Alex BOYA『Bread Will Walk』© 2025 National Film Board of Canada

食糧難を解決するために開発された人工のパン。それを一口でも食べてしまうと、パンのゾンビと化してしまう。だがそれでも空腹に耐えかねた市民たちは、パンとなったゾンビの身体を食し、あっという間に街はパン・ゾンビだらけになってしまう──。カナダ国立映画制作庁(NFB)のプロデュースによりアレックス・ボヤが完成させた『ブレッド・ウィル・ウォーク』(2025)は、そんな社会の危機的状況を、シュールな設定とブラックユーモアによって表現した作品である。

ボヤは過去作の『タービン』(2018)でも、突然顔面が飛行機のタービンとなってしまった夫と、それに戸惑う妻の関係性を描いている。『ブレッド・ウィル・ウォーク』もその延長線上に位置づけられるものではあるが、同作は社会背景を明確に打ち出しており、その説得力はより増している。実際、アヌシー国際アニメーション映画祭をはじめ各国のなだたる映画祭で同作はコンペインしており、新千歳空港国際アニメーション映画祭でもDNP賞を受賞した。名実ともに、ボヤは現代アニメーションにおける不条理変身譚の旗手として評価を確立しつつあると言ってもいいだろう。

Alex BOYA『Bread Will Walk』© 2025 National Film Board of Canada

制作だけでも4年以上の歳月を要した『ブレッド・ウィル・ウォーク』であるが、そのビジュアルやアニメーションとしての完成度にも目を瞠るものがある。冒頭で人工パンを嚥下した途端始まる人体のメタモルフォーゼは、物語のリアリティを引き上げることに成功している。そもそもパンは酵母という「菌」によって自己増殖することで出来上がるが、人間を苗床に徐々に身体を作り変えていくそのさまはこうした菌の性質と地続きであるし、写真素材の貼り込みなど、さまざまなテクニックを総動員して作られたパンのテクスチャーを表出しつつ変容するキャラクターのグロテスクさは、かなりのインパクトを持っている。

同作はパン・ゾンビと化してしまった弟と、彼を隔離から守るために奔走する姉の二人の逃走劇がメインのストーリーとなっているが、建物の出入りや進行方向の変化をカットを割ることなくアニメートすることにより、持続する緊張感を表現している。スイスの巨匠ジョルジュ・シュヴィッツゲベルのアニメーションは画面を回転させることで次々と空間の秩序が変わっていくが、『ブレッド・ウィル・ウォーク』における空間のドラマも、シュヴィッツゲベルに劣らない強度をキープしている。そして画面周縁を暗く落とすビネット処理は圧迫感を演出し、こうした空間処理がディストピアで繰り広げられていることを印象づけるのだ。

Alex BOYA『Bread Will Walk』© 2025 National Film Board of Canada

物語の終盤、姉弟は風車へと逃げ込み決断を迫られる。食糧不足に端を発して作られた人工食品が社会を自壊させていくなかで、家族の親密さはどのように試されるのか。ラストで劇中の世界観に重ねながら歌われるジャズ・スタンダード、『All of Me』がこれ以上ないほどロマンティックに響く。

 

参考文献
・「Bread Will Walk」『National Film Board of Canada』(https://mediaspace.nfb.ca/epk/bread-will-walk/
・「Bread Will Walk: The “Baking-Of”」『National Film Board of Canada』(https://blog.nfb.ca/blog/2025/04/24/bread-will-walk-the-baking-of/

鑑賞日:2025/11/22(土)