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【PR】コレクション展への挑戦──
「森村泰昌のあそぶ美術史 ─ほんきであそぶとせかいはかわる─」展

森村泰昌(美術家)/坂口千秋(アートライター)

2020年03月15日号

富山県美術館(TAD)は富山県立近代美術館から名称をあらたにし、2017年に全面開館。それ以降として、初めての大規模なコレクションを活用した企画展を現在、開催中である。アーティスト森村泰昌氏をゲストキュレーターに迎え、独自のテーマをもとにコレクションから作品を選び、見せ方にもアイディアを凝らしている。「一般来場者にもっとコレクションに親しみを感じてもらいたい」という美術館の担当学芸員のリクエストに応えた展示は、あそびごころ満載の美術の新しい見方を教えてくれる。展覧会オープン当日、森村氏にお話をうかがった。(artscape編集部)


展覧会場入り口

──森村さんが今回、TADのコレクションの展覧会をキュレーションすることになったいきさつについて教えてください。

森村泰昌(以下、森村)──現在のTADがまだ建設中の2016年に講演会に呼んでいただいて、その時、ゲストキュレーターとして美術館のコレクションを使った展覧会を企画してほしいという提案をいただきました。私は作品をつくる人間ですが、展覧会企画にも大変興味があるものですから、面白そうだなと思ってお引き受けしたんです。

それで2017年の開館後に改めて訪れて、何をしようかなと建物をずっと見て歩いたんです。その時に印象的だったのが、この美術館の屋上でした。屋上が遊具のある公園になっていて、子どもからお年寄りまで、いろんな人がそこで楽しんでいました。美術館の中も、他館に比べて子どもが多い。そこで、ふと思い浮かんだのが「あそぶ」という言葉でした。実は僕は、これまで美術のテーマで「あそぶ」という言葉をあえて使わないようにしていたんです。「美術館は敷居が高いので、みんなが遊ぶ感覚で美術と出会えるような場をつくってもらえませんか」といったようなワークショップのお誘いなども、全部断ってきたんです。

──それはどうしてですか?



美術館の屋上庭園「オノマトペの屋上」

「なんだ、これは!」を動かす装置

森村──作品をつくる側からすると、いや、あそびじゃないだろうって。みんな一生かけてやってるわけですからね。それをあそびと捉えられてしまったら、ボタンを掛け違えるんじゃないかと。ゴッホの作品があそびだなんて、あんな必死になって絵を描いてたゴッホに対して失礼でしょ。美術は大人が一生をかけて取り組むものだと、まず理解してもらうことが大事だとずっと思っていたんです。

それで改めて「あそび」という言葉について考えてみました。「あそび」には二つあります。ひとつはエンジョイ、楽しむことです。もうひとつはプレイ、スポーツや音楽をやる人をプレーヤーと呼ぶように、エンジョイというレベルを超えていくあそびです。絵を描く行為も、はじめは「楽しい」から始まるんだけど、だんだんうまくいかなくなってスランプに陥ったりする。そこでやめてしまったらエンジョイで終わりますが、ジャンプしようともがくうちに、次の自分の表現の展開が出てきて、だんだんと芸術の世界になっていく。そこにはあそびが持っている広がりがあるわけですね。僕は、今回「あそび」という言葉にそういういろいろな意味やイメージを込めて使っています。美術をあそぶ、ただし軽いあそびではない。

──あそびといってもエンターテインメントのように単に楽しむものではないと。

森村──基本的に美術とエンターテインメントとは違うものだと思います。ある人が言っていたのですが、エンターテインメントは自分があらかじめわかっていることの再確認だと。あそこへ行ったらどんな面白いことがあるかはもうわかってる。で、行ったらやっぱり面白かったと確認して満足する、それがエンターテインメントだと言うんですね。けれども美術は、わからないものとの出会いです。岡本太郎が芸術作品を見て「なんだ、これは!」と言ったように、美術は「なんだ、これは!」の世界なわけです。そこで、わからないから避けて通り過ぎるか、「なに、これ?」と前のめりになっていくかが勝負です。だから展覧会には「なんだ、これは!」の装置が大切になってきます。

たとえば裏から絵を見ると「なんだ、これは!」になるじゃないですか。おまけに裏を見たら絶対に表も見たくなるでしょ。身体が「え?」となったら、もう前のめりになっている。見せ方を変えることで、言葉ではなく身体感覚でいろいろ考えさせるんです。美術館にあまり来られないビギナーの方は次を見たくなる、専門の人はさらにもっと面白くなる。そういう仕掛けをつくることを心がけました。そういう意味では大人から子どもまで楽しめる美術展だと思います。



森村泰昌氏

──展示解説も森村さん自身が話しかけているような言葉がひらがなで書かれていましたね。

森村──ひらがななので子どもでも読めますが、子ども向けというわけではなくて、大人や美術のプロフェッショナルな人にも響く内容にしたいと思いました。カタログも美術絵本のような気持ちでつくっていて、こちらも全編ほぼひらがなで子どもでも読めますが、正直なところ、子どものふりをした大人の本です。

見方の発想を変える

──展覧会の見どころのひとつに「誰もみたことのない作品の展示」とありますが、確かに絵画の裏側を見る展示というのは初めてでした。作品の裏側に目を向けさせよう思った理由は?



