会場:Dover Street Market Paris[パリ]
公式サイト:https://www.doverstreetmarketparis.com/

2024年5月にオープンしたドーバーストリートマーケット・パリ(以下DSMP)は、川久保玲が店舗全体の空間と内装を全面的に手掛けた、ドーバーストリートマーケットとしても初となる試みがなされた店舗である。

17世紀のフランスを代表する書簡作家として知られるセヴィニエ侯爵夫人がかつて住んでいた住宅「オテル・ド・クランジュ」を改修した建物は、1627年から1634年にかけて建造された歴史的建造物の様式と当時の貴族文化の面影をそのままに残しつつ、新たなショップ空間として生まれ変わっている。

Paolo Roversiのインスタレーション[筆者撮影]

世界8箇所あるドーバーストリートマーケットのなかでも、建物全体の面積は2番目の大きさを誇り、約1100平方メートルにおよぶ面積が店舗として作り変えられた。地上2階、地下1階にショップとカフェ(ローズベーカリー)が配置され、地下1階の一部と地下2階、中庭はイベントスペースやギャラリーとして柔軟に活用できる空間になった。

かつては3537という番地の名前で呼ばれていたこの場所は、DSMPができる以前よりドーバーストリートマーケット・グループの拠点として使用されていた★1。現在も地上3-5階にはオフィスが入居しており、それらはCOMME des GARÇONSやJunya Watanabeを始め、DSMPの傘下で出資や開発・生産・流通支援を受けながら活動する多数のブランド(Vaquera、ERL、RASSVET、Liberal Youth Ministry、Youths in Balaclava、Honey Fucking Dijon、Random Identities、Weinsanto、Olly Shinderなど、順不同)が軒を連ねている★2

店舗内観[筆者撮影]

中庭にはDSMPのオープンにあわせて設置された、写真家Paolo Roversiによる円柱状のインスタレーションが点在している。COMME des GARÇONSと長くコミッションワークを続ける彼の起用には同社の揺るぎないアイデンティティが感じられる。店内に一歩入ると、白色を基調にした複数の曲面ディスプレイに囲まれ複雑に仕切られた空間が現われる。既存の建築には一切手を加えないかたち形でカーブを描く立面体の什器のあいだに、数多くの細い通路が生まれることで迷宮のような空間がそのまま提示される。慈照寺の銀閣寺垣やリチャード・セラの彫刻作品を彷彿とさせるミニマルな動線の設えを通るあいだに、壁の裏に隠されるように陳列されたアイテムが垣間見える。それはホワイトキューブのなかで作品と対峙する際の体験のようであり、同時にドーバーストリートマーケットが示す「美しい混沌」というコンセプトを体現するようなインタラクションである。また、要所にピンクやスカイブルー、レモンイエローなどの鮮やかな色彩がところどころに配置されることで、色彩のコントラストが空間の奥行きをより強調し、視覚的な広がりを生み出している。

DSMPはセレクトショップとしての陳列方法も特徴的で、ブランド別のコーナー区分が限りなく排除されている。アイテムの造形的差異やテクスチャーの違いによって衣服が持つ情報性が語られるようなキュレーション的なアプローチのあり方が示されている★3。店舗空間が生み出す視覚言語を相乗させるように、選定されたブランド・アイテムのあり方も開放的かつボーダーレスに演出される。

数あるアイテムのなかでも、DSMPでしか見られない新規ブランドや、この空間だからこそ見えてくるブランドの新たな側面に目がいく。アムステルダム出身のImruh AshaとDanial Aitouganovによるファッションブランドzomerは、Stanley WhitneyやJack Bushなどの抽象絵画を思わせるビビッドなカラーパレットと立体的な造形が特徴的で、Pierre Cardinに類する造形言語を有している。また、ダブリン出身のRóisín Pierceはレースやオーガンジー素材、縮絨のかかった生地を用いた純白のアイテムを展開し、アイルランド伝統の手仕事を感じさせるブランドで、COMME des GARÇONSらしいフェミニティが感じられた。

川久保玲によって築き上げられたDSMPは、歴史的建造物のうちにおいて現代的な産業と文化が交差し伝統と革新が融合した、それ自体異種混交的でありつつ混交的な結びつきを感じさせもする場所であった。伝統的な建築の再改修プロジェクトが進むパリのなかでも、極めて特異な造形言語によって成り立つこの空間から生まれる新たな文化とブランドに期待が膨らむ。

鑑賞日:2024/07/27(土)

★1──35-37 rue des Francs-Bourgeois, 75004。マレ地区の4区側に位置する。
★2──https://www.ft.com/content/59ef59d0-a577-4ece-94c5-65b6861e4b5f
★3──DSMPのバイイングは、ドーバー・ストリート・マーケットCEOのAdrian Joffeが監修している。https://www.voguebusiness.com/story/consumers/there-are-no-rules-adrian-joffe-on-dover-street-market-paris-and-the-future-of-retail