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狩野芳崖《悲母観音》──近代日本画の意志「古田 亮」

影山幸一

2012年10月15日号

【悲母観音の見方】

(1)モチーフ

観音、嬰児、山。

(2)タイトル

悲母観音。芳崖が考えたのではなく、後世に付けられた題名。

(3)制作年

1888(明治21)年。芳崖の絶筆。

(4)画材

絹本着色。伝統的な岩絵具に胡粉や膠を使い、日本画の色数を増やす試みが見られる。西洋顔料は使われていない。

(5)サイズ

縦195.8×横86.1cm。等身大のスケール感を持ち、モニュメンタリティが最も発揮されるサイズ。観音屏風ともいわれる額装。

(6)構図

中国では空中に浮かんでいる観音と童子という画像があり、構図は芳崖のオリジナルではない。水墨技法で描かれた《観音》(フリーア美術館蔵)で構図を決めたのち、《悲母観音》では空間をより広く深くした。

(7)色彩

ハーフトーンの絵具を用いた多色。画面全体に金泥と金砂子を併用し、複雑な金色表現が荘厳で特徴的。

(8)技法

線は、すべて色のついた線で、墨の線は使われていない。つまり塗り絵的な作画ではなく、絵画的。既存の顔料の発色を生かしながら、絵具を塗り重ねて描く重色法により、西洋のパステル画のような色調を出現。

(9)落款

なし。完成直前に芳崖逝去。

(10)鑑賞のポイント

フェノロサから受けた影響を芳崖が研究し、解釈、日本画の対象としては意識されなかった空気感を表わした。現実的な空間を感じさせつつ、浮いているような非現実世界を意識的に描写。左手に柳の枝をもつところから楊柳(ようりゅう)観音★1であることがわかるが、このように赤子に水瓶から霊水を垂らしているような観音像はこれ以前にはなく、芳崖の創作によるものと考えられる。観音の衣や装飾品、嬰児が緻密に描かれ、線描の美しさが際立つ(「観音の顔」「嬰児」図参照)。狩野派の伝統にない色彩表現を試みつつ崇高で落ち着きのある画面は、近代日本画の出発点にふさわしい。1955年重要文化財。

★1──三十三観音のひとつで種々の病難救済を本願とする菩薩。慈悲深く衆生の願望に従う。

 
左:「観音の顔」狩野芳崖《悲母観音》(部分)、右:「嬰児」狩野芳崖《悲母観音》(部分)
(出典:図録『狩野芳崖 悲母観音への軌跡』2008)

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