会期:2024/10/12~2025/1/13
会場:埼玉県立近代美術館[埼玉県]
公式サイト:https://pref.spec.ed.jp/momas/2024kinoshita-kazuyo

1960年代から94年にかけて、絵画、写真、そして再び絵画を手がけた木下佳通代の展覧会が埼玉県立近代美術館で開催された★1

70年代に隆盛した、美術家による写真制作について、その当事者でもあった植松奎二はそれが世界的な傾向であったことと、自らは5年ほどで写真から離れたことについて「ヴァリエーションみたいな形」になった、「もっと集中して自分がやりたいのは何か」を探った結果と述べている★2。10年前後の写真制作を経たあとで自身のルーツである絵画や彫刻に戻った作家は多い。自らの視点を表現する出力先のひとつとして、写真の適性と可能性が探られた時代だった。

木下佳通代もまた70年代における写真の時代を経て、82年に絵画へ回帰する。絵画と言っても手段はさまざまであるように、彼女は晩年の代表作である面化した線を重ねるシリーズにおいて、油彩と水彩、大判から小品と、材質やサイズを変えて検討を続けた。本展は木下の初期から晩年をめぐる回顧展であり、学生時代の絵画から絶筆までの時間軸を通して、検討と探求という木下の表現に対する一貫した態度が感じられるものだった。

70年代の写真については、1972年の《Untitled-a/む102(本数冊)》から1980年の「Ph」シリーズが展覧されていた。写真における代表作である「76」「77」「78」「79」といったシリーズは、紙を撮った紙だと言える。被写体として写っている紙の様子と、印画紙の紙自体の差が粒子の濃淡によって伝えられ、彼女の作品が対象とする感覚の尺度が示されるようである。「77」は「円を描いた紙を撮った印画紙に円を描く」といった工程を基点に、個別の作品において線、面、たわみ、折り、皺といった要素が加わり、それぞれの機能やかたちの観察を誘発する。被写体の紙に描かれた円と、印画紙に描かれた円との差異が作品のコンセプトではあるが、物質感のある写真に対するグラフィカルな線や、写真の粒子の上に乗るフェルトペンによる細い色面の美しさといった工芸的な魅力が際立っている。

木下とともに83年に開催された、美術家による写真制作に焦点を当てた展覧会「現代美術における写真」に参加した今井祝雄は★3、自らの写真を「作品写真」と「写真による作品」に区別して説明している★4。前者は立体や空間作品を撮影した記録的用途の高い写真で、後者はイメージやメッセージといった非物質なものを提示する写真だという。

今井の定義を参照すると、観点の提示が主題にある木下の初期の組写真《Untitled/む38(花時計)》や《む61(物の増加と減少)》は「写真による作品」と言えるだろう。しかし「76」以降の紙を扱うシリーズでは、存在や認識といったテーマを備えながら、写真を物質的な平面表現として扱う志向が強まっている。これらのシリーズは粒子の砂目を出すために感度の高いASA-400フィルムと、解像度が低いとされる薄手のCH印画紙を用いて、5、6時間をかけて焼き付けられたという★5。そのため、たとえば「77」は二つの階層にある円の差異のみならず、イメージとなった紙の像とも対比され、その像を含む印画紙それ自体の存在感が強い。

写真制作を経た木下は80年代前半、印画紙やキャンバスをコンセプトが憑依する媒体物として扱うことから離れ、それらを基盤に存在を表現するのではなく、画面上に存在そのものを作ることを志向する。それは遡って、写真のメディウムである印画紙との対峙によって70年代に試みられていたように思われる。

ところで、埼玉県立近代美術館といえば教育普及用のワークシートである。もの派などの戦後美術を得意とする本館では、関根伸夫の《位相-大地》の紙工作など、展示ごとに教育普及シートを用意している。本展においては、視認した部分に色がついていく《無題A》と、折った紙の上に幾何学を描く「79」の様式がワークシート化されていた。「やってみてから、何が起こったかを見つけていく」という工程から思考する体験ができるよい試みと思う。

鑑賞日:2024/11/4(月)

★1──本展は大阪中之島美術館(2024年5月25日〜8月18日)との巡回展である。
★2──『一九七〇年代へ 写真と美術の転換期─複写 反射 投影─』(ユミコチバアソシエイツ、2013)
★3──「現代美術における写真」(1983年10月7日〜12月4日、東京国立近代美術館。1983年12月13日〜1984年1月22日、京都国立近代美術館)
★4──『美術手帖』(特集:美術に拠る写真,写真に拠る美術)1980年3月号(美術出版社、1980)
★5──「木下佳通代 インタビュー(再録)」『没後30年 木下佳通代』(赤々舎、2024)