
翻訳:中井悠
発行所:水声社
発行日:2025/08/30
公式サイト:http://www.suiseisha.net/blog/?p=21383
(前編より)
近代化の過程で警察の技法として活用されてきたフォレンジックスを、民間技術を総動員して提示する著者らの活動は、基本的にはポリティカルなものであり、現代における政治的な抵抗手段として位置づけられる。
ではフォレンジック・アーキテクチャーの政治性とはどのようなものなのか。彼らはイスラエル/パレスチナなどで繰り広げられる「暴力」に対抗するために、〈「関与する」客観性〉を標榜する。その活動は「政治的な情熱をあまりに露骨に表に出すこと★2」にも慎重だし、「イスラエルの支配体制に立ち向かうには国家の法制度の外で活動を行うほうがよい」としながらも、その一方で「国際裁判所、人権報告書、そして国連委員会は、それ自体が変革のためのプラットフォームであるわけではない」と、国際的な枠組みを過大評価することもない★3。むしろ法を、「治療薬であり毒薬でもある物質を指すプラトンの『ファルマコン(pharmakon)』という概念によって捉えられる両義的効果を持つ道具と見なす方が有益である★4」と述べるように、人権意識を前提としつつも、その態度はきわめて冷静だ。
このように多くの分野からなされるその引用の広範さは、読者の関心に従ってさまざまな読解の可能性を引き出すことができるはずだ。例えばいくつか挙げるとすると、数多くの証拠から〈言表〉を作り出すそのアプローチは、ミシェル・フーコー的な言説分析を現代的かつ組織的にアップデートしたものだと言える。また前編でも触れたように「検知可能性の敷居」とは、オーダーの内外を確定する葛藤の場であり、そこに置かれた主体はジョルジョ・アガンベンの言う〈例外状態〉にある。地上から撮られた空爆の写真の位置を衛星写真と組み合わせることで爆撃位置を正確に特定する手際は、アール・ローランが『セザンヌの構図』で行なった視点の確定、多視点の図表化とも通じるところがあり、そのキュビズム的な空間の再構成との類似を感じさせる。建物の被害を調査する際に多用される衛星写真は、崩壊の瞬間を以前と以後の変化によって特定する。報道写真的な決定的瞬間のア・プリオリな欠落については、ヒト・シュタイエル《他人から身を隠す方法:ひどく説教じみた.MOVファイル》(2013)に登場するような衛星写真に対する批評的言及と突き合わせてみることもできそうだ。
このようにフォレンジック・アーキテクチャーの活動は、アナログ/デジタル問わずありとあらゆるドキュメント、イメージを再編成する。そのダイナミズムは、読み手の思考にさらなる知の組み換えを促すのだ。
そんな彼らの活動から私は、「人間と技術がある種の構造体を成すなかで、人間と技術が『共進化』する★5」というジルベール・シモンドンの提唱する〈準 – 安定〉状態を連想した。そしてその人間と技術の二重化された関係は、人道的な活動を展開するフォレンジック・アーキテクチャーの──西洋的な──「人文主義」にも変質をもたらすだろう。第3部において著者は、20世紀のヨーロッパ人が年間の平均雨量を根拠に中東やアフリカを砂漠と定義し、不毛な治外法権地帯と見なすことも一因となって、植民地支配が正当化されたことを指摘している。しかし、これらの地域に暮らす民族たちは、少ない降水量でも作物を育てる術を持っていた。著者は気象記録を遡ることで、ヨーロッパ人が定義した砂漠の境界が年によって変動していることを突き止めており、その記述は文化人類学的な様相を見せ始める。ここにおいて、西洋の伝統に基づいた「人間」は相対化されるだろう。
かつてリチャード・ローティはありうべき社会を探求した書『偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性』の冒頭で、ユートピアを「達成すべき一つの目標」と明言したうえで、次のように述べた。
私たちが、僻地の他者の苦痛に対して、その詳細な細部にまで自らの感性を拡張することによって、連帯は創造される。★6
フォレンジック・アーキテクチャーは技術によって感性を拡張し、このポスト・トゥルースの時代を〈「関与する」客観性〉によって徹底的に分析する。そしてそこで析出された情報の束を根拠に連帯を呼びかけることで、きわめて今日的な、「人文主義」を体現するのだ。
★2──エヤル・ヴァイツマン『フォレンジック・アーキテクチャー 検知可能性の敷居における暴力』中井悠訳、水声社、2025、72頁
★3──前掲書、134頁
★4──前掲書、69頁、傍点原文
★5──伊藤守『情動の社会学 ポストメディア時代における“ミクロ知覚”の探求』青土社、2017、189頁
★6──リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性』齋藤純一、山岡龍一、大川正彦訳、岩波書店、2000、7頁、傍点引用者
参考文献
・北野圭介『制御と社会 欲望と権力のテクノロジー』人文書院、2014
執筆日:2025/12/01(月)