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美術書誌のいま──革新的な美術文献探索システム「アート・ディスカバリー・グループ目録」

川口雅子

2014年11月01日号

 2014年10月、デンマークの首都コペンハーゲンで美術図書館の国際会議が開かれた。メイン・テーマは5月に公開されたばかりの美術文献探索システム、「アート・ディスカバリー・グループ目録」(以下、「アート・ディスカバリー」)。ヨーロッパ、北米、オーストラリア、アジア各国の美術図書館が協同し、参加60館の蔵書と14億件もの雑誌記事データをワンストップで検索可能にする学術研究支援ツールである。かつてない規模を誇るこの革新的システムはなぜ生み出されたのか。会議の模様を交えながら、美術図書館の最新の動向を追ってみたい。


美術図書館の国際会議が開かれたシャーロッテンボー宮[筆者撮影]

美術書誌をめぐる国際会議

 コペンハーゲン会議は、ホスト役を務めるデンマーク国立美術図書館から程近いシャーロッテンボー宮を主会場に、2014年10月9日から3日間、美術図書館の専門家50数名を一堂に集めて行なわれた。主催するのは、欧米の美術図書館長ら9名で構成する「artlibraries.net」委員会。同名の美術図書館蔵書横断検索システム「artlibraries.net」を率いる指導的存在である。
 この会議は隔年で開催される「artlibraries.net」定期総会として開かれたものだが、リスボン会議(2010年)、パリ会議(2012年)、そして今回と、3回連続で書誌(ビブリオグラフィー)を議題の中心に据えてきた。書誌というのは、簡単に言えば文献を探すための目録や雑誌記事索引データベースのことだが、なぜいまそれほどまでにプロフェッショナルな関心を集めているのだろうか。


シャーロッテンボー宮会議場[筆者撮影]

美術書誌の「危機」から「『美術書誌の未来』イニシアチブ」の結成まで

 書誌が注目されるようになった発端は、関係者の間で「美術書誌の『危機』」と呼ばれた、美術史研究の領域で生じた大きな環境変化である。
 そもそも美術史分野では、図書館の目録とは別に、雑誌記事やその他文献へのアクセスを容易にするための工夫として各種の書誌が発達してきた。それらは電子化されて、各地の図書館で利用されてきた。
 ところがそのひとつ、『IBA: International Bibliography of Art』(『BHA: Bibliography of the History of Art』の後継誌)が存続の危機にさらされる。2009年、米国ゲティ研究所が編纂事業を手放すと言い出したのだ。背景にはリーマン・ショックによる財政危機があったのだが、世界的に信頼性の高い確固たる学術基盤を揺るがすこのニュースに美術図書館界は衝撃を受けた。
 この一件は従来型書誌が抱える限界を関係者に気づかせることになる。これを契機に書誌全般に通ずる今日的課題が浮き彫りになり、IBA問題が、学術情報プロバイダー大手、プロクエスト社に吸収されるかたちで決着した後も、ゲティ研究所やミュンヘン、フィレンツェの美術史研究所など美術図書館コミュニティの間で議論が盛り上がっていく。こうして21世紀にふさわしい、持続的な美術書誌モデルを探る気運が高まり、「artlibraries.net」委員会を中心に「美術書誌の未来」イニシアチブが結成された。
 新しい書誌モデルとして、当初注目されたのは既存の横断検索システム「artlibraries.net」であった。これは、参加館の蔵書情報に限定される横断検索であるため、厳密に言えば書誌とは異なるが、世界の美術図書館を幅広く繋ぐことで、書誌と同等の効果がもたらされると期待された。「artlibraries.net」は拡大路線へと舵をきることになり、2013年6月にはアジアから初めて東京国立近代美術館と国立西洋美術館が参加することになった。
 しかし複数のターゲットに検索条件を一斉送信する横断検索の手法では、参加館の拡大にしたがいレスポンスの負荷が増すのは目に見えている。また、技術や機能もいつしか時代に合わないものになり、より今日的なモデルが待ち望まれるようになっていた。

