会場:TAV Gallery[東京都]
会期:2025/05/23

公式サイト:https://tavgallery.com/villainess/

前編から)

ここで葵=レイラ(遠藤)がキュレーションした各作家たちにも目を向けてみよう。同展では美術、あるいは広く社会という制度を批評的に扱う作家たちが集められた。宮野かおりは遠藤のフェミニズム的関心とも近く、村上隆以降のマンガやアニメーションに影響を受けた作家群が積極的に取り上げてこなかった少女マンガの流れを可視化しているし、久松知子は《cage cago》(2022)において梱包された作品群を描き、公共に提示される美術の裏側、あるいは隙間についての思索を促している。馬嘉豪マ・ジャホウは《玫磬涅槃ばいけいねはん》(2024)で黒光りするレリーフによって、人間の欲望を現代における宗教かのように提示しているし、二藤建人との共作の映像作品《HOLMGANG》(2023)において、決闘という「白黒はっきりさせる」ための儀式を、その身体的な負荷によってある種コメディ的に脱構築している。

「ギャラリスト葵と悪役令嬢レイラの華麗なる人生やり直し契約」TAV Gallery、2025[撮影:小澤塁]

このように同展のキュレーションは現代美術の制度批判的な側面を浮かび上がらせているのだが、その振る舞いはもはやひとつの作法と言ってもよい。その意味で、展示、売買、言説が三すくみで循環するアートワールドのなかに、このグループ展もほどなくまた吸収されていくのだろう。たしかに美術や社会に対する問題を作品として提示することの重要性は疑いようがないとはいえ、こうした批判が可能なのは制度の存在を前提としている。この関係は、ヘーゲルが言う「主人と奴隷の弁証法」にも似ているだろう。つまり制度(主人)があるからこそ、アーティスト(奴隷)は制作をするのだ。ところで、この共依存関係を巡る概念は、消費に没頭できる主人より奴隷のほうがじつは自立的であり、図式的に見える一方で単純化もできないというヘーゲル特有の晦渋さが垣間見えるテクニカルタームではある──話を戻せば、そこにおける抵抗は、もはやひとつの作品が現代美術たりえるための歯車でしかないのではないかということをも示唆するだろう。

しかし私は「あおレイ」展を見て、なぜ現代のアーティストたちが飽くことなく制度批判を繰り返すのかについて改めて考えさせられ、その動機についてシンプルな結論に辿り着いた。それは作品を通じ観者によびかけ、社会を変容させていくためなのだ。

このように思ったのは、恵ノ島すず『ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん』(小説版=2019-2022、以下『ツンリゼ』)という悪役令嬢作品を想起したからである。同作は乙女ゲーム内の一部キャラクターと会話を出来るようになった遠藤碧人と小林詩帆乃が、悪役令嬢、リーゼロッテ・リーフェンシュタールの死を回避するために、ゲームのキャラクターたちに助言を与えながらプレイを進める物語だ。

『ツンリゼ』がその他の悪役令嬢ものと比較して特徴的なのは、ゲーム世界と現実世界の物語が同時進行する点にある。ここで描かれる二つの世界の干渉は、ほとんどが現実からゲームへのものだが、クライマックスにはその関係が反転する。リーゼロッテや女神のリレナが現実世界に介入することで、遠藤や小林の行動、関係が変容するのだ。つまりここでは、ゲームが現実世界を変える後押しをしている。

じつは2023年に放送、配信された『ツンリゼ』のアニメーション版の最終話は「最高を超えた最高のハッピーエンド!」と題されている。果たして現代美術は、そのアクションによって、業界や広く社会全般を「最高を超えた最高のハッピーエンド」に導けるのだろうか。その理想は、言うまでもなく高い。しかしだからこそ、アーティストたちは世界の「破滅フラグ」に、危機感を表明する必要があるのだ。

参考資料
・飯田一史『ウェブ小説の衝撃──ネット発ヒットコンテンツのしくみ』筑摩書房、2016
・いちにほ、東風とう子、宮野かおり『ようこそ、エターナル・トラベラー☆彡』展覧会カタログ、2023
・きりとりめでる編著『悪役令嬢百科:乙女ゲーム転生【初版】』パンのパン、2025
・仲正昌樹『ヘーゲルを越えるヘーゲル』講談社、2018
・遠藤麻衣「神話を演じ直す≒生き直すことで拓かれる『ありえたかもしれない』物語」『ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?── 国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ』カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社、2024
・きりとりめでる「政治的な鬱、過去の慰み、薄皮千枚の肯定 —『Multiple Spirits|いつでもルナティック、あるいは狂気の家族廃絶』をめぐって」『gallery αM』https://gallery-alpham.com/text/20143926/
・「【MEET YOUR ARTISTS】異邦人の視点で日本を見つめる、現代美術家・馬嘉豪が問いかける“共存”のかたち」『「アートと出会う」現代アート専門番組【MEET YOUR ART】』https://www.youtube.com/watch?v=0US3fqfSDtA

執筆日:2025/06/07(土)