会期:2025/04/01~2025/04/30
会場:e-flux film(オンライン上映)
公式サイト:https://www.e-flux.com/film/662959/the-third-memory/

ピエール・ユイグの『The Third Memory』(2000)は、1972年にブルックリンで実際に起きた銀行強盗事件を起点に、映像中にしか存在しない現実がいかに個人の記憶を変容させるかを実験的に描き出す。

物語のもとになるのは、1972年にブルックリンの銀行に3名の強盗団が押し入り、人質を取って立てこもった事件である。強盗計画は早々に頓挫するが、逃亡手段を失い、人質を取って銀行に立てこもることになると事件は長期化し、テレビ中継や新聞等のマスメディアによって大々的に報道されるようになる。主犯格のジョン・ウォイトウォイチは、恋人の性転換手術の資金調達のために計画を企てた事実が明かされると、次第に民衆が同情を示す展開を迎える。

全米で放映されたこの事件は1976年、シドニー・ルメット監督によって『狼たちの午後(Dog Day Afternoon)』として映画化された。ウォイトウォイチの役はソニー・ウォルツィックという名で脚色のうえアル・パチーノが演じた。

ユイグの『The Third Memory』は、この一連の出来事を奇妙な視座から描く。本作では強盗事件の当事者であるウォイトウォイチ本人がスタジオ内の仮設セットで事件当日の行動を実演するが、その記憶は映画『狼たちの午後』でアル・パチーノの身体を介して表象されたイメージに強く影響されている。一見ドキュメンタリーのような手法を取っているように見えるが、ウォイトウォイチによる再現は、現実の記憶というよりも、劇中に登場した異なる犯人像(美化された自身)を上演するのである。

本作の核心的なテーマである「第三の記憶(The Third Memory)」は、事実と虚構がない混ぜになり、当事者のなかで形成される新たな記憶を意味している。

ここでは、現実の強盗事件がマスメディアによる報道や大衆的な商業映画の脚色を介して、ドキュメンタリーとフィクションを横断しながら、異なる解釈が付け加えられるプロセスを描き、次第に当事者の記憶ごと塗り替えられる映像のスペクタクルが露わにされている。ウォイトウォイチの「演技」がもっている批評性、それは事件そのものの表象というよりは、記憶という不確かなものが歪曲される過程を鮮やかに描き出している点にもあっただろう。

鑑賞日:2025/04/02(水)