になり、人文系の人間が中心だった組織に、より広範な分野の専門家が加わり、外部の研究機関との連携も積極的に行なわれているという。
 また、「インターネットやSNSなどによって世界の動きが加速し、地域間の距離も縮まるなか、アートマーケットが巨大化し、多くのビジネスチャンスも生まれている。そのなかで、地域、地方、国際レベルにおける美術館はどうあるべきか。常に来館者を中心に置いて、コレクションを集め、展示し、研究し、自らの知識・専門能力を高めていくことが必要とされている」と続けた。
 近年では、コレクションを世界の美術館で共有するという新しい考え方が生まれている。美術館の未来像はどんな姿であろうか。「美術館を、さまざまな体験の“母船”として位置付け、館内を中心にオンラインまたはどこか別の場所で体験することもできるでしょう」。どのようなコミュニケーションを通じて作品を伝えるか、展示方法の工夫や参加型プログラムなど挑戦が続く。
 美術館を変革する一方で、「人間が、芸術作品という独創性あふれた神聖なオブジェクトとの出会いを必要としていることは今後も変わらない」と強調。感性的な体験や知識の構築の場として、美術館に多くの人々がアクセスできるよう、今後もあらゆるルートを開発していくという。DNPミュージアムラボとのコラボレーションもそのひとつなのだ。


スザンナ・ペッテルソン氏

観客の希望に応える鑑賞プログラム

「美術館の新しい学び」
サトゥ・イトコネン(フィンランド国立アテネウム美術館パブリックプログラム担当)


 「美術館は、安全で近づきやすく、すべての年齢層を受け入れ、人と人との触れ合いを奨励し、楽しい経験ができる場所。現代的な学習環境といえます」と語るのは、パブリックプログラム担当のサトゥ・イトコネン氏。館長の講演を受け、アテネウム美術館ではどのような学習プログラムが行なわれているのか、観客のニーズに合わせた最近の動向が紹介された。
「まず、ひとりで静かに鑑賞したい観客には、作品に関するテキストを読みたいという要望に応え、パンフレット、図録、オンラインテキストなどさまざまな形で用意します。その際、鑑賞者に自分の考えをめぐらせてもらうために、一学芸員が書いたテキストであるというスタンスで、誰が書いたのか署名を入れて明示しています」。
 また、聞くことを好む観客にはガイドツアーやオーディオガイドを用意。ガイドツアーでは、VTS(ビジュアル・シンキング・ストラテジー)などの手法を用いて、鑑賞者同士が一緒に話せるようにしている。「ひとつの真実があるのではなく、自分はこう思うと議論しあうことが重要です」と語る。
 さらに、体験や参加を望む観客には、毎週土曜日にワークショップを開催。8割の人が、実際に体験することで記憶に定着するのだという。

 また、ジェンダーについてなど、社会問題を議論するイベントも開催。美術館には、さまざまな人が立場を越えて集まりやすい。美術館にとっても、新しい来館者を招き入れるきっかけとなった。



左:毎週土曜日に開催されるワークショップ風景
Free pop-up Saturday workshop of Ateneum Art Museum / Finnish National Gallery. Photo: Erica Othman / Ateneum Art Museum / Finnish National Gallery.
右:「ジェンダー」をテーマにしたシンポジウム風景(アテネウム美術館)
Panel discussion about gender and arts in Ateneum Art Museum / Finnish National Gallery in June 2016, National Pride Week. Photo: Satu Itkonen / Ateneum.


 さらに、美術が必ずしも言葉に頼らないことに着目し、認知症患者を対象としたプロジェクトを進めている。「美術から受けるさまざまなイメージや知覚・感覚を使ってコミュニケーションできるようにすることで、会話をしなくなった高齢者もさまざまな世代と集い、互いに学び合えることを目標としています」。
 もうひとつの学習方法としてオンラインでのプロジェクトも進めている。言葉だけに頼らないデジタル・ツールは高齢者でも気軽に利用できる。最初は躊躇していた人も、タッチしてみることで徐々に表情も和らいでいくという。作品世界を体感するなかで、新しい扉が開かれる。


「ヘレン・シャルフベック展」の作品解説を楽しむ人々(アテネウム美術館)
Finnish ladies by "At Home" application (Helene Schjerfbeck´s sketches, co-operation of DNP and Ateneum) in November 2016. Photo: Jenni Nurminen / Finnish National Gallery.


