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ボーン・デジタルの情報学

第4回:オープンアクセス

大向一輝(国立情報学研究所准教授)2010年02月15日号

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 日々出版される何千もの論文誌を逐一購入し、図書館に並べることは物理的にも金銭的にも難しい。電子ジャーナルは、冊子を中心とした従来の情報流通モデルから完全に脱却することで、本連載の第2回で取り上げた「巨人の肩の上に立つ」学術知のシステムを支えるインフラとして必要不可欠なものとなった。一方で、急速なデジタル化による課題が浮かび上がりつつある。今回は課題とその解決のためにどのような活動が行なわれているかについて述べる。

電子ジャーナルの壁

 2010年1月27日の『毎日新聞』にて、電子ジャーナルの購読料が高騰し、各大学図書館が悲鳴を上げているとの記事が掲載された。記事によれば、国内の大学全体の購読料は2004年度の約62億円から2007年度には約155億円に増加したとのことである。興味のある方は「電子ジャーナル高騰」で検索すると記事を引用したブログが見つかるのでそちらを参照されたい。
 記事からはたった3年のあいだに価格が2.5倍になったような印象を受けるが、それは正確ではないだろう。ここ数年のあいだに、電子ジャーナルの利便性が周知され、購読数が大幅に増加したことがおもな要因であると思われる。しかしながら、個々の電子ジャーナルの価格は徐々にではあるものの確実に上昇しつつあり、それが図書館運営に影響を与えていることもまた事実である。
 すでに、高額の費用負担に耐えられなくなった大学・研究機関では購読契約の解除や縮小が始まっている。電子ジャーナルは、論文データそのものを販売するのではなく、論文へのアクセス権を提供するライセンス方式で運営されているものがほとんどである。そのため、購読契約を解除するとこれまで閲覧できていた論文が読めなくなってしまうという事態が生じる。
 研究者が所属する組織(の財務状況)によって入手可能な論文の絶対数が異なるという状況は、「巨人の肩の上に立つ」学術の世界にとって望ましいことではない。これまでも、そのような問題の解決のために図書館同士で文献をやりとりする相互貸借の仕組みが存在してきたが、ボーン・デジタル時代の相互貸借とはすなわちデジタル情報のコピー・送信にならざるを得ず、なんらかの制約を課さなければ電子ジャーナルのビジネスモデルと整合性が取れない。
 電子ジャーナルのサービスを提供する出版社は寡占化が進んでおり、そのことが価格の高騰を招いているとの指摘もある。とはいえ、出版社にとって日々増加し続ける論文のメンテナンスに必要なコストは確実に上昇していく。そのなかで、大学・研究機関と出版社との対立関係をどのように解消していくかが重要な課題として認識されつつある。

オープンアクセス

 電子ジャーナルの高騰という中長期的なトレンドに対して、あらゆる論文は無料で入手可能であるべきだとの考えに基づく「オープンアクセス」を実現するための試みが各所で行なわれている。多くのオープンアクセスのサービスでは、ウェブ上にアップロードされた論文ファイルを利用者が自由にダウンロードできるようになっている。
 このようなオープン化には二つの目的があると思われる。ひとつは職業研究者に対するオープンさの実現である。これまでに述べてきたように、すべての論文が所属組織に関係なく平等にアクセスできるような環境こそが学術を健全に発展させる基盤となる。オープンアクセスは、商業出版社とは異なるサービスの運営モデルを導入することでこの目標を達成している。
 ふたつめの目的は、研究者ではない一般ユーザに対するオープンさの実現である。電子ジャーナルを契約していないユーザにとって、現状のサービスは論文の存在すら知ることができないクローズドな世界でしかない。こういった状況を改善し、学術情報を広く伝えることがオープンアクセスの目的になり得る。
 情報システムの観点からオープンアクセスのサービスを見た場合、細かなアクセス制御をしない限りはどちらの目的も同時に実現されることになる。ただし、多くのサービスは前者の目的に特化しており、後者の一般ユーザへ向けた施策は行なわれていない。
 オープンアクセスのサービスはいくつかのタイプに分けることができる。それぞれ、運営主体や収益に対する考え方が大きく異なっている。