第1章「ひっくりかえす」展示風景 [撮影:蓮沼昌宏]

森村──ひっくり返すことで世界が変わるんです。天動説と地動説のように、それまで自分たちが中心で太陽が回ってると思っていたのに、さかさまにしてみると全然違う世界になる。それは科学も芸術も哲学も経済でも同じです。そういう発想の方法論を使って美術作品の鑑賞を考えたのが出発点でした。さらにきっかけは、美術館の収蔵庫のラックに作品が架かっていたのを見たことです。「裏側って面白いな、このまま見せたいな」と思ったところ、これからどんどん修復しますと言うので「ちょっと待って!」って(笑)。表側を描いたときの裏側には、作家の痕跡が残っています。ルオーの作品の裏側を見ると、彼のアトリエの雰囲気が感じられるんです。絵の具まみれになって描くことに情熱傾けている人だったんだなと。それがきれいに修復されると、保存としてはいいけれど、その生々しい痕跡に触れられなくなってしまう。そうした矛盾から美術館の保存修復はどうあるべきかという議論も含めて、絵の裏側ひとつから、美術をめぐるさまざまなストーリーが見えてくるんです。

──絵の裏側を見せる第1章「ひっくりかえす」から第6章「ほんきでまねると ほんものになる」まで、各章ごとにそれぞれ違ったアプローチの「なんだ、これは!」の仕掛けがありましたね。

森村──「なんだ、これは!」の仕組みを考えるのは面白いですね。美術館には「コレクションの展示とはこういうもの」というある種の作法がありますが、展示の仕方によって作品は全然違って見えてきますから、美術作品の新しい見方、あそびかたを考えていきました。


第2章の「いたずらも たまにはちょっと やるといい」は、TADの椅子のコレクションを使った展示です。椅子って「用の美」といわれるように、座るためのものという機能がありますが、そのお仕事から解放してあそんであげると、表情が変わってその椅子が持つ形や色といった別の表情を発見できるんです。



第2章「いたずらも たまにはちょっと やるといい」展示風景

また第5章の「おおきなうちゅうは ちいさなはこの なかにある」は、箱の形態にこだわった展示室です。作品って極めて小さなイベントだけど、そのフレームのなかの世界は深い果てしなく広がる世界なんですね。それが美術という世界の魔術です。僕は宇宙箱と呼んでるのですが、1枚の絵のなかにいろんな宇宙がある。芸術って宇宙箱だなあということですね。



第5章「おおきなうちゅうは ちいさなはこの なかにある」展示風景

キュレーションとは、作品を美術館に盛り付けること

──森村さんが芸術監督を務めたヨコハマトリエンナーレ2014でも今回も、全体でひとつの森村作品のようだと感じました。キュレーションと作品制作は、森村さんのなかではどのように異なっているのでしょうか。

森村──学芸員の方がキュレーションした展覧会と比べると、僕のはキュレーションではなくて、ひとつの大きな作品を作るような意識だと思いますね。僕の作品で、1枚の作品のなかの群像を一人ずつパーツでつくっていって最後に1枚の大きな作品にするのと同じです。個別のコレクション作品があって、その集め方によっていかようにも世界は変わっていくわけです。それをどう組み合わせていくかが僕の基本的な制作方法。つまり僕はコラージュ人間なのだと思います。

絵描きでも、出来上がりの予想が全部キッチリ見えている人もいれば、なんとなくはわかっているけれど、なかなかそこに至れず迷いながらやっていく人もいる。僕の場合はそのいずれでもなく、いろいろな素材をどんなふうに組みあわせて面白いかたちにするかです。お料理でいったら、僕が得意なのは盛り付けなんです。「こんなふうにしたらもっとおいしそうにみえるやん?」って。今回の展覧会も、言ってみれば盛り付けですから。

──美術館のコレクション作品が素材で……。

森村──そして美術館は器です。そこにどういうふうに作品を盛り付けるか。「森村さん今日のネタ、こんだけあります」「へえ、じゃあこれとこれもらおうかな」って感覚ね。ピカソでも、こういうふうに盛り付けると、ほら全然違うでしょって。

