アート・アーカイブ探求

福田平八郎《漣》──乾性の詩情「島田康寬」

影山幸一

2011年04月15日号


福田平八郎《漣》1932年, 絹本着色, 二曲一隻, 157.0×184.8cm, 大阪市立近代美術館建設準備室蔵
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むしばまれた日常

 東日本大震災から一カ月を経た今も余震が続く毎日だ。頻発する余震は、次の東海大地震の予震をも想像させてしまう。近くの小学校の子どもたちの賑わいが、普段より楽しげに聞こえてくる不穏な日々。例年以上に東京の目黒川沿いの桜が美しく見える。チェルノブイリに匹敵するレベル7という深刻な原発事故が起きた福島県にも、滝桜という樹齢1000年といわれる名木がある。風光明媚な土地に原発が多くあるような気がしてならないが、東日本大震災に空恐ろしさを感じるのは、終息しない余震ばかりではなく、目に見えない放射能による巨大な人災に、日常がむしばまれてきているからだ。文化庁の「文化財レスキュー事業」なども始動したが、震災の復興は長期化が避けられない状況だ。地震、津波、放射能からの復興にどれだけの日本の人知を集結できるか、突貫工事ではなく、祈りの気持ちにも似た復興が遂げられ、東北の穏やかで美しい暮らしと自然が甦ることを願わずにはいられない。日本が大惨事に見舞われた時に、絵を見ている場合ではないとも思うが、そうではないだろう。いい絵には人を癒やす力がある。

「日本画」と現代美術のはざま

 この震災後、日本の絵画とは何かを考えた。桜や富士山だけではない、日本人が希望を持てるビジュアルイメージをみんなで共有できないものか。日本人が描いた絵、日本の国内風景を描いた絵というのは、文字通り“日本の絵画”である。しかし、ちょっと変だと感じるのは、伝統的なはずの「日本画」というジャンルがあるにも関わらず、それを日本の絵画と素直に感じられないことだった。「日本画」の特別な画材や技法などのほか、「日本画」について知らないことが多かったのだ。日本人のアイデンティティーを確認できると思われる「日本画」とは、一体どういうものなのか。現代美術を見てきた今までの私では関心がなかった分野だ。しかし、福田平八郎の《漣(さざなみ)》(1932年, 大阪市立近代美術館建設準備室蔵)は、絵の印象とともに、屏風だったためか「日本画」としての作品体験があった。それは李禹煥(リ・ウーファン)の《点より》と《線より》に似た作品として、記憶に残っている。今回は「日本画」と現代美術のはざまにあると思われる日本の近代絵画《漣》を見ながら、「日本画」というジャンルについても触れてみたい。
 日本近代美術史を専門にしている島田康寬(以下、島田氏)に、福田平八郎の《漣》の見方を伺ってみた。島田氏は、立命館大学大学院教授で京都府立堂本印象美術館の館長も務めている。好天に恵まれた京都は桜が見ごろだった。


島田康寬氏

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