
会期:2025/10/24〜2025/10/26
会場:新宿区荒木町某所[東京都]
作・演出・出演:山本卓卓(範宙遊泳)
企画・制作・出演:李そじん
公式サイト:https://x.com/tokyotwotonine
俳優の李そじんと作家・演出家・俳優で範宙遊泳の代表でもある山本卓卓による二人芝居『東京8時58分』(作・演出:山本卓卓)が上演された。会場となったバーの雰囲気を活かした男女二人の会話劇は、上演時間40分の短編ながらその設えも相まって満足度の高い仕上がりとなっていた。
もともとは李が別企画で山本に短編の執筆をオファーしたところからスタートしたのだというこの企画。山本は自身の劇団・範宙遊泳では2024年7月の『心の声など聞こえるか』を最後に演出から退き、劇作に専念することを宣言しているが、この公演では作・演出のみならず俳優として出演もこなす縦横無尽の活躍ぶり。一方の李も俳優としての出演はもちろん企画・制作として観客の対応もしつつ、作中にも登場するドリンク(水玉パチパチ)や作品にちなんだフード(カレー、味ぽん玉、柿サラダ)を提供し、作品の上演に留まらない体験としての公演をつくり上げていた。
物語は至ってシンプルである。舞台は荒木町にあるバー鳥目。そこでママとして働く山中夢(李)はどうやら男と待ち合わせをしているらしく、さっさと店を閉めたい様子。ほとんど追い払うようにしてバイトの以鳥(山本)を帰し、ようやくのことで店を閉めると折よくノックの音。だがやってきたのは待っていた男ではなく、カウボーイハットに法被、サングラスという素っ頓狂な格好をした以鳥、いや、以鳥そっくりの男だった。困惑する夢に男は告げる。自分は時間旅行者の柿崎味ぽん太だ、と──。

当日パンフレットに記載された李との対談で山本は「もうちょっとライトな言葉のやりとりが必要な気がしていて」「リラックスして見れるくらいの作品にしたい」と発言していた。その言葉通り、この作品の最大の見どころは夢と柿崎の軽妙なやりとりにあると言ってよい。いまいち噛み合わない二人の会話を楽しんでいるうちに上演時間はあっという間に過ぎていく。ワンシチュエーション40分の会話劇で描かれるのは、柿崎が夢のもとを訪れ、言葉を交わし、そして去っていくまでの短い時間だ。
だがもちろん、そこにテーマがないわけではない。同じ対談のなかで山本は自身の作品の変遷の各段階を「SFのフェーズ」「人情のフェーズ」「愛のフェーズ」と名づけ、次は「健康のフェーズ」なのだと宣言している。そして『東京8時58分』という作品は「愛と健康のちょうどいい中間にあるような作品になったような気がしている」と。実際のところ本作は、山本の書き下ろし戯曲による音楽劇として2025年2月にKAATで上演された『愛と正義』と世界観を共有するものであり(具体的には、その時代を生きる人間の意識だけを乗っ取る時間旅行やその副作用としての「ハンドー」という設定)、ストーリー上の明確なつながりこそないものの、テーマの連続性もまた明らかである。そのテーマこそ愛にほかならない。『愛と正義』におけるこのテーマの探究は、「正義」というまた別のテーマが持ち込まれていることもあってかかなり錯綜しており、予告されている続編『世界平和の実現』にその決着は持ち越された印象もあるのだが、『東京8時58分』におけるその表現はごくごくストレートだ。
目の前にいる女性の名前が山中夢だと知った柿崎は突如として結婚を申し込む。未来において夢はたくさんの人の心を救う文豪であり、柿崎はそんな夢に「書く理由を与えたいから」結婚したいというのだ。「好みとかないの? 顔とか、体型とか」と問う夢に「ルッキズムって犯罪なんですよ。未来は」と返す柿崎は、未来では誰もが心と文体に恋をするのだと言う。「お金と経歴じゃなくて?」「そういうの、必要なくなるんだよ」「じゃあ国籍は?」「もっともっと必要なくなる」「差別はやがて時代遅れになる」──。
時間旅行者たる柿崎が語ることで、願いとして書かれた戯曲の言葉はたしかに到来する未来へとその姿を変える。それは劇作家としての山本が書いた言葉を俳優としての山本が口にすることで現実のものとすることでもある。よりよい未来がたしかに存在するのだと真っ直ぐに信じ、その実現に生きること。山本の言う愛と健やかさとは、そのような世界への態度を指すものではないだろうか。デマと差別的言動が多くの人を動員し、それがこの世界の行く末を決めているようにさえ見えるいまだからこそ、その真っ直ぐさは強かに胸を打つのだった。そうして柿崎の示す未来の可能性に触れた夢もまた、その実現に向けた生を歩き出すだろう。
範宙遊泳は2026年に『われらの血がしょうたい』の再演を予定している。演出と音楽を担当するのはヌトミックの額田大志。2015年に山本自身の演出によって初演された戯曲に、額田の演出によってどのように新たな命が吹き込まれるのか。範宙遊泳の新たな挑戦を楽しみに待ちたい。
鑑賞日:2025/10/26(日)