 「美術館に足を運べなくなった年配者を、美術館に近づきやすくするにはどうしたらいいか。また、フィンランドでも若い世代の来館者は少なく、どのようにして彼らを誘い込めるかがこれからの課題です。また、芸術は、性的・知的・社会的・文化的な違いを越えて人々や生活をつなぐことができる。多様な人々を受け入れる、真のダイバーシティを実現できるかという挑戦でもあります」。
 それらを実現するために、大切な価値観は3つ。まずは、観客のために、学芸員だけでなく、警備員などまで取り込み、スタッフ全員で体験する機会を一緒につくりだす「一体感」。全員が参加し、参加者の声を聞き、一緒に楽しむ。二つめは、参加型プログラムなどを通じて得られる「開放感」。周囲の社会に手を差し伸べるプロジェクトやディスカッションも展開する。またオンライン上のコレクションのデータベースなど情報公開も整備する。3つめは、最高の質や意味のある内容を提供する「プロ意識」。歴史を尊重しながら、古典にはひねりを効かせ、現代に合わせた解釈を提供していく。
 美術を媒介として、異なる意見をもつ人々が語り合う。それは、家庭や職場など生活の場面にも活きる。これは幸福につながるトレーニングにもなりそうだ。


サトゥ・イトコネン氏

コレクション目当ての観客を増やすために

「美術館とコレクション」
山口敦子(岐阜県現代陶芸美術館学芸員)


 古田織部ゆかりの地で、現在も窯業が盛んであり、陶芸家も多く活動する岐阜県多治見市に2002年にオープンした岐阜県現代陶芸美術館。日本では明治以降、西洋ではアール・ヌーヴォー以降の近現代の工芸を収集。世界的レベルのやきものをコレクションし、発信する役割を担っている。
 「日本では企画展が人気で、常設のコレクションを見るために美術館に足を運ぶ習慣がほとんどありません。そのため、収蔵品を核とした企画展を、全国の美術館と共同開催して認知させたり、やきものを専門としていない現代作家の作品展示やワークショップを通じてコレクションの見方を広げたり工夫をしています」と語る山口敦子氏。
 毎週日曜日には、ギャラリートークを開催。「観客の多くは、時代背景などのストーリー性を好み、次にどのようにつくられたか技法を知りたがります。目の前の作品と向き合ってもらうために、質感や重量など、見ただけではわからない情報を言葉で伝えることを重視しています」。


ギャラリートーク風景(岐阜県現代陶芸美術館)


 また、「親子観賞会」では、子どもが好きな作品を選び、親に言葉で説明・表現するプログラムを行なっている。「親もまた子どもの意図を読み取ろうとすることで対話が生まれます」。

 ワークシートを用いて各自で鑑賞するプログラムもある。ギリシャ神話に詳しく、作品から派生して『エヴァンゲリオン』の話で盛り上がったという小学4年生の男子は、また山口さんに会いに美術館にやってくるだろう。また、作品から発想して和菓子をつくり、お茶会を楽しむワークショップなど、作陶ややきものに触れる機会もつくっている。いずれも至福の時間だ。


山口敦子氏


 美術館の規模や予算が異なるこれら2つの美術館を、日本とフィンランドの代表例として一概に比較することはできない。日本で既に行なわれているフィンランドの事例もあったが、キュレーターとエデュケーターの連携が少ない日本の美術館では、現状を変えることが責務だとも思われた。
 次回後編では、慶應義塾大学准教授 川畑英明氏による、美術鑑賞と脳の働きについての研究報告、東北福祉大学准教授 大塩泰造氏による臨床美術の現場での実例などを紹介する。美術鑑賞は人を幸福にするのか、科学的な側面からの検証をレポートしたい。


★──ニューヨーク近代美術館が鑑賞者向けに開発した教育プログラム。鑑賞者どうしのグループディスカッションを通じて、観察力、批判的思考力、コミュニケーション能力を育成する。美術の分野のみならず、ほかの学力、社会的なスキルも向上するという研究成果もあり、現在では全世界の美術館、教育機関で試みられている。

フィンランド国立アテネウム美術館 × DNP ミュージアムラボ シンポジウム
「ミュージアムの幸せ効果―美術鑑賞の可能性から考える―」

日時:2016年11月2日(水)14:00〜17:30
会場:DNP五反田ビル 1Fホール
登壇者:スサンナ・ペッテルソン(アテネウム美術館館長)、サトゥ・イトコネン(アテネウム美術館パブリックプログラム担当)、山口敦子(岐阜県現代陶芸美術館学芸員)、川畑秀明(慶應義塾大学准教授)、大城泰造(東北福祉大学准教授)、田中美苗(大日本印刷株式会社)

DNP ミュージアムラボ

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白坂ゆり

『ぴあ』編集部を経て、アートライター。『美術手帖』『マリソル』『SPUR』などに執筆。共著に『別冊太陽 ディック・ブルーナ』(平凡社、201...

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