会期:2024/08/23〜2024/09/01
会場:ユーロライブ[東京都]
公式サイト:http://loloweb.jp/2024/05/22/akitekara/

物語はそのタイトルに呼応するように、相手の誕生日をうっかり忘れてしまう程度には長く付き合ってきた青(望月綾乃)と雪之(亀島一徳)のカップルが、笑点を観ながら「じゃあ、別れようか」と本気なのかそうでもないのか外野どころか当人たちにも判断がついていないのではないかと思われるようなテンションで別れ話をする場面で幕を開ける。二人のやりとりが少しだけ踏み込んだ話になりかけたその瞬間、もうひとりの同居人であるしっぽ(上坂あゆ美)が帰ってくるのだが、それはなんと不意の失踪(?)からの5年ぶりの帰宅だった。

[撮影:阿部章仁]

「劇と短歌」と冠された『飽きてから』は「劇作家・三浦直之と、歌人・上坂あゆ美が、台詞と短歌を往復しながら戯曲を綴る新企画」によって生まれた作品。原案として二人の名前がクレジットされ、脚本・演出を三浦が、短歌を上坂が担当している。戯曲は三浦が「おもいつくままにシーンを書いて、上坂あゆ美さんから短歌を受け取る」ことを繰り返すことで書かれたのだという。短歌は上演においても場面転換の際に舞台奥に投影されるため、観劇体験もまた「劇と短歌」の創作のプロセスをなぞるようなかたちで展開していくことになる。上坂は短歌を書き下ろすのみならず俳優としても出演。加えて、R-1グランプリ2023準決勝進出のお笑い芸人として活動しながら2022年、23年と2年連続で短歌の新人賞である「笹井宏之賞」の最終選考に残るなど歌人としても活動する鈴木ジェロニモも俳優として出演し、二人とも作品に見事に溶け込みつつも味のある演技を見せていた。

[撮影:阿部章仁]

さて、ここからは物語の展開に触れていくことになるが、本作は2024年9月15日(日)から30日(月)まで配信が予定されている。これから配信を観る予定の方はご注意いただきたい。また、本作の戯曲の初稿版は『悲劇喜劇』2024年9月号で読むことができる。上演版とは一部が異なっているので合わせて楽しみたい。

[撮影:阿部章仁]

しっぽの突然の帰宅に驚く青と雪之だったが、当の本人は青/雪之の「なんで帰って来たの/なんで出てったの」という問いかけにも答えず「振り込んでるよね、家賃、あたしずっと」と飄々としている。一方、青には思うところがあるようで、ひとり部屋を飛び出して行ってしまうのだった。物語はここから、しっぽが帰ってきた現在とそこに至るまでの過去とを行き来しながら展開していく。しかし過去の場面では三人の出会い(?)や関係性の変化の一部こそ描かれるものの、例えばしっぽの長い失踪の理由が明らかになることはない。一方、現在パートでは家を飛び出した青が偶然出会った薔薇丸(鈴木ジェロニモ)や頬杖(森本華)と過ごした時間が、そして部屋に残されたしっぽと雪之とのやりとりがそれぞれに描かれる。

[撮影:阿部章仁]

[撮影:阿部章仁]

三人が出会い、ともに過ごした時間がこの作品で描かれているのは間違いないのだが、埋められることのない5年間の空白が象徴するように、そこには共有されない時間や物語もまた同じように存在している。いや、そのような時間と物語が存在しているのだということこそがこの作品が描き出していることのようでもある。

まったくの他人だった青・雪之・しっぽの三人は偶然に出会い、ひとつ屋根の下ともに暮らすようになり、やがて青と雪之が付き合うようになってもなおその生活は続いてきた。そこでは多くの時間が共有されてきただろう。だが、いくら親しくなってもこれまでの、そしてこれからの時間のすべてを共有することは不可能だ。それを望むことは不健全ですらあるだろう。同時に、共有しないものがあるからといって親しさの、あるいはそれを親しさとは呼ばずとも関係の大切さに変わりはないはずだ。それでも、親しさの度合いを増すほどに人はしばしばそのことを忘れてしまう。

[撮影:阿部章仁]

[撮影:阿部章仁]

雪之としっぽは青を探しに部屋を出る。一方、なりゆきで薔薇丸・頬杖とともにそのあたりをぶらぶらしていた青もやがて二人の元へと戻ってくる。どこへ行ってたのかを問う雪之に青が返したのは「サイゼリヤに、行かなかった」という言葉だった。起きなかった出来事の共有は、確かにあった出来事が共有されない空白の裏返しのようでもある。部屋に戻った三人は改めて雪之の誕生日を祝い、そして物語は幕となる。物語のはじまりと終わりで大きな変化が起きているわけではない。それでもハッピーなはずのラストシーンがどこか寂しくも感じられるのは、そこに三人が共有することのない時間や物語の存在が、もはや隠しようもなく漂っているからだろう。でもきっと三人は関係を続けていくはずだ。だからそれはからっと明るい寂しさなのだ。

鑑賞日:2024/08/31(土)