会期:2024/04/24~2024/07/07
会場:PLAY! MUSEUM[東京都]
公式サイト:https://play2020.jp/article/taro-yabe/
お笑い芸人の矢部太郎が描いた漫画『大家さんと僕』(新潮社)は、2017年に発売された頃、話題になっているのを見て、つい買ってしまった一冊だ。普段、ベストセラーの本を買う機会なんてあまりなく、また特に著者のファンというわけでもないのに、なぜ買ってしまったのかと言えば、このテーマにとても親近感を抱いたからだった。実は十数年前、私も一階に大家さんが暮らすアパートに住んでいた経験がある。その大家さんは中年夫婦で、ほかの部屋にも住人がいたので、同漫画の設定とは少し異なるが、それより前に都内で部屋を幾度か探したときにも、一階に高齢の大家さんが暮らす賃貸物件は結構あった。元々、二世帯住宅にして住んでいた家族が離れたので、その部屋を貸し出すといったケースが多かったのだろう。都内は部屋を借りたい人であふれているので、そうしたケースが成り立ちやすいのだ。そんな私の実体験からしても、一階に大家さんが居ると、確かによく顔を合わせるので立ち話をするし、仲良くなってご飯をご馳走になったこともある。同書はそんな東京ならではの住宅事情ゆえに生まれた温かい物語なのだが、もちろん評判を呼んだのはそれだけじゃない。矢部の独特の観察眼とファンタジーな創造力があったからではないかと思う。
本展を観て、矢部の父が絵本・紙芝居作家であることを初めて知った。どうりで、父譲りの創作力があるわけなのか。しかもおやつを野山で採り、玩具を手作りしていた個性的なお父さん! その父が残した家族絵日記や、それを元に描いたという漫画『ぼくのお父さん』(新潮社、2021)の展示もあり、それらを眺めるうちに『大家さんと僕』が生まれた経緯に合点がいった。家族や同居人を見つめる優しい眼差しも、父譲りだったのだ。本展のタイトル「ふたり」は、そうした矢部の対人関係を表わしているように思えた。それは僕と大家さんであり、僕とお父さんであり、また僕とあなた(来場者)……なのだろう。それを示唆するように、公衆電話の受話器を取って“ある声を聞く”インスタレーション展示もあった。自分と接する人に対してじっくりと深く理解しようとする懐の深さが、彼の作品の持ち味なのだ。芸人としてはさておき、漫画家としての矢部太郎の活躍をもっと見てみたいと思う。
PLAY! MUSEUM「ふたり 矢部太郎展」会場写真[撮影:吉次史成]
PLAY! MUSEUM「ふたり 矢部太郎展」会場写真[撮影:吉次史成]
鑑賞日:2024/05/25(土)