編集:福島知己

発行所:水声社
発行日:2024/7/30

本書はシャルル・フーリエ(1772-1837)をめぐる、日本語では初の本格的な研究論集である。

フーリエという人物は、けっして知られざる思想家ではない。古くはエンゲルスの著書(『反デューリング論』)を通じて「空想的社会主義者」の代表的人物に数えられ、社会主義の歴史においてはサン゠シモンやロバート・オーウェンとともによく知られた存在であった。その後フーリエのユートピア思想は、社会運動史や経済学説史ではなく、むしろ文学・思想の領域において再発見されることになる。20世紀に入ると、ヴァルター・ベンヤミン、アンドレ・ブルトン、ピエール・クロソウスキー、ロラン・バルトといった錚々たる面々が、この特異な思想家に文章を捧げてきた。すくなくとも20世紀後半の思想・文学史のなかに、シャルル・フーリエの名前は確固たる参照項としての地位を占めていたように思われる。

ひるがえって日本語圏では、本書の編者・福島知己(1971-)が上梓した『愛の新世界』(作品社、2006)と『産業の新世界』(作品社、2022)の邦訳が、やはり大きな画期をなすものであった。それまで『四運動の理論』(巖谷國士訳、現代思潮社、1970)をはじめとするわずかなテクストしかなかったフーリエの実像は、この二つの大著の出現によって完全に塗り替えられたと言ってよい。むろん、これらもフーリエの膨大なテクストの一部でしかないのだが、少なくとも福島をはじめとする専門家の尽力によって、ここ20年あまりのあいだにフーリエについて日本語で読めるテクストは格段に増加した。

その福島知己の編集による本書は、今日の読者がフーリエの思想に接近するための格好の一書である。400頁を超えるそのヴォリュームにたじろぐ向きもあるかもしれないが、本書は初学者から専門家まで、あらゆる読者層の関心をカバーする充実した論集である。それは本書の構成に端的にあらわれており、まず第Ⅰ部「フーリエとは誰か」に含まれる諸論文が、フーリエについての簡にして要を得た知識を読者に提供する。そのうえで第Ⅱ部「思想の諸相」に進む読者は、この思想家の特異性を、建築、食事、恋愛といったさまざまなトピックに応じて具体的に知ることになるだろう。第Ⅲ部「フーリエはどう読まれたか」は、おもに後世の受容にかかわる論文を含み、第Ⅳ部「フーリエをどう読むか」は、現代の詩人や画家の言葉を手がかりに、フーリエの思想と創造との接点を探る。

ここでは、計14名からなる著者たちの論文を詳しく検討することは叶わない。だが──こうした論文集においてはいささか例外的なことに──本書所収の諸論文には、きわめて力の籠もった文章が数多く見られることは強調しておきたい。先にも触れたクロソウスキーやバルトの著書がそうであるように、シャルル・フーリエの思想には、その読者たちを挑発してやまない不思議な喚起力がある。本書もまた、そのすぐれた証左であるだろう。

執筆日:2024/10/3(木)