会期:2025/03/20〜2025/03/30
会場:ザ・ポケット[東京都]
公式サイト:https://www.onsendragon.com/kon-kon2025-1
1923年に起きた関東大震災とその後の混乱の渦中において、朝鮮人が井戸に毒を入れた等々のデマが流布し、それを真に受けた人々が朝鮮人を殺傷する事件が各地で起きた。加害者の多くは「普通の人々」である。温泉ドラゴン『痕、婚、』(作:原田ゆう、演出:シライケイタ)が描くのは、そんな「普通の人々」が生きる東京のある町の、関東大震災と朝鮮人虐殺事件からおよそ2年後の日常だ。
舞台はある洋服店。住居を兼ねたそこでは親方の石崎友久(いわいのふ健)とその娘・喜久枝(飯田桃子)、そして職人の武晴(山﨑将平)が働いている。少し前までは次郎(相川春樹)という職人もいたのだが、先輩である武晴と反りが合わず出ていってしまったらしい。明朝までに納品しなければならない大量の注文を抱えながらまったく人手が足りていない状況に、折よく職人募集の貼り紙を見たという裁縫職人・麻子(山﨑薫)が訪ねてくる。猫の手も借りたい友久は、まずは明朝までの注文を手伝ってくれと麻子を迎え入れるのだった。
2カ月後。職人として有能なだけでなく炊事洗濯も手際よくこなし人柄もいい麻子は、震災の直前に亡くなっていた友久の妻・あやの不在を埋めるようにして、石崎家の新たな日常に溶け込みつつあった。前半の筋立ては石崎家を中心とした町内の人間模様を描く人情物の趣だ。友久の幼馴染で世話焼きの看板書き職人・順平(筑波竜一)とその妻で教員の和子(林田麻里)。震災で夫と子が行方不明になり、その喪失感を抱えながらも武晴と新たな未来を築こうとする隣家の醤油屋の女将・りゑ(中村美貴)。そして「うちの猫、見た?」と石崎家の庭をしょっちゅう覗きにくる在郷軍人の佐伯(シライケイタ)。武晴とりゑの仲は、女車掌に転身した喜久枝と空気の読めない編集者・徳留(秋谷翔音)の関係は、そして何よりなかなかはっきりしない友久と麻子の仲はどうなるのか。
[撮影:松本和幸]
[撮影:松本和幸]
だが、新参者の新聞記者・大木(阪本篤)が震災当時の自警団のことを取材しはじめる。もともとこのあたりに朝鮮人は住んでいなかったし震災当時も朝鮮人は見なかったという友久の言葉とは裏腹に、町の人々が何かを隠していることは明らかだ。麻子は大木に自らが朝鮮人であることを明かし、自分も何があったのか知りたいのだと訴える。やがて町の自警団が朝鮮人を殺していたことを示す新聞記事が見つかるのだが──。
そして友久と麻子の結婚の祝いの席。そこで町内の人々は、町の自警団が殺した朝鮮人キム・ヨンテクが麻子=朴敬愛(パク・ギョンエ)の恋人だったという衝撃の事実を知ることになるだろう。混乱し、なぜ友久と結婚したのかと問う人々に敬愛はこう答える。朝鮮人のまま訴えても殺されてなかったことにされてしまうけれど、日本人になればなかったことにはできないでしょう、と。
敬愛は「ヨンテクを殺したと認めてください」と迫るが、それでも町の人々は「もう終わったこと」「命令に従っただけ」「反省して朝鮮人の世話をしてきた」などと言い立てるばかりで、敬愛の言葉と、そして自らの罪と正面から向き合おうとしない。唯一友久だけが「僕たちは彼を殺しました」「すみません」と自らの罪を認め謝罪するのだった。それを聞いた敬愛が「私は出ていきません」「私を見るたびに、皆さんはヨンテクのことを思い出すでしょうから」と告げ、その場は幕となる。
[撮影:松本和幸]
だが、物語はここで終わらない。数日後、町の人々は敬愛と友久に町から出ていくように告げ、敬愛の荷物を勝手に運び出してしまう。自分たちの犯した罪と向き合うことを拒否し、都合の悪いものをあくまで排除しようとする人々の態度が、侵略や植民地支配の責任から目を背けようとする現代の歴史修正主義と直接につながっていることは言うまでもない。だが、物語の前半で描かれた人情の温かさもまた、町の人々の身勝手さと通底するものだろう。人の優しさは同じコミュニティに属するものにしか向けられず、そうでない者が同じ人間として扱われることはないのだ。朝鮮人虐殺も敬愛の排除も、あるいはその背景としての日本による朝鮮の植民地支配も、すべては同じ論理に基づいている。
ラストシーン。友久と二人きりで残された敬愛は裁ち鋏を振り上げ、しかしそれを振り下ろすことができずに泣き崩れる。単に一線を超えることができなかったというだけのことだろうか。それとも、殺してしまえば日本人と同じだと理性がそれを許さなかったのだろうか。あるいは、唯一友久だけが正面から自らの罪を認め、個人としてのヨンテクの死を悼もうとしたからだろうか。だが、もし殺してしまっていたら? 町の人々とは違い、敬愛は確実にその罪を問われることになっただろう。そこにはいまだ残酷なまでの不平等が横たわっていて、敬愛という小さな個人になす術はない。
[撮影:松本和幸]
[撮影:松本和幸]
鑑賞日:2025/03/22(土)
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