会期:2024/07/09~2024/07/14
会場:KUNST ARZT [京都府]
公式サイト:http://kunstarzt.com/Artist/TASHIRO/Aoi.htm

「染織」と聞くと、織る、染める、縫う、刺繍といった技法や、布と糸という素材を思い浮かべがちだ。だが、染織作家の田代葵が素材に用いるのはレシート。「紙」も繊維なのだ。田代の作品は、日々の膨大なレシートを手織りで織り上げたタペストリーである。フレームに経糸たていとの金糸を張り、こより状にねじったレシートを緯糸よこいととして織り込んだ織物を、さらに立体的に組み合わせている。作品に近づくと、文字や数字の一部がかろうじて識別できる。


[撮影:倉西宏嘉]

[撮影:倉西宏嘉]

「セルフポートレート」というシリーズ名が付けられているように、素材のレシートは田代自身の日々の消費行動の履歴である。現代消費社会では「何を買い、消費したか」が個人の輪郭を形作るのであり、購入・検索履歴から「おすすめの商品」を続々と提示してくるネットショッピングはその事態をさらに加速させる。

私たちは日々、自身の身体と時間を切り売りした労働に対して支払われる対価で、生活・生命を維持するために必要な食糧や日用品を購入し、ストレス発散や娯楽としての「余暇の時間」もまた、明日も労働できる「健康な身体と精神」を維持するための消費活動に費やされている。つまり日々の労働を維持し続けるために、消費を宿命づけられている。田代の作品は、労働と引き換えに得た消費の「証明書」を、「手織り」という別の労働に変換してみせる。

[撮影:倉西宏嘉]

ここで、手織りという手間と時間のかかる労働が、性別二元論とジェンダーによる分業に基づく近代資本主義社会では、賃金労働とみなされない「女性の家庭内の手仕事」とされてきたことを考えると、田代の作品はフェミニズム的な解釈へと開かれていく。それは、手織りの織物が象徴するように、「労働であるにもかかわらず、賃金の対象とはみなされない労働」があることを、労働と引き換えに得た消費の証であるレシートによって、逆説的に浮かび上がらせるのだ。あるいは、別の角度から見れば、現代では、「織物」でなくとも、例えば「家族分の食糧の買出し」もまた再生産労働であることを改めて提示する。

レシートすなわち感熱紙に印字された情報は、時間とともに薄れ、消えていく。そこに時間の移ろいや記憶の儚さを重ね、「レシートの織物」を「個人の生の証」としての「セルフポートレート」とみなすことは容易だ。だが、暗号やノイズを織り込んだような表面のテクスチャをもつ田代の作品は、そうした個人性を超えて、有償労働とみなされないジェンダー化された家庭内の再生産労働やケアの領域という、より社会的・歴史的な視座と政治性をもつものとして読み解かれる・・・・・・べきだろう。


[撮影:倉西宏嘉]

鑑賞日:2024/07/09(火)