「アート・ディスカバリー」の登場

 「美術書誌の未来」イニシアチブは世界最大の図書館共同体OCLCと手を組み、新しい可能性を追求し始める。そしてアムステルダムにおける大学図書館・専門図書館・公共図書館の地域連携事業「AdamNet」に想を得て、そこに組み込まれた「ディスカバリー」というコンセプトが浮上する。
 ディスカバリーとは、大学図書館などで近年普及が進む検索サービスのことである。今日、図書館には所蔵する図書・雑誌のみならず、有償で契約する雑誌記事データベースやインターネット上で自由に利用可能なオープン・アクセス誌、機関リポジトリなど、多様な資源へと利用者を導くことが期待されている。その資源別の検索手段を使い分ける煩わしさを解消し、一括検索を可能にするのがディスカバリー・インターフェイスだ。ひとつの検索窓に探索語を投入する点でGoogleの検索インターフェイスに似ているが、返される検索結果は学術情報資源から集めたメタデータによるため、学術用途によりふさわしい。
 OCLCのディスカバリー・サービス群は、世界最大の図書館共同目録「WorldCat」と、論文記事データを集中管理する「セントラル・インデクス」を統合したリソースを背景に持つ。単一リソースによるため、処理速度は複数のサーバーに問い合わせを行なう分散型検索システムを上回る。また書誌レコードのモデル、「FRBR(書誌レコードの機能要件)」に基づく同一著作の集中表示機能やファセット・ナビゲーションによる絞込み機能も実装する。
 この高品質・高機能のディスカバリー環境を地域連携にではなく、美術図書館という同一館種の枠組みに応用したのが今回のグループ目録だ。「美術書誌の未来」イニシアチブはOCLCとのパートナーシップによりアート・ディスカバリー、つまり美術分野に特化した文献「発見」システムを実現したのである。


「アート・ディスカバリー」検索結果

「アート・ディスカバリー」の今後

 ディスカバリー導入を牽引したアムステルダム国立美術館図書館長ヘールト=ヤン・クート氏は、参加館は世界規模に広がっており、今後のさらなる拡大も期待するとプロモーション映像で語りかける。同氏はコペンハーゲン会議の席でも、国際図書館連盟(IFLA)美術図書館分科会が正式支持を表明したこと、オランダ美術史研究者の間で話題になったことなどを挙げて、美術史研究のツールとして発展していくだろうと展望した。
 「artlibraries.net」を率いてきたミュンヘン中央美術史研究所図書館長リューディガー・ホイア氏は個人的見解としながらも、「artlibraries.net」は発展の最終段階にあると位置づけ、今後はターゲットとなる図書館の追加更新は行なうべきでないと主張した。会場からは、「アート・ディスカバリー」が定着するまで「artlibraries.net」を閉鎖すべきでないという意見が出たが、いずれにせよ横断検索が役割を終えて、ディスカバリーの時代に移行しつつあることは明白になった。
 また主催側の別の委員は「アート・ディスカバリー」未参入館に対し、参加の障壁は何かと問いかけた。会場からは新サービスに対する理解の不十分さや、大学図書館の分館組織であるため個別参加は困難といった個々の実状が披露されたが、委員会はこうした個別事情に理解を示し、ファンドレイジングの働きかけを含めて共に解決を探ろうとする姿勢を打ち出した。
 今後の計画として、新インターフェイスを開発中であること、新規参入を準備中の館が複数控えていること、また売立目録や、美術書誌『BHA』およびその前身の『RAA』『RILA』など、美術史分野の重要コンテンツをOCLCセントラル・インデクスへの追加候補として検討中であることなどが提示された。会議にはOCLC関係者も参加していたが、課題の優先順位をつけるのは美術図書館コミュニティの側であり、両者の対話が一層重要になっていくことが確認された。


「アート・ディスカバリー・グループ目録」プロモーション映像

日本の課題

 「アート・ディスカバリー」にアジアから参加している機関は、現段階では国立西洋美術館のみである。日本側の参加で問題となるのは上述「WorldCat」への書誌データ・アップロードであろう。国立西洋美術館も洋書と和書とで「WorldCat」と国立情報学研究所の「NACSIS-CAT」とを使い分けており、和書の所蔵データが「WorldCat」にない現状は改善の余地がある。とはいえ、いずれにせよ必要に応じて「WorldCat」へ随時参加することは可能であり、そのような例も実際ある。問題は国際的視野を持って決断に踏み切れるか否かだ。
 周知の通り2014年2月以降、日本の国立国会図書館雑誌記事索引は「WorldCat」を通じて利用できるようになった。今後も日本語コンテンツは増えていくと聞く。また国内の書誌情報サービスをめぐる情勢も劇的に変わろうとしている。日本の美術図書館もこうした内外の環境変化に即して各館独自にデータを積み上げていく路線を転換し、可視的で再利用可能なデータ公開の道を探る時が来ているのではないだろうか。

未来への挑戦

 会議の席上、フィレンツェ美術史研究所図書館長ヤン・ジマーネ氏はディスカバリーの検索結果表示の技術的背景を詳述した。億単位のデータを扱う美術書誌プラットフォームが実現したいま、データ出現順はこれまで以上に重要な意味を持つ。情報科学の専門家ではない同氏が複雑な検索アルゴリズムを分析してみせたのは、新しい環境で何が起きるのか、出発点に立つわれわれの眼を開かせたかったからだという。
 「さらなる検索性能の向上を目指してわれわれ自身がシステムを育てていく必要がある。これは未来への挑戦だ」と氏は発言を結んだ。「アート・ディスカバリー・グループ目録」はいままさに船出したばかりだ。世界の美術図書館が「発見」の大海に漕ぎ出すなかで、私たち日本の美術図書館界はどのような学術貢献を模索していけるだろうか。

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