会期:2025/11/04〜2025/11/29
会場:Gallery MAZEKOZE[長野県]
公式サイト:https://rikitribal.com/cafegallerymazekoze/2025/10/28/11月4日よりOutside in Between 馮馳・写真演出がはじまります。/

Gallery MAZEKOZEでの展示風景。写真奥の腰壁の向こうに階段があり、1階の古書店/カフェと、2階のギャラリーをつないでいる[筆者撮影]

コインパーキングで待っていたヒョウは、まず私を長野第1合同庁舎へ誘った。1階にある食堂でランチを食べ、そのあと3階へ上がる。東京出入国在留管理局長野出張所の待合ベンチから、太陽が松代あたりの山を光らせているのがよく見える。座った目線からちょうどよく景色が見える高さでブラインドは止まっている。数年おきにここを訪れるときのことを聞き、窓からの眺めについて少し話をしてから部屋を後にした。「(入管で)山川さんは何語で話しかけられるかなと思っていたけど、話しかけられませんでしたねー」と言われ、返す言葉がすぐに出てこない。

道路を渡って、古い住宅の並ぶ細い道を歩いて、ギャラリーへ向かった。

中国の南通市、長江デルタの小さな集落出身の馮は、写真を主に扱うアーティストである。現在、長野県上田市の福祉施設リベルテ★1の常勤スタッフとして働いてもいるが、本展では馮個人として制作した作品が並んでいる。

本展覧会は4つの展示によって主に構成されている。

1階から階段を上がる途中から目に入る、展示室の壁沿いに細長いプリント(と、中判・大判のプリント)が大量に並ぶ「写真行為IIによる出力《異郷の身振り》」(2016、日本列島)、天井から吊られた黒く細長いボックスを覗き込んで観る「記録0による出力《堤防から見る僕の故郷》の複写」(2011、中国・南通)、縦向きモニター2画面の「写真行為IVによる出力《妻の故郷、娘の故郷》動画記録」(2023-、神奈川/長野)、小部屋に短いテキストが貼り足され続けている「回想する部屋」(2025.11.4-28)である。なお、《妻の故郷、娘の故郷》を除いて、馮の作品は基本的に白黒フィルムで撮影されている。

「回想する部屋」を除いて、どれも制作手法と思しき呼称(写真行為/記録)と個別のタイトルが組み合わされ、制作年と地域が記載されている★2。また、これらに加えて、2010年代、東京造形大学での在学時に制作された写真集やプリントのファイルも閲覧できるようになっている。フロアマップに含まれないものの、本展を観るうえでのサブテキストとしてもそれらは機能する。


展示のフロアマップ[筆者撮影]

展示は、自ずと壁に沿って見始めることになる。

《異郷の身振り》は、日本各地で撮られた写真群がフィルム単位で掲示されている。この作品は、実際のフィルムの大きさで複数枚の写真が細いロール紙にプリントされている。そして、写真は上下2段に組まれている。見ていくと、上段と下段は同じ地点/時点で撮影されたものだとわかってくる。おそらく、カメラの高さが異なっており、ある風景が少しずれたパースペクティブで写されていたり、あらぬ方向をカメラが向いていることもある。ぶれて、ぼけて、よくわからないときもある。馮によると、これらは上段のシャッターに合わせて下段もシャッターが切られる機構を設けた2台のカメラによって撮影されているそうだ。いま、ここだ、と思ってシャッターを切る地点/時点が、覗かれていないファインダー、レンズの先にもあり、写される。上下の写真がただ撮影の高さを違えているだけでないのは、前述したようにその写り方にかなりムラがあることからも想像できる。馮のカメラのマウントは、今日よく目にするようになった映像撮影用のハンドルつきのジンバルとも、カメラの歴史の始まりとともにある三脚とも異なっていただろう。重たいフィルムカメラを二つ、身体の正面にぶら下げている馮の姿が目に浮かぶ。シャッターを切る、という言葉に集約されるような身振りではなく、機材の取り回しに少し翻弄され、その地点/時点から遅れまいとする、少し慌ただしい身振り。

時折の空白や二重露光を挟み、また中判・大判のプリントを迂回しながら、壁沿いの鑑賞は続く。「もう帰ろうと思って、大学に帰って、同級生を撮ったり、撮ってもらったりしてますね」という頃の、いまより10歳ほど若い馮の姿も小さな印刷には含まれている。同時期に撮影し、写真集として発表された《there》(2016)には、旅先で撮影した人と、その人に撮影された馮の姿が見開きの左右に並ぶ。馮に限らず、写真にはつねに移動が伴うことを私たちは改めて発見する。カメラを携えた人の移動だけでなく、カメラというものが人の手から手へ渡ることもまた、移動のひとつである。つねに死角を有するカメラの周囲にあるやりとりや、通り抜けた時間や空間をこそ私は見たくなる。小さな写真たちは長大な移動を含みながら、ひと目でいくつも視野に納まる。そして上下のずれは、ひと目で見えるだけにむしろ捉えがたい馮の身体へ想像を向けさせる。

ねじれた背骨、屈めた膝、胴体の向き、カメラのもっとも近くの身体が写され、目に映るが、私の身体に身振りが移ってくるのにはまだ時間がかかる。

後編へ)


★1──NPO法人リベルテが運営する3つのアトリエと1つの食堂を総称し、リベルテと呼んでいる。
★2──掲載にあたって情報の記載方法は筆者が一部調整している。元の表記例は本稿内のフロアマップを参照のこと。


鑑賞日:2025/11/10(月)