──今回、森村さんの新作も展示されていますが、それらはキュレーターとして盛り付けに必要だったのか、それとも作家として純粋につくった作品なのか、制作の意図はどういうものだったのですか。

森村──それは、いくら単品でおいしいものでも「このお肉料理にこのロールケーキは合わへんやろ」というのはありますから、作品単体でもしっかり主張できて、かつ今回の盛り付けのなかで存在意義を持つもの、その両方を考えました。今回新作のモチーフにしたジョアン・ミロの《パイプを吸う男》も、展覧会テーマに沿ってあそびの感覚を感じる作家を探して「やっぱりミロさんやね」って決まったんです。「どうやってなるん?」というのはありましたけど。



森村泰昌《ほんきであそぶとせかいはかわる(ミロA)》2020 富山県美術館蔵

──抽象的な絵画に森村さんが扮しているのが面白いと思ったのですが、どうやって……。

森村──それがめっちゃむずかしい……。ミロの絵のなかの人物らしきかたちとその背景の両方をやっています。なので半分壁になってるんです。一見立体的で、平面にも見える。その二次元なものと三次元的な微妙さを出しつつ二役やってみるのなら面白いかなと。

──その新作を含む最後の章「ほんきでまねると ほんものになる」は、森村さんの作品の部屋です。あの章でキュレーター森村泰昌という人の本気度が伝わった感じがしました。

森村──それはあるかな。「言ってるだけじゃなくて、こういうことを本気でやってきました」というアピールですね。



第6章「ほんきでまねると ほんものになる」展示風景

本気であそぶ あそびとリスク

──作品の見せ方にはじまり、鏡文字やさかさまのメッセージなど、展示グラフィックもユニークで、「本気であそぶ」は制作チーム全体にも浸透していたのでしょうか。

森村──みんな、もうこだわって、うるさいうるさい。「たかがあそび、されどあそび」でね、本気であそぶと、けっこうヤバいんです。たとえばバンジージャンプってありますよね、あそびで谷底に飛び込むんですよ。そこで落ちちゃったら、あそびじゃなくて事故です。でも飛び込むことで初めて日常的な世界とまったく違った体感を得られる。だから飛び込まなければいけないし、安全に無事で帰ってこなければいけない。それは美術展も同じです。本気で裏側を展示しようとなったら、どうやって? 安全性は? とかいろいろな問題が出てきます。本気であそぼうと、本気でなにかをやろうと思ったら危険が伴うんです。でも飛び込まなければいけないんです。

今回の展覧会はタブーなことをやっていますが、だからといって作品壊していいかといったらそうじゃない。そこには(格闘技を行なう)リング、枠組みがあって、そのなかでは何をやってもいい。それは美術も美術館もいっしょで、そのなかにある限りは治外法権だと僕は思っています。日本刀を振り回してもいい。でも、それによって人が死ぬのはいけない。殺されたフリをするのはアリ。芸術だから。そのギリギリを攻めてチャレンジするのが「本気」。

──美術館の制度のなかでどこまで自由にやれるか。そのチャレンジは設営の段階でも続いたのですか。

森村──もう明日オープンという時までやってましたからね。実はかなり厳密に展示計画を練って準備していたんです。原寸大のものを作って実験していても、いざ現場でやってみると、「思い描いていたものとなんか違う」という部分が絶対出てきます。展覧会の世界像というものは、全部完成してライティングまで終えて、ようやく最後に立ち上がってくるものなんです。だから途中で妥協は許されない。本気で最後まで取り組んだら、その世界はお客さんにも伝わります。だから本気が大事です。そこがゆるむと単なる遊びになる。そうすると展覧会の強度は弱くなる。

──作る側の本気のあそびについ見る側も本気で見させられて、あっという間に時間がたっていました。今回は、新型コロナウィルスの拡散防止対策で、多くの美術館が閉館しているなかでのオープンでした。それについてはどのように考えられましたか。

森村──僕は、ここは屋根のある広場だと思っています。天高があって作品もゆったりと見られる空間のTADと、都心の美術館で開催されるフェルメール展のような会場では事情がまったく違います。違っているから面白いというメッセージを展覧会で伝えているのですから、美術館それぞれの事情に照らして自分の選択をすることが大切だと思います。刻々と状況は変わりますけど、今回展覧会をオープンできたのはひとつの提案としてよかったんじゃないかなと思いますね。

森村泰昌のあそぶ美術史 ─ほんきであそぶとせかいはかわる―

会期:2020年3月7日(土)〜5月10日(日)
会場:富山県美術館(富山県富山市木場町3-20)
TEL:076-431-2711

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