会期:2025/04/26~2025/06/22
会場:清須市はるひ美術館[愛知県]
公式サイト:https://www.museum-kiyosu.jp/exhibition/tamotsukido/

愛知県・清須市はるひ美術館で、城戸保の個展「駐車空間、富士景、光画」が開催された。城戸は大判カメラの蛇腹をひねる独自のフォーカスと、カラーフィルムをデジタルスキャンしたあとに色数値を編纂し直す手法で知られる。写真に対する「手」の介入を増やすことで、独自の像を生み出すことに成功した写真家である。本展では、そうした「城戸写真」の特徴に加えて、富士を撮るシリーズ「富士景」におけるキャラクター絵画のような趣向が際立っていた。

会場は二部屋に分かれ、「富士景」を主とするカラー写真と、2000年代後半に制作した白黒写真がそれぞれ展覧されている。エントランスには城戸に関する書籍が置かれ、自由閲覧できるようになっていた。

カラー写真が並ぶ第一室は長細い扇状の空間で、41点のうち29点が「富士景」である。長い壁面を歩きながら見ていくと、富士、富士と、さまざまな撮られ方をした富士が次々に現われるため、富士のスナップフォトやぬい撮り的なグラビアを眺めているような気持ちになる。そして富士の大きさや周辺物との組み合わせ、また写真の並びによって、城戸の富士は「キャラが立っている」と感じる。富士「景」というタイトルではあるが、風景写真としてよりも、富士の強固な存在感が前景化して見える。城戸はフレーム内にモチーフを大きく配置する傾向があり、それによっても風景ではなく具体物を撮っている印象がもたらされるのかもしれない。


城戸保「駐車空間、富士景、光画」展会場風景[筆者撮影]


城戸保「駐車空間、富士景、光画」展会場風景[筆者撮影]

同一対象を画面に含む写真のシリーズに、ヴォルフガング・ティルマンスの「コンコルド」がある。ティルマンスが追う旅客機・コンコルドは常に上空を移動している。そのため対象に遭遇した瞬間を捉えた時間性の印象が強いのに対して、城戸の富士は不動の被写体である。城戸のほうが富士の周りを移動して、周辺物や光の状況との組み合わせに反応し、富士のさまざまな側面を見つけて面白がっているようだ。

「富士景」をグラビア的と喩えるだけでなくキャラクター絵画という言葉を持ち出してしまうのは、富士というモチーフの特殊性と、彼の写真における絵画的な手法に関わる。一般にキャラクター絵画は、記号化された人物や人体パーツをアナログな手段で描画したものと措定できるが、厳密に定義化されたものではない。たとえば、ペロンミの描く人物はいわゆるアニメコードから外れるものであり、支持体が瓦礫の杉本憲相の作品は絵画と呼べるのか、奈良美智の人物はグッズ化を経ることで後天的にキャラクター絵画性を帯びていないかというように、鑑賞者におけるキャラクターや絵画の定義を揺さぶることが宿命づけられているような概念である。

キャラクターという言葉を一旦留保すると、「富士景」と富士絵の比較は城戸の意識するところで、本作のステートメントには富士という「ありふれた表象」に挑み、「日本美術史に連綿と続く『富嶽図』を更新させる」と記載がある★1。富士は遅くても10世紀には描かれ始め★2、しかも「山」ではなく「富士山」という個体として描かれ、記号化されてきた。写真においても対象化され続けてきた富士という存在をどのように捉えるか、それが本シリーズで挑まれたことである。

もともと油画を専攻していた城戸は絵画と写真を接近させ、先述したフォーカスや色調の操作によって、写真を光画と呼び直せるような実践を行なってきた。城戸が「斜めスライス」と呼ぶ蛇腹のひねりは、見慣れない遠近の膨らみで富士と木蓮を描写し、現実の複写でもなく、シャッターを切れば撮れるのでもない像を生み出す。城戸の方法論は表層面においてではなく、制作過程のプロセスというレイヤーに対して作用する。

そのようにして現われる城戸の富士は、風景なのか、記号なのか。富士という、日本における、あるいは日本そのものを指し示す表象の権化のような存在は、地なのか図なのか。城戸がさまざまに照射する「富士景」を歩き見る体験は、その不明瞭さと向き合う時間になる。そのような富士をめぐる対峙が、キャラクターという記号性の濃淡を問うキャラクター絵画という言葉を想起させるのかもしれない。

第二室に並ぶ白黒写真は額装ではなく、木製パネルに水張りをしたような状態で個々の写真を展覧している。パネルは自作もあるのか、かなり小さなものや横長のものも見られる。展示全体として写真の様式に捉われない像の提示に魅力を感じる作品群だった。

鑑賞日:2025/05/10(土)

★1──https://www.tamotsukido.com/statement
★2──https://www.fujisan223.com/reason/arts/picture/