発行日:2025/03/12(1巻)、2025/07/11(2巻)
発行所:小学館
公式サイト:https://manga-one.com/manga/3008/chapter/266934

私に世界を変えることはできるだろうか。答えはイエスでもありノーでもある。変えられない現実はたしかにある。だが、変えようとしなければ世界を変えることはできない。だから、「世界を変えろ」。果敢にもそんなフレーズをタイトルに掲げた田川とまた『CHANGE THE WORLD』は高校演劇を描いたマンガだ。2024年9月にマンガワンで隔週連載を開始し、2025年7月には第2巻が発売。マンガワンのウェブサイトでも最初の3話と最新話が無料で読める。

「運命を握るのは星ではなく、自分自身である」。第1場(第1話)の冒頭、シェイクスピアの引用(『ジュリアス・シーザー』のセリフの一部の意訳)がこの作品のテーマを高らかに告げる。中学3年生の浜野陽太は全国中学校総合文化祭(総文)神奈川大会舞台発表の部の本番を控えていた。北海道代表として総文の舞台で上演する『蒼鬼』は、幼馴染ののりちゃんに見せるために浜野が書いた作品だ。ボクシングの全国大会決勝で鼻を折られ、脳震盪を起こして救急車で運ばれた翌日であっても「世界獲るわ」と宣言できてしまう前向きさを持つのりちゃんは、浜野の憧れであり、同時に浜野が書いた人形劇の最初のお客さんでもあった。だがその後、のりちゃんは新型コロナウイルス感染症で長く学校を休むことになる。そして久々の登校から数日後、事件は起きる。のりちゃんが突然、教室で暴れ出したのだ。取り押さえられたのりちゃんは「弱いんだよ、俺は。だから負けたんだよ」と項垂れる。「勝てる男なんだ、のりちゃんは」という浜野の言葉も届くことはなく、やがてのりちゃんは神奈川へと転校していってしまうのだった。

『蒼鬼』は、のりちゃんを「救えなかった」と後悔する浜野が、のりちゃんの「強さを証明するために」「彼の半生記を演劇に」しようと書きはじめた作品だ。だが、戯曲を書き、稽古をするうちに浜野は気づく。「僕には僕のことしか描けない」。だから、総文の舞台の上にのりちゃんが目撃するのは、浜野の憧れとしてののりちゃんの姿であり、憧れの存在によって変えられた浜野の姿だ。感想を問われたのりちゃんはこう応じる。「ストレートは、身体を回転させながら打つんだよ」。拳の打ち方は引き継がれた。やがて浜野はこう宣言するだろう。「いつか、僕はこの拳で、一発、世界をぶん殴ってやりたい」と。

そして高校に入学した浜野はある生徒と同じクラスになる。「おそらく学年イチ美人で、成績優秀 スポーツ万能 おまけに性格はお淑やか系で清楚系」の村岡茉莉というその生徒は、総文の舞台で上演された一人芝居で浜野を圧倒した俳優であり、その作者でもあった。だが、家庭の事情で北海道に越してきたのだという村岡は演劇部には参加できないと言い──。

誰かのことを書き・演じることを通じて世界や自分自身を改めて発見し、あるいは変わっていくこと。このとき演劇は現実逃避のフィクションなどではなく、むしろ現実と対峙するための手段としてある。誰とでも分け隔てなく接するイケメン秀才の人気者で中学ではバスケ部部長を務めていたにもかかわらず演劇部に入部した藤沢圭。3年連続全国大会出場の強豪校のなかでも抜群の演技力で村岡に対抗する浅井萌香。演劇を通して出会う仲間やライバルたちもそれぞれに事情や悩みを抱え、ときにままならないそれらを抱えたまま演劇に取り組んでいる。『CHANGE THE WORLD』が読者の感情を強く揺さぶるのは、登場人物それぞれの「現実」と演劇のドラマとが分かちがたく結びついたかたちで展開していくからだ。

さて、ここから先の物語はぜひマンガ本編で読んでいただきたいのだが、実はこの作品、「演劇に情熱を注いできた作家と編集がタッグを組み描く、青春舞台」というだけあって、特に小劇場演劇ファンにはお馴染みの名前が数多く登場するのも見どころのひとつだ。シェイクスピアや野田秀樹はもちろん、柴幸男(ままごと)や岡田利規(チェルフィッチュ)、畑澤聖悟(渡辺源四郎商店)の名前も出てくるあたり、その小劇場愛は本物である。それだけではない。例えば物語の最初のクライマックスと呼ぶべき場面で上演される『おかえりなさい』はなんと、一人芝居の傑作であるままごと『反復かつ連続』(作・演出:柴幸男)の翻案なのだ。しかも、実際の上演を観たいと思わされるほどの真に見事な翻案が、マンガ自体のドラマとも密接に結びついたかたちで実現しているのだから恐れ入る。『反復かつ連続』はウェブ上で戯曲が無料公開されており、YouTubeでは2020年のオンライン配信公演の動画も公開されている。チェックしたうえでその翻案ぶりを堪能してほしい。もちろん、マンガをきっかけに現実の小劇場演劇の世界へと足を踏み入れるのも楽しいだろう。第3巻の発売は2025年冬を予定。


読了日:2025/07/17(木)


関連リンク

田川とまた:https://x.com/_tomatagawa
『反復かつ連続』戯曲:https://mamagoto.org/mgwp/wp-content/uploads/2020/12/drama01-hanpuku.pdf
ままごと『反復かつ連続』オンライン配信公演@HUNCH:https://youtu.be/9kn3YTZ7uz8?si=UosdpyquQ57Ua0c6