会場:TAV Gallery[東京都]
会期:2025/05/23
公式サイト:https://tavgallery.com/villainess/
「もし過去に戻ってやり直すことができたなら」という願望は、多くの人が一度はもったことがあるだろう。フィクション一般のなかで、そうした願いはタイムトラベルや転生といった手法としてさまざまなコンテンツで利用されている。この日本では2010年代の前半より小説投稿サイト「小説家になろう」において、現代人が西洋中世ファンタジー風の異世界に転生する物語が流行し、マンガやアニメーションとしてメディアミックスが展開されている。そんないわゆる「なろう系」のひとつのバリエーションとして、ヒロインの敵役・悪役令嬢にスポットを当てた作品群が存在している。「ギャラリスト葵と悪役令嬢レイラの華麗なる人生やり直し契約」(以下、同展のコンセプトを鑑み「あおレイ」展と略す)は、そんないわゆる「悪役令嬢もの」をきっかけに、美術をはじめとする制度に再考を促す展示になっていた。
「あおレイ」展はアーティスト・俳優の遠藤麻衣によって企画されたものだ。よって、まずは展覧会と同じタイトルを持つ遠藤の映像作品に触れておきたい。同作の物語的な内容は、世界的な成功への階段を上っているアーティスト、光一のパーティ会場に、かつての所属ギャラリーのギャラリスト、葵が訪れる。そこで出席者に馬鹿にされ、失意のまま帰った葵は命を落とす。しかし、ここで貴族令嬢のレイラ・フォン・アルツベルグが憑依し、時間は10年前に巻き戻る。そして葵はふたたび、ギャラリストとしての人生をやり直すのだ。前半は映画、後半はウェブトゥーンのスタイルで生成AIによって作られた映像は、現代美術業界を悪役令嬢もののテンプレートに「代入」することで徹底的に戯画化している。それはどういうことか。

《ギャラリスト葵と悪役令嬢レイラの華麗なる人生やり直し契約》2025[提供:TAV Gallery]
例えば同作で描かれるトピックのひとつは、アート業界の権威主義である。それはアート界の魔王にして「市場と歴史を同時に動かす男」であるルカ・ヴェルディの登場によってさらに印象付けられている。こうしたあからさまな権力構造の存在は、悪役令嬢ものにお約束のミザンセーヌである。また、葵はアートマーケットでは底辺のギャラリストとして描かれているが、主人公がその権力構造の下部に位置づけられるのも、異世界転生もの一般に見られる特徴だ。AIによる映像化は、こうした筋立てがある種の紋切り型であることをより強調する効果を持っている。
このように遠藤は業界をカリカチュアライズするのであるが、古今の物語形式をアダプテーションし、語りなおす作業に彼女はこれまでも繰り返し取り組んできた。例えば「蛇に似る」(2018-)というプロジェクトでは、蛇と女性が神話のなかでどのように結びついてきたのかを問題にしていた。そしてこのたびの展示との関連で言えば、「いつでもルナティック、あるいは狂気の家族廃絶」展(2024-2025)で発表された《いつでもルナティック》(2024)についても取り上げておきたい。ここで遠藤はマンガやアニメーション作品としても知られる「美少女戦士セーラームーン」に着想を得て、ハイブランドや高級車に取り囲まれた物語世界を、そのストーリーの核である連帯する少女たちにフォーカスし、自らの手によって物語を上書きしている。
「美少女戦士セーラームーン」がそうであるように、悪役令嬢ものの世界観もまた、まるごと肯定できるものではない。先述のとおりそれは権威主義的であるのと同時に、ルッキズムも強く蔓延っている。そして結婚や出産がハッピーエンドとして用意されているケースも多々あり、保守性も有している。しかしそういった環境下において、悪役令嬢たちは組織内で奮闘し、社会改良や自己実現にまい進する。そうした姿勢自体は否定されるべきではないだろう。
(後編へ)
執筆日:2025/06/07(土)