オープンアクセスジャーナル

従来の電子ジャーナルの出版プロセスはそのままに、利用料金を無料にしたものを指す。おもに学会や出版社が運営を行なっている。利用者に対する課金を行なわず、学会の会員費もしくは論文の著者から比較的高額な掲載料を徴収することで運営コストをまかなっている。国内では、科学技術振興機構のJ-STAGEのように、公的機関が学会に対してオープンアクセスジャーナルの発行を支援するサービスを提供している。


1──科学技術振興機構のJ-STAGE
URL=http://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja

セルフアーカイビング

論文誌に掲載された論文を、著者自身のウェブページ上で一般公開することを指す。多くの場合、論文の著作権は学会に譲渡されるが、多くの場合著者が作成した原稿データをセルフアーカイビングすることが認められている。一方、学会・出版社が出版用に作成する最終データを流用することはコピーにあたるために認められていない。国内の例では、セルフアーカイビングを簡単に行なうことができるウェブサービス「MyOpenArchive」がボランティアベースで運営されている。


2──MyOpenArchive
URL=http://www.myopenarchive.org/

プレプリントサーバ

論文誌に投稿した論文は査読などのプロセスを経るために出版までに長い時間を必要とする。物理学や数学の分野では、論文を投稿した事実をすぐに公表し、コミュニティ内で迅速なコミュニケーションを行なうために、プレプリントサーバと呼ばれるオープンアクセスのサービスに原稿データを送付することが通例となっている。代表的なプレプリントサーバである「arXiv.org」はコーネル大学が無償で運営している。arXivは近年ポアンカレ予想の証明に関する論文が投稿されたことで注目を集めた。プレプリントサーバはインターネットを積極的に活用した学術情報流通のモデルとして重要だが、無償での運営に限界があり、費用負担の問題が持ち上がっている。


3──arXiv.org
引用出典=http://arxiv.org/

機関リポジトリ

個々の大学・研究機関が抱える研究者の成果を収集し、オープンアクセスで公開するアーカイブ。論文だけでなく、授業の資料や研究に必要なデータなど、多様な情報を受け入れる。大学・研究機関に対する評価の厳格化にともない、組織全体の研究成果を網羅的に把握し、可視化するために構築が進んでいるという側面がある(機関リポジトリの例:千葉大学=http://mitizane.ll.chiba-u.jp/meta-bin/bs-brows.cgi)。

 以上、代表的なオープンアクセスの方式を列挙してきた。概括すると、大きな論点として論文が誰のものなのかが明確になっていないことがわかる。論文が紙で流通していた時代には、冊子の発行主体である学会・出版社の地位が相対的に強かったが、ボーン・デジタルが常態となった現在では、情報を公開する方法が複数存在し、それぞれの権利の取り扱い方に整合性がない。
 また、誰がどのようにサービスを維持管理するのかについても重要な論点である。ボーン・デジタルの情報を維持・管理するためののコストは冊子とは比較にならないほど高く、また長期に渡る継続性が求められる。ユーザ数が爆発的に増加した場合の対応なども含め、維持管理することのモチベーションが高まるようなインセンティブ設計が求められる。

 次回は、筆者が関わっている論文検索サービスCiNii(サイニィ)を取り上げ、上記の課題に対してどのように取り組んでいるかを報告するとともに、オープンアクセスにおいてあまり考慮されていない一般ユーザへの情報提供について議論を行なう。

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大向一輝

1977年京都生まれ。国立情報学研究所准教授。博士(情報学)。2005年総合研究大学院大学博士課程修了。セマンティックウェブやソーシャルメデ...

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